第3章:自分のことを考えるってことは、相手のことを見ようとするってことなんだ
4月19日の思慮(1)
教室棟から専門教室棟への渡り廊下を歩きながら
委員会室を目指す。
授業が終わったばかりのせいか
思ったよりも人通りが多い。
すれ違う人の学年はばらばらで
この中には、自分たちが考えた企画で楽しんでもらう人たちも大勢いるはずだ。
そう考えると、不思議と変な気分になってくる。
ワクワクとドキドキ、期待と不安。
入学当初に比べると、自分の気分が少し上向いているような気がした。
それはたぶん、中原さんとの会話をどこか楽しみにしている自分がいるからだろう。
東山先生に言われたことが、昇華できていないからかもしれない。
いずれにしても、この数週間は今までにないくらい濃い時間だった。
もう中原さんは来ているだろうか。
もしかしたら、先生が教室で待っているかもしれない。
そんな逸(はや)る気持ちを抑えつつ、駆け足で階段を登った。
――――
「西村くん。こんにちわ」
「あっ、中原さん。どうも」
いつもの教室の扉を開けると、そこにはすでに中原さんが待っていた。
椅子に座り、見慣れない文庫カバーを広げていたところを見ると
趣味は読書なのかもしれない。
「そのブックカバー、珍しいね」
「え? あ、これ?
うん。お気に入りなの。でも、いつも使っているから
珍しいってほどでもないけどね」
「あれ? そうだったっけ。
初めて見たから、新しく買ってきたのかと思った」
「え? この前もここで読んでたよ。
中身は違う本だけど、カバーはずっとこれだから」
だとすると、おれは今までずっと気付かなかったということだろうか。
こんなにいつも一緒にいたのに、全く見えていなかった。
やはり、おれはちゃんと彼女のことを見ていなかったのかもしれない。
鞄をいつもの場所に置き、中原さんの隣の席に腰をおろす。
「それで、早速本題なんだけど……」
「うん。私も、考えてきた」
用意してきたプリントを中原さんに渡すと
中原さんからも1枚、プリントを手渡された。
「歓迎会について」と書かれたプリントには
彼女なりの精一杯の想いが、イラスト付きで描かれていた。
「すごいね、これ。
中原さん、絵が得意なんだね。知らなかったよ」
「ううん。ただの落書き。そんなに大したことじゃないよ。
それよりこれ、西村くんすごいね。
エクセル? だっけ。結構パソコン強いんだ」
「まあ、昔からいろいろいじってたから。それこそただの趣味だよ」
それなりに話をしていたつもりだったけど
今日になって初めて知ることがこんなにたくさんある。
中原さんと話そうと思っただけで
こんなにも新しいことが見えてくるなんて。
東山先生の言っていたことは、こういうことだったのかもしれない。
つまり、意識の問題だと。
見ようとすれば、思ったよりもいろいろなものが見えてくる。
見えていないのは、何かを見ようとしていなかったからだ。
そう思うと、自然と、もっと目の前に座る彼女のことを知りたくなる。
彼女のきれいな髪はどこでカットしているのだろうか。
どうして茶色のカーディガンを着ているのだろうか。
いつも感じる、柑橘系の匂いはいったい何の匂いだろうか。
そんな、どうでもいいことが気になってくる。
聞きたい。話したい。もっと、彼女と一緒にいたい。
こんな気持ちになるのは初めてだった。
今はとりあえず余計なことを頭から追い出し
せっかく形になりつつある企画に意識を向ける。
おれが作ってきたものは
どんなことをやれば面白いのか。
それをやるには何が必要なのか。
どれだけの人と、どれだけの場所が必要なのか。
そういった、企画の設計を決める内容だった。
対して、中原さんからもらったプリントに描かれたものは
こんなことをしたら楽しいのではないか。
それにはこんな感じでやったらどうか。
そういった、具体的な構想がイラストでまとまっていた。
「それじゃあ、せっかくだからこの2つを合わせて、まとめてみようか」
「そうだね。私、あんまりパソコン得意じゃなくて……。
よかったら、教えてもらってもいいかな」
「も、もちろん。おれも、絵とか描いてみたい。
今すぐは無理かもしれないけど。
いつか、簡単なものくらいは描けるようになりたいなって」
「うん……。わかった。今度教えてあげるね」
「ありがとう」
そこからは、今までのことが嘘のように
どんどん準備が進んでいった。
パソコンは学校のPCルームを借りて2人で作業した。
印刷したものに、中原さんがイラストを描いていく。
そうして出来上がった企画書を
スキャナーでパソコンに取り込んで、PDFとして保存していく。
隣り合った席で作業をしていると
自然と肩が触れ合う。そんな瞬間さえも、今はなんだかワクワクする。
楽しくて、仕方がなかった。
隣で作業をする中原さんとも、たびたび目が合う。
うぬぼれかもしれないが、彼女もなんだか嬉しそうに見えた。
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