4月19日の思慮(2)


「完成、かな」

「うん。いいんじゃないかな」


 作業をすること数時間。

 2人がもってきたプリントを上手くまとめて

 1枚の企画書にすることができた。

 時間を忘れて作業をしていたせいか

 PCルームにはおれたち以外に誰もいなかった。


 今更だが、おれも中原さんも部活動に所属していない。

 だからこそ、こうして放課後の時間を歓迎会の準備に使えるのだが

 今思えば、どこにも入部しなかったのは正解だったかもしれない。


「それじゃあ、東山先生に提出しに行こうか」

「そうだね。職員室にいるのかな」


 この学校には教職員の席がある場所に2つのパターンがある。

 1つは、職員室だ。

 ここには、主に生活指導の先生や教頭先生

 事務の先生なんかの席がある。

 それとは別に、各科目ごとの研究室というものも存在する。

 現代文や古典の教職員は、国語研究室。

 数学教員には数学研究室と

 それぞれの名前がついている。


「東山先生って、どの科目の先生なの?」

「えっと、確か音楽だった気がする。

 おれは選択科目が別だから、一度も授業受けたことないんだけどね」

「そうなんだ」


 芸術科目と呼ばれる、音楽、書道、技術の3科目は

 生徒が1つの科目を選択することができるようになっている。

 おれは、なんとなく一番楽かと思って書道を選んだが

 特にこれと言って意味はない。


「それじゃあ、音楽準備室? かな」

「だね。とりあえず、行ってみようか」


 パソコンの電源を落とし、PCルームを後にする。

 音楽準備室は専門教室棟の1階にあったはずなので

 ここからはそう遠くない。


 ほとんど生徒がいなくなった廊下を歩きつつ

 おれと中原さんは、2人で音楽準備室へ向かった。


――――


「失礼します」


 軽くノックをした後、音楽準備室の扉を開く。

 思ったよりも立てつけが悪いのか、ほかの教室と比べると少し扉が重く感じた。


「あっ、西村くん。中原さん。

 2人ともどうしたの?」


 今日も東山先生の笑顔は健在で

 いつも通りの屈託のない、高校生らしい? 笑顔でおれたちを出迎えてくれた。


「先生。歓迎会の企画書、もってきました」

「あー、ありがとう。っと、どうしたの?

 2人とも、なんかいいことあった?」

「え? 特に何もないですけど。

 どうしてですか?」

「なんか2人とも、今までよりも楽しそうだったから」


 変なことを言われて、思わずお互いの顔を見合わせる。

 そんな楽しそうな表情に見えたのだろうか。

 少なくとも、おれは今までとそんなに変わっていないと思うんだが。

 中原さんを見る限り、特別変わったところはない。

 やはり、先生の気まぐれだろう。


「ううん。別に何もないならそれでいいの」


 「そっか……」と、聞こえるかどうかというくらい小さな声でつぶやいた後

 先生はなんどもうなずいていた。


「あの、それで……。

 これが企画書なんですけど」


 話が変な方向にいってしまったが

 当初の目的通り、作成した企画書を東山先生へ手渡す。


 おれたちが考えた企画書は、ざっくり説明するとこんな感じのものだ。

 

 まず、1年生のそれぞれのクラス委員から

 先輩に向かって決意表明のあいさつをする。

 この挨拶をスタートとして、学年バラバラに

 委員会ごとに分かれて簡単な立食パーティーを行う。

 敢えて委員会ごとにしたのは、部活ごとでは加入していない人たちが絡みづらくなってしまうため

 1人1つは必ず加入している委員会ごとの方がいいだろうというアイデアだ。


 立食パーティーにしたのも理由がある。

 椅子についてがっつり食べるような食事会だと

 お互いに気を遣ってあまり話すことができないのではないかと考えたためだ。

 さらに、そこまですると準備に時間がかかり

 用意も片付けも人員不足になってしまう、という理由もある。

 まあ、正直に言ってしまえば、おれたちの負担が大きすぎない方法を選んだというわけだ。


「んー。いいんじゃない、これ」

「ほんとうですか」

「うん。2人で一生懸命考えたんでしょ?

