第2話

 八月。俺はついに、待ちに待ったこの時を迎えた。

 いや、待ちに待ったというのは変な話か。何せこれから、俺は命を懸けて地球を守る戦いに挑むことになるのだから。

 俺はダイビング用のウエットスーツとライダースーツを、足して二で割ったのような戦闘スーツに身を包み、既にロボットに乗り込んで出撃準備に入っていた。ロボットのコックピットにはある液体で満たされており、俺はこの中に沈むようにして待機している。

 この緑色の水よりも粘度が少し高い液体の名前は、『ローレンス』。

電気抵抗率であるρ(ロー)を少なく(レス)し、俺の脳から発せられる脳波と電子信号をロボットに伝えやすくする、松井博士たちが開発した操縦支援ツール(液)だ。

名前の由来が駄洒落なのが気に入らないが、この『ローレンス』は特殊なマウスピース経由で口の中に入ると酸素に変換される仕組みも備えており、コックピットの中を『ローレンス』が満たしていたとしても、俺は呼吸ができるようになっている。

逆に、息を吐き出す時はマウスピース経由で外に吐き出されと『ローレンス』に戻り、戦闘中でも滅多なことがない限り、『ローレンス』がなくなることはないようになっていた。

そんな大それた仕組みが一般的なマウスピースの大きさで出来るわけもなく、俺が今咥えているのは、赤ん坊が咥えるおしゃぶりを、もう一回り大きくしたようなものだった。

だが高校を四月に卒業したばかりの俺には、今年で一八歳なのにもかかわらずおしゃぶりをしている現実と、おしゃぶりをしながら地球の命運をかけて戦うという構図がどうしても耐えられず、今咥えているのはマウスピースであると断固として訴えている。

例えドクダメさんや、開発者の松井博士ですらこれはおしゃぶりだと認めていたとしても、このダサさは筆舌しがたいものがあるのだ。

改良を常々松井博士にお願いしているのだが、一向に改善してくれる気配がなかった。

俺はおしゃ、マウスピースを咥えなおし、出撃前に自分を奮い立たせるため、ドクダメさんと初めて出会った日のことを思い出していた。

あの時の記憶が、不自然なほど鮮明に残っているのだ。逆に目覚めた時に、何故あれほどまでに目に見えるもの全てが曖昧だったのかが分からない。

それ以外にもいくつか気になっていることがあるのだが、それは俺が記憶喪失だからなのだろう。

ドクダメさんからロボットに乗って戦って欲しいと言われたあの日から今日まで、結局俺以外にこのロボットに乗れる人間は見つからなかった。

ドクダメさんと松井博士が俺以外の適合者を探している間、俺はロボットで戦うためにひたすら特訓をしていた。

学校が終わってからほぼ一直線で『ホシノカケラ』の日本支部に向かい、ただ寡黙に、愚直に、だひたすらほとんどの時間をロボットもののアニメを見て、マンガを読み続けた。

寝起きに朝食をとりながらアニメを見て、帰宅中の電車の中では単行本を読み漁り、土日は徹夜でアニメ鑑賞をした。新作旧作リアル系スーパー系余すところなく制覇した。

その結果、俺はロボットアニメ・マンガにドはまりした。

いや、だって面白すぎでしょ。熱過ぎでしょ。

巨大ロボット同士の壮絶なる戦闘シーンに、各々の思惑が入り乱れながらも進んでいくストーリ。政治的な要因がありながらも、それでも貫き通そうとする秘めた想い。ライバルたちとの邂逅。そして育まれる友情。けれども残酷な運命の前に儚く散っていく命たち。主人公の知らされる隠された出生の秘密。共通の困難を前にして、敵味方の枠を越えた、たった一回限りの共闘作戦。初めて一緒に戦ったとは思えないほどの連携。そして生まれる絆と、愛。

いや、もう最高。最強。何なのこれ。凄すぎ! 面白すぎっ!

