4月5日の憂鬱(3)
入学式が終わると、講堂から一斉に生徒が出ていく。
口ぐちに、校長先生の話が長かったとか
立ちっぱなしの式典がめんどくさいだとか
校歌を始めて聞いたとか
そんな他愛もない言葉を交わしている。
新入生なんだから、初めて聞くのは当たり前だと思うが……。
どうでもいいが、校歌というのはしっかり聞くと
なかなかおもしろポイントをたくさん含んでいると思う。
地域の自然とか、気候とか。
友達を大切にしようとか、夢を抱こうとか。
浅い部分を撫でるような歌詞にも思えるが
青春の1ページには、どれも欠かせない、大切なものだと思う。
まあ、おれには全く縁がないので
やはり周りと同様、ただ聞き流す時間なのだが。
――――
「それじゃあ、みんな席について」
教室に戻るなり、東山先生から声がかかる。
クラスの面々は、廊下から続く雑談を打ち切り
それぞれの席へと戻っていく。
「改めまして、入学おめでとう。
みなさん、今日からよろしくお願いします」
パラパラと、生徒から手を叩く音が聞こえる。
そうだよな。拍手のタイミングって結構難しいよな。
むしろ互いに気を遣いすぎて
いつまでも拍手が終わらないこともままある。
「さて、いきなりだけど
この学校には、5月に伝統的なイベントがあること
知ってる人、いますか」
知らない、という反応なのか
キョロキョロと周りを見回す人もいれば
隣前後で確認し合い、少し教室がざわざわとする。
言うまでもなく、おれは全くの初耳である。
「はい、静かにしてね。
そうだよね。みんな新入生だから
お兄さんやお姉さんがいない限り
わからないよね。
本校では伝統的に、5月のGW明け
新入生歓迎会を行うことになっています」
新入生歓迎会というと
2・3年生や教職員からいろいろな催し物で歓迎される
あの新入生歓迎会のことだろう。
あれはあれで、なかなか面白みがある。
顔を赤くしながら演劇したりする先輩の姿は
ちょっと面白い。
自分の身に降りかかることはやっかいだが
人の見に降りかかることはなかなか笑える。
我ながら、なかなか性格悪い。
「実は、うちの新入生歓迎会は
新入生”が”歓迎する側の会なのです」
ぽかーんと、クラス中が静まり返る。
”が”、とはいったい、どういうことだろうか。
「今日の入学式でも思ったかもしれないけど
みんな、式典ってちょっとめんどうくさいと思うよね」
おいおい、それは教師が言っていいことなんだろうか。
なんとも言えない、乾いた笑い声が聞こえてくる。
「あはは。めんどくさいっていうのは、ちょっと言い方悪かったね。
でもね、歓迎する会なんだから
どうせなら面白いことしたいよね」
面白いことはいいかもしれないが
したいというよりは、してほしいという方が正しいかもしれない。
他力本願で人に楽しませてもらいたい年頃なのだ。
なるべくなら、体力消費は少なく、面白さは大きく
低リスクハイリターンな人生を進んでいきたいとさえ思う。
よそはよそ、うちはうちの究極系はまさにこれだ。
「というわけで、普通の新入生歓迎会ではなく
新入生が先輩や教職員を歓迎する会
略して新入生歓迎会を開くのが伝統なのです」
というわけで、の文脈が繋がっていないのは現代人あるあるなのだ。
むしろ、略しての文脈すらつながらないこともある。
「それな」とか、「たしかに」とか
現代人の言葉遣い汎用性は高すぎて
たまについていけない。おれも現代人だが。
きっと、ほとんどの人が意志の疎通ができてないと思う。
なんとなくいい感じに、で通じるくらい
言ってる側もそれほど固まっているわけではないのだ。
だから曖昧な表現で、表面を軽くなぞるくらいのコミュニケーションが心地よいのだろう。
それが争いの種なんだけどな。
まあ、なにが言いたいのかっていうと
面倒なことは、なるべくおれに関わりのないところでやってほしいってことだ。
こんなことは声には出せないが
傍観者でいることが、学生生活を円滑に送るセオリーだとすら思っている。
おれと同じような考えをしているのか
生徒からちらほらと手が挙がる。
「先生。それはつまり、私たちがなにかをやるってことですか」
「はい。面白いでしょ」
面白くはない。
「でも、具体的になにをするんですか」
「うん。いい質問ですね」
なに、東山先生ってニュースの解説とかするとテンション上がっちゃう系教師なんですかね。
嬉々としてグラフとか解説し出したらどうしよう。
どうでもいいけど、グラフ解説が出たら軸の値とかに気を付けようね。
あれ、結構騙すようなグラフとか普通にあるから。
円グラフとか特に注意。
「今年の1年生は全部で2クラスです。
例年は3クラスあるので、各クラスから1人ずつ代表者を選んで
実行委員会を作るんだけど
今年は2クラスから1人ずつ、2人で実行委員会を作ることになりました」
それは果たして会なんだろうか。
2人の集まりだと、もはや同好会すら組織できないと思うんだが。
「2人って少なくないですか。
さすがに負担が大きいような」
「大丈夫。あくまで新入生の旗振り役みたいなもので
どんなことをやるのか、企画としてまとめてくれるだけでいいの」
生徒の不安をすかさず払拭する東山先生。
こういうところはすごく好感がもてる。
かわいいし。胸は大きくないけど。
「ということで……」
どこからか、大きな四角い箱を持ち出し
教卓の上にドンと置く。
ご丁寧に、「実行委員選出くじ引き」とか書いてある。
そのまんまネーミング。
「さすがに立候補とかを募るのは酷だと思うので
先生、昨日こんなの作ってきました」
満面の笑顔が眩しい。この先生、見た目もすごく若いけど
心もすごく純粋なのだろう。
今時、くじ引きとかで嬉しくなっちゃうような高校生ってそんなにいないと思う。
おれは嬉しくなっちゃうけど。
「それじゃあ、1人ずつ前に出てきてね。
ちなみに、決めなくちゃいけない学級委員とかもこれで決めるからね。
みんなの今年1年を占う、大事なくじ引きだから、心して引いてね」
屈託のない笑顔とは、きっと東山先生のような笑顔のことを言うのだろう。
周りがにわかに熱くなりだすと同時に
おれの中では、これといった温度上昇は特にない。
こうしたイベントは、気持ちの持ちようでいくらか運に変化があるものだ。
「絶対やりたくない」とか「燃えてきた―」みたいに思えば思うほど
くじの方から手に吸いついてくるのだ。
あくまで冷静に、けれどもおれはべつにどっちでもいいですよ
みたいな心もちの方が、ある意味運が逃げていくものだ。おそらく。
「次、西村くんね」
「はい」
すでに引き終えたクラスメイトが嘆き、笑いあう横をすり抜けつつ
教壇に鎮座する箱の前へと進む。
まあまあ、そんなに慌てるなよ、箱さんよ。
おれは大丈夫だ。
いつでも準備はできている。
さあ、今からその口に、手を入れてやる。
ニコニコと笑う東山先生のことは無視しつつ
おれは、ひっくりと箱の中へと手を伸ばした。
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