 それなら、どんな企画でも先生はいいと思ってたんだけど

 これは思ったよりもいい感じにまとまってるね」

「ありがとうございます」


 どんあ企画でも、の下りはちょっと肩すかしをくらった気分だが

 2人して素直に頭を下げる。

 それなりに思い入れがあるため、誉めてもらえるのはやっぱり嬉しい。


 少し気分が高まったせいか

 おれは思わず中原さんの手を掴み、握手をする形になってしまった。

 ブンブンと振り回すようにひとしきり握手をした後

 急に恥ずかしくなって、「ごめん」と言いながらを離した。

 思わず握ってしまったが、今も手に残る中原さんの感触は

 以前握った東山先生の手よりも、少し熱いような気がした。


 んっ、という東山先生の咳払いで、手から意識を前に向ける。

 にやにやと笑う先生はとりあえず無視して、話の続きを促す。


「それで、この立食形式の食事のことなんだけど……」

「はい?」


 唐突な質問で、思わず変な声が出てしまった。


「いや、この立食のことなんだけどね。

 どんな感じの食事をイメージしているのかなって思って。

 具体的に、何か料理のイメージはある?」


 そういえば、考えたこともなかった。

 確かに、食事をすることを提案しておきながら

 その内容は全く考えていませんでした、では格好がつかない。


「すみません。そこはまだ、考えていませんでした」

「私も、そこまで考えていませんでした」

「そう。それじゃあ、企画はこれでいいとして

 この食事のことだけ、もう一回考えてくれるかな。

 あ、一応言っておくけど、そんなに高いものは予算が足りなくなっちゃうから

 簡単なスナック菓子とか、パンみたいものだといいかな」


 予算のことはある程度予想していたが

 やはりそんなに高いものは出せないらしい。

 まあ、新入生歓迎会は行事とはいえ

 文化祭や体育祭と比べるとそれほど大きな規模ではない。

 予算が降りるだけいいことだと思おう。


「それじゃあ、ちょっと調べて、明日には何か提案できるようにします」

「うん。私もいろいろ調べてきます」


 自然な流れで、おれはインターネットを使った調査。

 中原さんは街のお店の調査と分担していく。

 これで、ある程度の情報は網羅できるだろう。


「ううん。せっかくだから、2人でどこか行ってきていいよ。

 これ、予算の一部だけど、2人にあげるから、いい感じのお店でも探してきてね」


 そういうと、東山先生は引き出しから茶封筒を取り出し

 中原さんに手渡す。

 中身を見たわけではないが、おそらくお金が入っているのだろう。

 こんな時にもお金が出るなんて、思ったよりも予算の使い勝手はいいのかもしれない。

 っていうか、2人でどこかって言わなかったか。


「あの、2人でどこかって言うのは、つまりどういうことでしょうか」

「え? そのまんまの意味だよ。

 適当に、いい感じのところを2人でリサーチしてきたらってこと。

 せっかく仲良くなったみたいだし、親睦を深めてきたらどうかな」


 いつもの笑顔とは少し違う、どこか面白がるような、ニヤッとした笑顔を浮かべ

 先生は、おれと中原さんの、交互に視線を移す。

 

「えっと……それじゃあ、行こうか」

「う、うん。そうしよっか」


 特に断る理由もないので、言われた通りする。

 いや、本当のことを言えば

 中原さんと一緒にどこかへ行けるということが、嬉しかったんだと思う。

 今日だけでも、今まで知らなかった中原さんを知ることができた。

 いつの間にか、おれの頭の中は中原さんのことでいっぱいになっていたのだ。


 今週の土曜日、4月22日。

 東山先生に言われるまま、中原さんと2人での食事リサーチが決定した。

 

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