俺が高校三年間の間に、ロボットアニメ、マンガを摂取し続けたのには理由がある。

そう、それは面白いから! ではなく、いや面白いよ? 面白いけど! その面白さに俺が気づいたのは、いわゆる副産物みたいなものなのだ。途中からその副産物がメインのようになっていた感は否めない。

それに、ロボットものの主人公やパイロットは、俺と同じように記憶をなくしていることが多かった。そのため俺は、勝手に彼らに対して親近感を持ったのだ。

いや、これは憧れと言ってもいいのかもしれない。

記憶をなくし、それでも前向きに生きる彼らの姿は、同じような境遇の俺に力を与えてくれた。

だがロボットアニメ、マンガを見る元々の目的は、俺がロボットを操縦するために必要なインスピレーションやイメージを沸かせるためのものだ。

俺が操縦する『ギガク』のロボットには、セキュリティとして搭乗者の脳波と電子信号のパターンが記憶されており、そのセキュリティを解除しないとそのロボットを操縦することが出来ない。そして、そのセキュリティを解除した後、搭乗者は自分の脳波と電子信号を使ってロボットを操縦する仕組みとなっていた。

つまり搭乗者の、俺の思い描いたイメージ通りに、『ギガク』のロボットは動くのだ。

そのため、ロボットのコックピットには操縦桿や制御ボタンなどもなく、搭乗者を固定するためのベルトだけしか存在していなかった。

ロボットを操縦するために俺はそのコックピットに乗り、強固なイメージを瞬時に脳内に構築する必要があった。

相手から攻撃された時、防御に徹するべきか回避すべきか。相手に攻撃する場合、近距離での格闘戦にしすべきか遠距離から迎撃すべきか。戦局に応じてその時その時の最適解、インスピレーションを導き出す必要があるのだ。それが出来なければ、俺は命を落とすし、地球も『ギガク』の手によって滅ぼされてしまう。

俺は死にたくないし、人類を滅亡させるつもりもない。

だが、記憶がない俺は親の顔すら思い出せず、自分とドクダメさん以外の人間は正直どうなろうと知ったことではなかった。戦えと初めに言われた時は逃げ出したい気持ちの方が強かったし、最悪ドクダメさんを連れて地球の外に逃げることすら考えていた。

今は、そんな気持ちはまったくない。

俺は高校の頃部活にも所属せず、訓練のために授業が終われば即帰宅していた。

そんな俺は、同学年の高校生にどう見えていたのだろう? 部活にも入っていない。かといってバイトをしているわけでもない。けれども放課後には一番初めに教室からいなくなる俺は、同級生からはさぞ奇怪に映ったことだろう。

周りの奇異な視線にさらされながらも俺は何も言わずに、ただただアニメとマンガを見る日々が続いた。まさか、地球を守るためにアニメ鑑賞をしているなどと言えるわけがない。

だが、そんな俺を受け入れてくれる人たちがいた。家族とは一度たりとも会っていなかったが、高校で友達が出来たのだ。

『別に無理に周りに合わせる必要なんてねぇだろ』

『やりたいようにやればいいさ』

『っていうか、帰りたいから帰って何が悪いの?』

『つーか変に青春を謳歌させようと強要してくるやつ、マジウザくね? お前は俺の何なんだよって感じ』

『そーそー。後悔とか後で自分で勝手にするから、お前の意見を押し付けてくんなっつーの』

『お前が失敗したと思ってるからって、俺らが失敗したと思うとは限らないしねぇ』

『気楽に生きさせてよって感じ?』

『だから帰りたいなら帰れよ。お前帰りたいんだろ? それがお前の『普通』なんだろ?』

聞く人が聞けばあきれ、青春を無駄にするなと憤慨しそうなこの言葉に、あの時俺がどれだけ助けられたと思ったことか。

記憶喪失のまま突然入れられ、始まった高校生活。

来る日も来る日も命のやり取りに、地球を守るために必要だからと見ることを強要され続けた、ロボットもののアニメとマンガ。アニメを見て地球が救える。そんなことを言われても、当時の俺はそれが正気の沙汰とは思えなかったのだ。

ドクダメさんのために、あの日、目覚めてすぐに一目ぼれした人のために戦おうと決意した。

だが、アニメとマンガの『何を』重点的に見れば自分が戦えるのか分からなかった。

それでも続いていく訓練は、高校入学直後から確実に俺の精神を蝕んでいた。

本当にアニメを見ているだけでいいのか? これで俺は戦えるのか? ドクダメさんを守れるのか? もう逃げ出すか? でもそれでドクダメさんが俺に微笑んでくれるとは思えない。戦うしか、ない。こんな異常な日常が俺の『普通』なんだ! 俺は『普通』の、『人間』としての生活なんて、できないんだ!

