第2話 鈴原誠という男

子供の頃からアニメ、ゲーム、漫画大好きだった。それ以外のものに興味を持つことができなかった。


もし、僕の特別な才能があったらそれ以外のものにも興味を持つことができたかもしれない。だが、残念ながら僕には特別な才能はなかった。平凡な容姿、平凡な運動能力、平凡な頭脳、平凡な美術的センス、平凡なコミュニケーション。僕の中にあるものはどれも平凡だった。


そんな平凡さ満載の僕ではリアルを楽しむことは不可能だった。非現実の世界を楽しむことしかできなかった。


それは現実逃避だとわかっていた。わかっていたけどやめることができなかった。だって現実逃避した世界でしか楽しさを感じることができないのだからやめられなくて当然だった。


恋愛でもすれば僕もリアルを楽しむことができるようになるかなと思い、勇気をふりしぼって好きな女の子に告白してみた。


告白したのは高校一年の秋だった。相手は同じクラスの佐々木優菜だった。彼女はどこどなく僕の好きなゲームのキャラに似ていた。だから自然と好意を持つようになった。


でも、告白するときまで彼女と話したことは一度もなかった。それでも僕はがんばって彼女に告白した。自分の人生を変えるために。


放課後の教室。彼女は日直の仕事を一人でしていた。


日直は隣りの席の生徒と2人ですることになっていたが、相方が休んだ場合、一人で日直をしなければならなかった。この日、彼女の相方が休んだので彼女は日直を一人でしていた。


僕は自分の席に座って、日誌をつけていた彼女に声をかけた。


「佐々木さん」


彼女は驚いて僕を見る。


「鈴原くん。どうしたの?」


「話があるんだ。いいかな?」


「うん」


「実は僕、佐々木さんのことが好きなんだ。もし、よかったら僕と付き合ってくれないかな」


「・・・ごめんなさい」


それは半ば覚悟していた言葉だった。いや、半分以上の確率でその言葉を言われると覚悟していた。だが、そのあとに彼女の言った言葉は予想外のものだった。


「鈴原くんってオタクだよね。アニメとか漫画とかゲーム大好きだよね」


「うん」


「私、そういうオタクの人って生理的に無理なの。怖いって感じてしまうの。だからごめんなさい」


生理的に無理・・・怖い。その言葉に僕はショックを受けていた。しばらく動くことができないくらいに。


彼女は日誌を閉じ、カバンを持って、教室を出ていってしまう。


涙がこみ上げてきた。まさか好きな女の子に生理的に無理と言われるとは思わなかった。冗談でキモイと言われたことはある。でも本気で気持ち悪いと言われたのははじめてだった。その本気の言葉は刃となって僕の心を刺した。その言葉を思い出すたびに心が痛んだ。こんなにも失恋で痛い思いをするとは想像もしていなかった。


僕はトイレの個室に逃げ込んだ。泣いている自分を誰かに見られたくなかった。僕は蓋の閉まった洋式便器の上に座り、泣き続けた。

情けなくて悔しくて死にたい気分だった。


この出来事が原因で僕の現実逃避癖は酷くなった。時間があればゲームをした。アニメを見た。漫画を読んだ。現実の辛さ、現実のつまらなさ、現実の嫌さを忘れるために。


本当は学校を休んで現実逃避をしたかった。でも、僕には引きこもりになる勇気はなかった。だから無理して学校に行き続けていた。


無理すればするほどに学校が嫌いになっていった。人間関係が煩わしくなっていった。両親の小言が鬱陶しくなっていった。


そんなネガティブな気持ちが大きくなるほどに僕の中で非現実的な世界への憧れが強くなっていった。


このゲームの主人公のようにワクワクとドキドキの冒険をしてみたい。このアニメの主人公のようにドラマティックな人生を送ってみたい。この漫画の主人公のように異世界トリップしてみたい。そういう気持ちが僕の中でどんどん膨らんでいった。


でも、僕はその憧れや願望が現実になると中二病みたいに思うことができるほど子供ではなかった。この先も現実逃避をしながらこのつまらない現実世界を生き続けるんだろうなと思っていた。


そう思うと死にたい気分なる。だが、僕に死ぬつもりはなかった。一応、楽しいと思えることがある。リアルもたいくつではあるが、死ぬほど嫌な目に遭うことはほどんどない。そんな現状で死の恐怖を乗り越えて死のうとする意思は僕にはなかった。


だが、僕は勘違いをしていた。死というものは僕が自殺でもしないかぎりずっと先に存在するものだという勘違いを僕はしていた。その勘違いに気づいたのは僕が死んだあとのことだった。

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