第6話

「オカエリ、チヒロ!」

「ただいま、PO」

北極基地に帰還した俺は、シャワーで『ローレンス』を洗い流した後、真っ先に基地の食堂に足を運んでいた。

北極基地の食堂は一度に五〇〇人を収容することが出来る大食堂で、基地にいるほぼ全てのメンバーの食事をまかなっている。

食堂の位置としては基地の真ん中よりも若干東よりに建てられており、窓の外には軍用アンテナが見える。アンテナは今も人工衛星からの情報を受信して、月面に逃げた『ギガク』の情報を受信しているはずだ。

「サッキノタタカイハ、スゴカッタネ!」

「そうだね。俺も初めての実戦だったから、戸惑うことも多くて大変だったよ」

俺が話している人の名前はPO。愛称らしいが、本名は分からない。おおらかな性格をした黒人で、身長が二メートル近くある。横幅もワールドサイズの、非常にふくよかな女性だった。

POは北極基地の食堂を一人で切り盛りするいわゆる『食堂のおばちゃん』的な存在で、初対面の時はその大きさに驚いた。

だが、北極基地で日本語が喋れる数少ない人物ということもあり、仲良くさせてもらっていた。

「PO、今日の食事はなんだい?」

「キョウハテンプラ、ダヨ!」

「本当? 久々の日本食だ!」

『ホシノカケラ』のメンバーは各国から派遣された人材が交じり合って構成されており、それは北極基地も例外ではない。

食事事情はそれに影響されており、基本は洋食のメニューが中心だった。それはそれでいいのだが、洋食ばかり食べているとやはり醤油系の味が恋しくなるし、お米も食べたくなる。

以前米が食べたいとPOに懇願した事があり、その一週間後、見事俺の要望は叶えられた。

その日の晩御飯には、真っ黄色の米が出てきた。サフランライスだった。

いや、確かに米だったけど黄色って……。

俺もサフランライスは日本のカレー店で食べたことがあり、味も嫌いではなかった。だが、あれは日本人の舌に調整された味付けなのだと、北極基地で出されたサフランライスを食べた時に心底思ったものだ。

まず見た目だが、色が黄色すぎる。真っ黄色の米とは、日本で食べたことのあるサフランライスよりも、色が二倍ぐらい濃かったのを伝えたかったのだ。

この時点でサフランライスは花壇にまけば見栄えがするとすら思ったのだが、俺が無理を言ってPOに作ってもらった以上、食べないわけにはいかない。

そして一口食べた瞬間、後悔した。色と同じく、味も強烈だった。

口いっぱいに広がったのは、薬の味。

色の濃さと比例しているのだろう。大量に入れられたサフランは、米を噛めば噛むほどあの独特の薬のような匂いが滲み出し、俺は一年分の風邪薬を噛み砕きながら飲んでいるような気分になった。

まさか白米ではなく、一捻りしてサフランを混ぜてくるとは……。

そう思いながらも、俺は涙を流しながら完食した。そして安易に要望だけ伝えてはいけないと、コミュニケーション能力の重要性を身をもって体験した。ニホンゴ、ムズカシイ!

「イマモッテクルカラ、チョットマッテ!」

「うん!」

そして今回、北極基地で天ぷらを食べれるのだという。

オー! テンプーラ! ジャパニーズテンプーラである。

サフランライスの件があるとはいえ、配膳のため奥に引っ込んだPOが戻ってくるのが待ちきれない。久しく食べていないあの食感を思い出し、俺は胸が高鳴るのを止めることができなかった。

一噛みした時に口いっぱいに広がる香ばしさ。そして歯に当たった時の、さくさくの衣の食感。その衣の向こうからは、油で熱々になったタネが現れることだろう。

天ぷらを塩で食べるかタレで食べるかは意見が分かれるだろうが、俺は断然塩を押させてもらう!

シンプルだからこそ舌に触れた時に強烈なインパクトを演出することが可能となり、より天ぷらの旨みを引き立てるのだ!