愛する人を守れないかもしれないという不安と、戦う術があるにもかかわらず、その使い方の糸口が見えないストレスに、ひたすら耐え続けていた日々。

いくら親の頼みだからとはいえ、俺は学校に自分の居場所を見つけることができなかった。

松井博士は日常生活を送れると言っていたが、俺はここにいてはいけない気がしていた。

そんな時に言われた、後ろ向きで、ネガティブ過ぎる意見。

本音をいえば、帰りたくなかった。命を懸けた戦いなんてしたくなかった。逃げ出したかったし、本当は帰るなって言ってもらいたかった。

でも、俺は受け入れてもらえた気がした。お前はここにいてもいいんだと。この学校の日常にいてもいいんだと。

お前は『普通』の『人間』だと、言ってもらえた気がしたのだ。

その瞬間、記憶をなくしていた俺は、自分の『自我』を手に入れた。

『人間』に、『ヒト』になったんだ。

だから俺はドクダメさんだけじゃなく地球を、少なくともこいつらの生きる『世界』も守ろうと思えたんだ。高校で過ごした日々が、出会った仲間、友達が俺を変えたのだ。

だから、必死で見るようになった。重点的に見る場所が分からないなら、全て見ればいい。

アニメに用意された伏線とキャラクターの見せる表情。その場面場面で流れるBGM。そして何より、ロボットの戦闘シーンと、そのロボットを操るパイロットの心理状況。

分からないところは松井博士に聞きに行き、朝まで議論した。ドクダメさんと相談して訓練のために必要だからと時間をもらい、高校の友達とも語り合った。俺を受け入れてくれる友達だけあってこうした話にも、アニメ、マンガだからと馬鹿にせずきちんと話を聞いてくれた。某トリコロールのムー大陸を舞台にしたロボットものの話になった時、友達の一人がテンション上げ過ぎて知っている神話の知識を披露し始めた時はドン引きしたが、それも今では笑い話だ。時には意見が分かれ、衝突する日々もあった。衝突しすぎて友達がその友達の妹にキャメルクラッチされた時はもうダメだと思ったが、最後には理解しあえた。そういう考え方もあるんだと、共存することが出来た。

そんな日本にいる友達たちに、俺はコックピットの中から想いを馳せた。

あいつらは元気にやっているのだろうか。いや、元気にやっているに違いない。そうでなければ、これから俺が命を張る意味がない。記憶がない状態で目覚めた時からいろいろと感じていた違和感は、今はなくなっていた。

向こうは今夏真っ盛りだろう。

反対に、俺が乗っているロボットを格納している基地の外は、猛吹雪になっている。

俺が今いるのは、『ホシノカケラ』の北極基地。

対『ギガク』用に新設されたこの場所で、俺たち『ホシノカケラ』は『ギガク』のロボットを迎え撃つ準備をしていた。

基地は全て北極の分厚い氷の遥か下、には残念ながら建っていなかった。分厚い氷を割って発進するロボットの姿は最高に燃えるだけに俺もやりたかったのだが、流石にそこまでの設備は整っていなかった。

ドクダメさんが地球に持ち込んだ『ギガク』のロボットを戦力として計算できるようになったのは、俺という適合者が見つかった三年前からだ。それから北極基地を新設したため、そこまで俺好みの大型施設を造る時間がなかったのだ。

それでも初めて北極基地を見た時、俺は驚嘆するしかなかった。

基地を囲うようにして造られた外壁。その分厚い岩で作られた外壁は、人工衛星から見れば、星型を描いていることが分かるだろう。

その岩も運搬時には灰色だったのだが、今では北極の雪とずいぶん仲良くなったようで、白粉をされたように真っ白に染まっている。だが、その化粧は雪と氷が持つ可憐さとは程遠く、逆にそれは基地を北極の冷たさと厳しさを示す、巌の顔に仕立て上げていた。

北極基地の東側には軍用アンテナが建ち、『ギガク』が地球に接近してきたことが分かるよう、人工衛星からの映像を二四時間受信し続けている。さらに、北極基地の運用に必要な電力をまかなうための発電所も建てられていた。

南側は海に面しており、海運用の港が用意されていた。潜水艦デッキも建てられており、一度でいいからそこからロボットで基地から出撃、あるいは帰投したかったのだが、どうしてもドクダメさんからの許可が下りなかった。

