第8話

「報告ありがとうゴザイマス。チヒロ」

パソコンでメモを取っていたドクダメさんが、机の上においてあるディスプレイから顔を上げ、俺の方を見た。それに合わせて、ドクダメさんの座っている椅子から、プラスティックをこすり合わせた音がした。

『ギガク』のロボットとの戦闘について、俺が報告した内容を、ドクダメさんがメモに取っていたのだ。

「それにしても、ものの見事にファーストアタックは失敗しマシタね。チヒロ」

「それは言わないでくださいよ!」

先ほどの戦闘を茶化され、俺は顔を真っ赤にしてドクダメさんに抗議した。

先手必勝! と思いながら攻撃した結果、思いっきり相手の噛み付きによるカウンターで不利になったのを思い出し、恥ずかしくなる。

そんな俺を見て、ドクダメさんはクスクスと笑った。鈴を転がしたような声が耳に心地いい。

恥ずかしさから顔を左側にそらすと、そこには本棚があった。

本棚には、主にドクダメさんの研究データをファイルしたものが、所狭しと並んでいる。

ファイルの背表紙に俺の名前があるものもあり、そのファイルの数だけ、ドクダメさんと俺がつながっているように思えた。

入りきらない本は平積みになって本棚の上に乗せられている。その乗せ方は不安定で、地震が起きたら確実に本棚から落ちるだろう。平積みにされた本は研究に関係ないものなのか、ずいぶん無造作に積まれており、背表紙が壁側を向いているものもある。

「ドクダメさん。危ないですよ、これ」

「どれデスか?」

ドクダメさんは、不安定に積まれている本に視線を送った。

「北極では日本のように地震はほとんど起きないので、問題ありまセン」

 メガネをかけなおして、ドクダメさんはうなずいた。

「でも、『レディベスティエ』の打ち上げとかの振動で崩れませんか?」

「その時は、その時なのデス!」

えっへん。と擬音語が聞こえてくるかのように、つつましやかな胸をドクダメさんは張った。やばい。可愛すぎる。

「チョッとチヒロ! 何を笑っているのデスか!」

いかん。顔がにやけていたようだ。ドクダメさんに注意されてしまう。

だが、その注意する姿も可愛くて、俺は思わず声をあげて笑ってしまい、さらにドクダメさんに怒られてしまった。

至福の時間だった。

俺は、この人がいるから戦える。俺は、この人のために戦っている。

今この時だけは、月に『ギガク』のロボットがいることなど忘れて、俺は思う存分笑った。

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