4月5日の憂鬱(4)
この学校の構造は少し複雑になっている。
山の斜面を切り開いたからか
教室棟が4階建なのに対して
専門教室棟は3階建になっている。
そして、それぞれの棟は渡り廊下で繋がっているが
教室棟の2階と専門教室棟の1階
3階と2階、4階と3階と
1階ずつ階層がずれている。
地下1階、という表現の方が正しいかもしれないが
地下にあるわけではないので
このややこしい階層表現となっている。
少し離れたところには
部活動で使う部室が集まった部室棟があったり
茶道部や弓道部が使う施設なんかも点在する。
「それでね。新入生歓迎会の実行委員は
毎年専用の教室に集まって委員会を開くことになっているの。
その教室が専門教室棟の3階、一番端にあるの」
ホームルームが終わり
クラスメイトが帰宅の途につく中
おれは東山先生と2人
教室棟2階と専門教室棟1階を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。
「西村くん、よね。
どうかな、この辺りは。
自然も多くて、空気はおいしいし
先生は結構いいところだと思うんだけど」
「はあ。まあ、いいところだとは思いますよ」
「そう。そうだよね。そうなんだよね」
まるで自分のことを褒められたかのように笑う東山先生。
本当にこの地域のことが好きなんだということが伝わってくる。
入学式の後、ホームルームで行われた
実行委員選出くじ引きなる謎の催しの結果
幸運にも、幸いにも、ありがたいことに、至福にも……
おれは新入生歓迎会の実行委員に選出された。くじ引きによって。
その結果、ホームルームが終わった今
こうして、東山先生と2人、実行委員会が行われる教室へと向かっているのだ。
校舎は思っていたよりも新しく
廊下も教室もなかなか綺麗だった。
後で気になって調べたら
数年前に耐震工事を行い、そのついでに校舎も新しく立て替えたらしい。
それにともない、制服や指定ジャージ
授業カリキュラムなどを一新し
地域ではかなり新しい高校となったらしい。
「西村くんは、どう」
「はい?」
初めて歩く校舎をキョロキョロと見ていたせいで
東山先生がなにを言っているのまったく聞いていなかった。
「そうですね。そんな感じでいいと思いますよ。おれも」
ある程度の会話は、こんな感じの返しをしておけば
それなりに繋がるはずだ。
同世代とのどうでもいい会話で培ったコミュ力は伊達じゃあない。
「……聞いてなかったでしょ。
ダメだよ。先生そういうのはすぐわかるからね」
ダメでした。おれが培ったコミュ力は、どうやら伊達だったらしい。
すみません、と謝りつつ、なにについての話だったのか聞き直す。
「西村くんは、どんな高校生活を送りたいかなって話。
いろいろあるでしょ。せっかくこの学校に入ったんだから」
どんな高校生活か。
正直、それほど心躍る展開を望んでいるわけではない。
高校生というのは、大学生ほど自由なわけではなく
まして社会人ほど金銭的な余裕があるわけではない。
それでも、中学生のときよりも、社会に対して責任を求められ
勉学も対人関係も
今までよりも格段に面倒くさくなる。
社会人になり、過ぎた人生を顧みて「昔は良かった」なんてことを言うこともあるかもしれないが
今を生きる人にとっては、今が一番、今しかないのである。
「そうですね。新しい環境に、新しい学校ですから
新しい友人ができたら、なにかに打ち込んでみたいと思います」
まったく思っていないことが口からすらすらと出る。
対人折衝ではこうしたコミュニケーションが何かと役に立つこともあるが
取り繕うばかりの自分の思考が嫌になる。
「そう……」
なにか言葉を返してくると思っていたが
意外にも、東山先生は何かを考えるように黙って歩き続けた。
なにか返事を間違えてしまっただろうか。
今日、初めて顔を合わせたばかりで
おれは東山沙苗という人のことをほとんど知り得ていない。
人は、それぞれ性格が違っていて当たり前であり
コミュニケーションの取り方、距離の測り方は違う。
今までは、初対面の相手に対して
深く突っ込むこともなく、大きく距離をとることもなく
まさしく”いい感じ”のコミュニケーションをとってきた自信がある。
しかし、東山先生の反応は今まで話した相手とはなにか違う
少し、どこか悲しむような、憐れむような、心配をするような
そんな色が伝わってくる。
そのまま、特に言葉を交わすことなく
なんとなく気まずい空気を引きずったまま
おれは、東山先生が歩く少し後ろを
実行委員会の教室までなぞっていった。
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