港から西側には物資を搬入するための倉庫が設けられており、運搬のためのトラックが忙しく出入りしている。西側は今回の戦闘がひと段落した後に、基地の拡張を予定されている。待ちに待った地下施設が造られる予定だ。今からたぎるものがある。

基地の北側には、人工衛星と対『ギガク』用迎撃ミサイルの打ち上げ台が三台建てられていた。人工衛星は迎撃ミサイルと共に既に宇宙空間に射出されており、基地の東側にある軍用アンテナに情報を送ってくれている。

迎撃ミサイルは打ち上げ済みの人工衛星の中に格納されており、『ギガク』が地球に接近した時に発射出来るようになっている。が、正直効果は期待できない。それには二つの理由があった。

一つ目の理由は、俺の乗っている『ギガク』のロボットが今だ無傷で健在している。つまり現在地球の技術力ではこのロボットを解体することも、破壊することも出来なかったのだ。

俺の乗っているコイツが『ギガク』のロボットの中で特別強度が高いのかは分からないが、コイツに傷一つ付けられないという状況では、迎撃ミサイルの効果は薄いとしか言いようがない。

二つ目の理由は、迎撃ミサイルの威力について各国から『必要最低限の威力』という文句が付いた、つまり、そこまで強力な迎撃ミサイルを『ホシノカケラ』で作成する許可が出なかったのだ。

地球の存続がかかっているにもかかわらず、そんなこと言っている場合ではないと思うのだが、『ホシノカケラ』が力を持ちすぎないようにし、各国から危険視されるのを防ぎ、資金と人材を提供してもらうためにはある意味仕方がない選択だった。

『ホシノカケラ』。元々この組織は人間の脳の仕組みを解き明かすことを目的としていた学術機関だったらしい。だが、ドクダメさんが地球に亡命してきたことで状況が一変した。

初めての地球外生命体との遭遇ということで、各国政府は対応に追われた。その中でも議論の中心となったのが、ドクダメさんが持ち込んだ『ギガク』のロボットだった。

一体どういった構造で動いているのか? 脳波と電子信号でロボットの制御をするというが、そもそも操縦者の脳波と電子信号で指紋のような個人を特定できる一意性はあるのか? 『ギガク』のロボットは、ブラックボックスだらけだった。それを解き明かすために各国は躍起になった。

ロボットは兵器としての側面を持ち、同時に義足や義手の開発など医療面での技術躍進にも一役買うことが見込まれていた。要は、金になるのだ。

そのため、当初このロボットは解体される方向で話しが進んでいた。だが、そうはならなかった。コイツに傷一つ付けられなかったからだ。

さらには、『ギガク』が地球に攻めてくるという問題もあった。

ドクダメさんが地球に持ち込んだロボットからは既に『ギガク』へ位置を教える『応答』が返った後で、地球に残された時間は多くはなかった。

『ギガク』が地球に持ち込まれたこのロボットの『応答』を受信するまでの時間と、その『応答』を受信した『ギガク』が地球に責めてくるまでの時間を合わせた時間。

それが地球の、全人類のタイムリミットだった。

こうした直近の問題に対して、各国はある程度協力して対応することになった。『ギガク』との戦闘を切り抜けた後の事を考える輩もいたらしいが、現在は『ホシノカケラ』、中でも日本支部がリードすることで沈静化している。何故日本が主導権を握れているのかというと、それは俺の存在が大きい。

現在地球が保有しているこのロボットを操縦できるのは、俺しかいないからだ。

俺にいうことを聞かせるために、家族を人質に取るということを考えた組織もあったようだが、実際に実行した組織は存在していない。そもそも、俺には家族を人質に取って脅すというのは効果がなく、はっきり言って時間の無駄だからだ。

何故なら俺は記憶がない。家族のことを思い出せないのに、家族を人質にされても俺は何の感情も湧かない。というか、記憶を失ってから家族とは一度も会っていないため、人質にされたと言われても、それが本当の家族かどうか俺には判断が付かない。

高校の友達を人質に取られたら状況は変わったかもしれないが、そうはならなかった。

人質としての効果があるほどの友人関係を俺が築く前に、ドクダメさんが手を打ってくれたのだ。

『フウリュウ』には『ギガク』のようなロボットの技術はないが、代わりに脳に関する研究は地球よりも進んでいた。その技術提供をする追加条件として、俺を日本で生活させることと、『ホシノカケラ』に俺を所属させることをドクダメさんは提案した。そして、その取引は成功した。

