4月22日の落花(1)


 約束の駅まではあと3駅ほど。

 準備に手間取ってしまい、乗ろうとしていた電車を1本乗り過ごしてしまった。

 いつもはほとんどしない化粧をして

 お気に入りのワンピースを着て

 普段は邪魔に思うアクセサリーを付ける。

 「今日はずいぶんおめかしするのね」なんて母親の言葉は無視して乗り込んだ電車は

 思っていたよりも人が乗っていて、土曜日だというのに混雑していた。


 電車に揺られながら、思い出すのはあの日のこと。

 変化に気付いたのは、PCルームで作業をしているときだった。

 横でパソコンのキーボードを打つ西村くんは

 今までとは明らかに違って見えた。

 なにが違うのかと言われると難しいが

 きっと彼の中で、なにか吹っ切れるようなことがあったのかもしれない。


 驚いたのは、出来上がった企画書を東山先生にもっていったときのこと。

 先生に褒められたことが余程嬉しかったのか、急に私の手をとって

 ブンブンと勢いよく握手をしてきたのだ。

 確かに、私も先生に褒められたことは嬉しいと思った。

 それでも、西村くんがそこまでこの企画書に熱を入れているとは思ってもいなかったので

 少し戸惑ってしまった。


 あの日から、西村くんは変わってしまったように思えた。

 それまでは、どこか私に似ている部分があると思っていたし

 勝手に親近感をもっていた。

 それが、いつの間にか、何かのきっかけで

 今の彼は、私が一番苦手なタイプの

 自分をしっかりもっている、自信あふれる魅力的な人間になっていたのだ。


 どうしてだろう。

 どうして私を置いていってしまったのだろう。

 それとも、勝手に感じていた親近感は、私の間違いだったのだろうか。

 考えれば考えるほど、その答えは私の頭からは導き出すことができない。


 そういえば、東山先生も西村くんのことについて何か言っていたような気がする。

 西村くんのことを見ることが、私にとってのヒントになるとか。

 ヒントってなんだろう。

 私が求める、私が知りたい私のこと。

 それを、西村くんが応えてくれるというのだろうか。


 そんなはずがない。だって、彼は一足先に私とは違うところへ行ってしまったのだ。

 彼もきっと、東山先生から何かを聞いているはずだ。

 それがどんな内容なのかはわからない。

 それでも、今の私みたいに、禅問答みたいな問いかけを繰り返し続けるようなことはもうしていないのだろう。

 それは素直にうらやましいと思うし、同時に少し憎たらしいとも思う。


 結局のところ、私には、未だ私という人間のことが見えていないのだ。

 それなら、今日はじっくり観察してみようと思う。

 彼が何を考えているのか。

 どんなことを想って、今の彼は先へ踏み出したのか。

 それを見極めることが、私にとってもヒントになるのかもしれない。

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