もっと言うなら二口目には柚子胡椒でいただきたいところだが、そこまでは求めすぎというものだろう。

「オマタセ、チヒロ!」

「おお!」

漂ってくる香ばしい匂いに、俺の期待は最高潮に高まる。

流石に今回はサフランが入る余地はないはずだ。衣に混ぜられていたら間違いなく発狂するが、今回はあの独特な匂いは感じない。大丈夫なはずだ。

問題は天ぷらのタネと調理法だが、きちんと火が通って揚がっていれば大抵のものは天ぷらになる。ひどくてフリッターかトンカツ系の亜種になるぐらいだろう。

だが、どうしても俺はあの日本の正当な天ぷらを期待してしまうし、タネもそれなりのものを求めてしまう。

タネで俺が一番好きなのは、はもだった。

いや、流石に北極でそれは求めすぎか? 穴子とかも大好きだけど、ここでは流石に手に入らないか。だったら、海老? あり得る! 北極海では甘エビが捕れるのだ!

甘エビならかき揚げに違いない! 肉を天ぷらにするのは難しいが、シュリンプなら外人も納得するはずだ!

テンションマックスとなった俺に、POはお盆を差し出す。

お盆は、緑一色だった。

いや、ちゃんと天ぷらが出てきたのだ。出てきたのだが……。

「キョウハ、ベジタリアンデーダヨ! チヒロ!」

「忘れてたぁぁぁあああ!」

今日は月に一度のベジタリアンデー。

ベジタリアンは野菜しか食べない人たちのことで、北極基地にもベジタリアンのメンバーがいる。そうした人に配慮して、月に一度基地の食堂ではベジタリアンデーが開催されており、野菜だけのメニューが登場する日があるのだ。

ダイエットになるということで女性には好評なのだが、『ギガク』が攻めてきたため今日がその日であるというのを、俺はすっかり忘れていた。

「ベツノメニューニカエルカイ? チヒロ」

「……いや、大丈夫。これにするよ」

POにお礼を言ってお盆を受け取り、席に移動する。

いくらベジタリアンデーだといっても、野菜以外のメニューもちゃんと存在する。ないと流石に暴動が起こる。

俺が別メニューを頼まなかったのは久々に食べれる日本食、天ぷらに釣られたというのと、ドクダメさんからの指示があるからだ。

食堂でPOがすすめてくれるメニューは、ドクダメさんからなるべく俺に食べさせるように指示されているものなのだ。指示の内容は、とにかく高カロリーのものを食べること。

ドクダメさんはロボット操縦後の俺を心配してくれているのだろう。うれしい限りだ。

天ぷらということで、今日食堂で一番高カロリーなメニューがこれだったのだろう。ベジタリアンの中には卵や乳製品も食べない人もいるが、北極基地のメンバーは天ぷらは セーフだったらしい。

だが、それにしてもこれはちょっとひどい。

席に着いて、再度俺はお盆の上に乗った天ぷらを見つめ直した。

ベジタリアンデーということで確かに野菜の天ぷらなのだが、その野菜は全て緑黄色野菜、いや、緑色野菜だけだった。

ベジタリアンといえば野菜。野菜といえば緑だよね? ということでとにかく緑色の野菜だけを天ぷらにしたようにしか見えない。もう少し彩りに気を使えと言いたくなる。

そもそも天ぷらで野菜といえば茄子だろ! 茄子は親油性の野菜なので、油で揚げる天ぷらにはうってつけの野菜なのに、それがないとはっ!

いや、もうこの感覚が日本人特有のものなのかなぁ……。

そう思いながら、箸で大葉の天ぷらをつかむ。食堂には一応チョップスティックスが用意されていた。何かソースがかかっているようだが、何のソースだ?

俺は大葉の天ぷらを口に運んだ。瞬間、ソースの正体が分かった。

オリーブオイルじゃねーかこれ!

油で揚げる天ぷらにオリーブぶっかけるとか、外人のセンスはマジで信じられない! これなら高カロリー間違いなしだよドクダメさん!

その後も俺は、黙々と油でギトギトになった油で揚げたものを食べ続けた。食堂に用意されていた塩がせめてもの救いだった。

「ごちそうさま。PO」

「オソマツ、サマデス!」

「そういえば、食べなれてない大葉に似た天ぷらがあったけど、あれの名前は何って言うの?」

お盆をPOに渡しながら、気になった天ぷらのタネについて質問する。

「アア、ベトナムノ、サカナリョウリデヨクツカウ、アレ……?」

どうやら、名前をド忘れしてしまったようだ。

「じゃあ、名前思い出したら教えてね」

「ワカッタヨ!」

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