ドクダメさんの技術提供の成果は『ローレンス』の開発にも役立てられており、その技術の応用・派生系として植物状態の患者と意思疎通を行おうという研究開発が引き続き行われている。ドクダメさんの技術提供により軍事産業への進展は見られなかったものの、医療関係の技術は格段に向上した。

元々ドクダメさんは技術提供を行う先を『ホシノカケラ』に一本化し、各国に『ホシノカケラ』への資金・人材提供を要求していた。ドクダメさんの技術力は既に『ローレンス』の開発過程で証明済みであり、各国はその技術を求めてこぞって『ホシノカケラ』への資金・人材提供を行った。

『ホシノカケラ』に投資すれば儲けが出る。投資価値があるのに投資をしない投資家などいない。人材の受け入れも行っているため、自分達で組織を新しく新設するよりも『ホシノカケラ』に優秀な人材も投入する。そうしなければ、他の国に後れを取ることになる。

ドクダメさんは技術の提供先を一つに絞ることで『ホシノカケラ』の地位を向上させ、『ホシノカケラ』に人材を投入しなければ技術提供が受けられないという状況を作り上げた。だが、その真の目的は、各国の思惑おコントロールしやすくするためだった。

『ホシノカケラ』以外ではドクダメさんの、『フウリュウ』の技術が提供されないため『ホシノカケラ』内で各国は表立って不穏な行動が取れなかった。もしそんなことになれば、ドクダメさんからその国への技術提供はストップする。

膠着状態となっていたが、各国は資金と人材の提供を止めることは出来なかった。金と人さえ出していれば少なくとも技術は提供され、『ギガク』との戦闘が終わった後には、金と人を一番多く払っている国がドクダメさんが持っている『フウリュウ』の技術力、つまり利益を多く得られるからだ。

だからパイロット一人ぐらい、ひとまずどこの国に置いていても、問題はない。

俺を『ホシノカケラ』に所属させても、日本に置いておくという条件を追加されたとしても、問題ない。そうした空気を作り上げた。そもそも、パイロットである俺は、いずれ不要になると考えられていた。

何せ、ドクダメさんが率先してセキュリティを人為的に解除するためダミーの脳波と電子信号を発生させる装置の開発を行っているのだ。さらに平行して、俺以外にロボットのセキュリティを突破できる人材探しをしていた。

つまり、俺以外にこのロボットに乗れる人材が現れるとどの国も考えており、俺以外がロボットに乗れるようになってからが本当の勝負、どの国が俺より優秀な『ギガク』のロボットに乗れるパイロットを手に入れれるかの勝負だと考えていたのだ。

俺より優秀なパイロットがいれば、その人が当然ロボットに乗って『ギガク』と戦うことになる。そして『ギガク』との戦いが終われば、ロボットはそのパイロットが所属してる国のものになる。

このように各国の視点をずらすことで、ドクダメさんは俺と、俺の友人を守ってくれたのだ。

だがその代わり、軍事技術に関係のある迎撃ミサイルの威力強化については各国の合意を取ることができなかった。せっかく『ギガク』のロボットを手に入れたとしても、それを破壊する何かが出来上がってしまったら自国の利益につながりにくくなる。そんなところに金を使うぐらいなら、『ギガク』のロボットのセキュリティを突破するために資金を回したほうがいい。

これが迎撃ミサイルの威力について各国から『必要最低限の威力』という文句が付いた、裏の理由である。

そしてその状態が続いたまま、今日という日を、ひょっとしたら、地球最後となるかもしれない日を迎えた。『ホシノカケラ』の人工衛星の一つが、『ギガク』の姿を捉えたのだ。

ドクダメさんが地球にやってきた時と同じように、『ギガク』はシャトルに乗ってやってきて、月に着陸した。それを、北極基地にいるメンバーが人工衛星の映像で見ていた。

そのシャトルについている垂直安定板から、コックピットにかけて一筋の線が入ったと思った瞬間、その線を境に煙を上げシャトルの天井が左右に展開。展開した天井はそのままシャトルの左右の側面ごと開ききり、立ち込める煙の中から、何かが現れた。

現れたのは、騎士だ。それは決闘に向かう前の中世の騎士が巨大化し、そのまま月に降り立ったような不思議な光景だった。

俺の今乗っているのもそうだが、『ギガク』のロボットは西洋の騎士が着ている甲冑のような姿をしている。

人工衛星の映像で見た太陽の光を受けて輝く銀色の甲冑の騎士の雄々しい姿は、神々しくすらあった。

ロボットの頭部は鎧と違い、鈍い黄金色をしたフルフェイスで雄の獅子型。ライオンが二足歩行で甲冑を着込めばこのような姿になるだろう。百獣の王と謳われる獅子のイメージに合った分厚い胸甲板は、ただでさえ厚い銀色の装甲に、獅子の内臓を守るようにもう一枚逆三角形の装甲が追加されていた。あの装甲を破るのは、至難の業だろう。

さらにあのロボットの左肩には、鈍色のショルダーアーマーが装備されている。接近戦で使用することが想定される。戦闘の際には気をつけなくてはならない。

それにしても、なんなんだあのシャトルは。大きすぎる。『ギガク』のロボット二体は収容できそうな大きさだ。いや、ロボットを二体積んだとしても、まだ他に何かを積めるスペースがありそうだった。

『チヒロ。聞こえる?』

俺の咥えたおしゃ、マウスピースからドクダメさんの声が聞こえる。このマウスピースは骨伝導によって外部との通信も行えるのだ。いつもドクダメさんが自主的に専属で俺のサポートを勤めてくれる。

脳に直接響くようなドクダメさんの声に、俺は同じように答えた。

『聞こえます。『ギガク』の様子はどうですか?』

『予定通り、月から一直線に北極に向かって移動しているわ』

 俺がロボットに乗ってドクダメさんと通信している時、ドクダメさんはいつものたどたどしいですます調ではなくなる。

この話し方の方が二人の距離が近くになったような気がして、俺は少しうれしかった。

『地球で戦闘する際被害を抑えるために北極で『ギガク』を向かい撃つことになりましたけど、でも本当にここに来るんですか?』

『チヒロ。何度も説明している通り、『ギガク』の力は強大よ。でも、その分行動原理は野蛮で、単純だわ。壊したいから壊し、奪いたいから奪うの』

ドクダメさんから何度も聞いた台詞に、俺は耳を傾ける。

『だから、彼らは許せないのよ。自分たちが奪われるのが。だからこそ、まず一番初めに、一直線にワタシたちの下にやってくるわ』

『それは何度も聞いてますけど……』

『だったら、何度も同じ事を言わせないで』

『そうは言っても、『もしも』っていうことだって、あるかもしれないじゃないですか?』

今回が人類と『ギガク』との初接触なのだ。事前に『ギガク』の習性をドクダメさんから聞いていたとしても、『もしも』という可能性が捨てきれない。

ドクダメさんは俺が死んでも守るとしても、『ギガク』が北極ではなく『もしも』日本に、あいつらのいる日本に上陸したとしたらという不安が拭い切れないのだ。

やっぱり俺は『ギガク』が地球のすぐそばに迫って来るのを、黙って待っていられない!

『ドクダメさん。今からでも俺、宇宙に行った方がいいんじゃないですか?』

『ダメです』

俺の提案をドクダメさんは一蹴する。しかも、ただ一蹴しただけじゃない。

『チヒロが学校で素晴らしい御学友に恵まれて、ワタシもうれしいわ。でも、行ってはダメよ』

ドクダメさんは、俺の想いを知っていながらも俺の提案を退けたのだ!

『『ギガク』が接近してきた際、まず宇宙空間に打ち上げ済みの迎撃ミサイルで強襲。例え倒せなかったとしても、『ギガク』が北極にたどり着く前の牽制になる。そういう手筈になっていたはずよ。アナタもそれで納得していたでしょ? チヒロ』

『……』

ドクダメさんに言い返すことも出来ず、俺は歯噛みするしかない。

もちろん言い返したかった。例え相手が愛するドクダメさんだったとしても、怒鳴り散らしたかった。でも、それは出来なかった。

何故なら、ドクダメさんが『ホシノカケラ』のメンバーの中で一番『ギガク』を滅ぼしたいと思っていることを、俺は知っているからだ。

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