感染CASEその2:マジカル☆ルール

 思い返せば、晴れて幕を開けた私の華の学園生活は、もっと夢と希望に満ち溢れていたのではなかろうか。それなのに何故今の私は、謎の生物の言いなりになっていて、しかも魔法少女になっているのだろうか。と言うか、そんな軽い感覚で魔法少女とかになってもいいものなのか。などと様々な疑問が私の頭の中で飛び交っていたのだが、今の私はそれどころではない。


「凛子凛子!このスイッチを入れると振動するピンク色の物体は何パピ?人間界はわからないことがいっぱいパピ!」

「ちょ、ちょっと!!ちょっとやめてください!触らないで!!あと勝手に部屋を漁らないで!!」


この宙に浮く翼の生えた白い猫のような生物が、何故か私の部屋に入り込んでいたのだ。

幸いこの生物は普通の人には見えないらしいため、家族にこの生物の存在がバレるという心配はない。強いて言うのであれば、こいつとの会話が全て私の独り言に聞こえてしまうというところぐらいだろうか。


「もぉ…今日はせっかくの休みなんだから、部屋から出てってよぉ…」

「それはできないパピ!」


ふてくされながら私はボスンッとベッドに寝転がり、ゆっくりと目を閉じる。

その瞬間に、私の頭の中で奇妙な鳴き声が再生された。


――グシュワァァ…!


やはり昨日からどうも、ウイルスを退治したときにウイルスが放った鳴き声が、頭にこびりついて離れない。嫌でも私が目を閉じると、昨日のウイルスと闘う姿が目の前に映るようになっていた。何度も何度も目を閉じる度に再生され続けるその光景は、まるで脳みそに埋め込まれた動画プレイヤーのように、同じ映像を繰り返し再生し続けるのであった。


「はぁ…」


深い溜め息をつきながら私は、腕を額の上に置き、改めて昨日の自分に起こったことを思い出していた。

いや、正直に言うと、本当は思い出す必要は全くもってないのだが、これは万が一この物語の1話目をちゃんと見ずに、いきなり2話目から話を見てしまった人にもこの作品のストーリーをわかってもらうための親切心だ。なんてことを考え、ふふふ…と私は不敵な笑みを浮かべながらごそごそと寝返りを打った。


「凛子、あまりそういうこと言うのよくないと思うパピよ」


寝転がった私の背中の方から、さっきの生物の声が聞こえたが私は聞き流すことにした。


------


 あれが夢でなければ確かに私は昨日、"魔法少女"と呼ばれる姿になった。

私が通う聖廟城学園せいびょうじょうがくえんで、多数の生徒から噂されている"黒い棒"の話を聞いた放課後のことだ。不運にも私はその"黒い棒"に出くわして襲われてしまった。左右に2つの丸みを帯びた物体を付けたその"黒い棒"のあまりのビジュアルの恐ろしさに、私は腰を抜かして動けなくなってしまったのだ。

そんな私を、何故か魔法少女にしたのはあのふわふわと宙に浮く、翼を生やした白い猫のような生物…名前は…パ…パ…ピクルス……そう、確かピクルスという魔法界から来た妖精だった。


そして、ピクルスはその"黒い棒"の正体は、魔法界から送り込まれてきた"ウイルス"と呼ばれる敵だと言う。

そんなこんなで、ピクルスの力によって私、天城 凛子あまぎ りんこかっこ16歳かっことじるは"魔法少女"となったのだ。


髪の毛はサラサラになっただけではなく淡いピンク色に変色し、ピンク色と白色を貴重としたフリフリの服が私の身体を覆い、手にはマジカル☆ステッキという"日本刀"を持った、そんな魔法少女になったのだ。16が、だ。


「いやぁ…魔法少女って…普通は小・中学生の女の子とかがなるものじゃないのかなぁ…」


小さくつぶやいた私は反対の方向へ寝返りを打ちながら、再び昨日のことを思い出していた。

あの時使""の力を借り、魔法少女となった私は圧倒的な身体能力を手に入れ、マジカル☆ステッキと呼ばれる日本刀をウイルスに目掛けて勢い良く振りかざして撃退した。古の魔法使い"クラミディア"が一体何者なのかはわからなかったが、ピクルスが言うにはとにかくすごい伝説の魔法使いらしい。

そんな私があの白い生物から魔法少女にさせられ課せられたのは、あの黒い棒の姿をした"ウイルス"を一本残らず退治し、この世界を平和に戻すということ。


夢と希望に満ち溢れた私の華の学園生活の幕は閉じ、新たにおかしな魔法少女としての最低な幕が開けたのだった…。


------


 ウイルスが現れる時間や場所などに規則性はなく、さらにこの前のウイルスのように簡単に倒せてしまえるようなほど、軟なウイルスだらけでもない。と、あのピクルスは言った。


「ちょ、あの。ちょっと、ちょっと待つパピ。凛子、一旦語るのをやめるパピ」


ただ、あのカルピスが言うには、私は街を適当に練り歩きウイルスを見つけ出し、マジカル☆ステッキを使って魔法少女となりそのウイルスを倒していく。そして、多くの経験を積みながら技や魔法を身につけていけ。とのことだった。RPGゲームみたいパピね。とよくわからないことをあの生物は言っていたが、冷静に考えて女子高生が学校をサボって街を練り歩くというのは、いくらなんでもこの作品が魔法少女物だからと言って、そんなことをしても許されるわけでもなく、何より今後の私の学歴に響いてしまうため、素直に学校に登校をしようと私は思っていた。


「ちょいちょいちょいちょい!!ストップ!!はい。はい、一旦ストップパピ!まず、僕の名前は"パピロウ"パピ。漬物でも、身体にピースでもないパピ。あと"作品"とかそういうこと言うのやめるパピ」

「あっ…パピロウさん。まだいたんですか…?」


相変わらず自分の身体よりも小さい羽をパタパタとさせながら、パピロウはふわふわと宙に浮いていた。


「さっきからずっといたパピよ…。僕は凛子を魔法少女にさせた以上、凛子のそばを離れることは魔法界から禁じられてるパピよ…」

「へぇ、魔法界にもそういう規則みたいなのあるんだ」

「もちろんパピ。それがなかったら今頃僕は魔法界に戻されてるパピ」


"魔法界の規則"、そのセリフをパピロウの口から聞いた瞬間に、私はふとある事を思い出した。


「あの、パピロウさん。気になってたことがあるんですけど…」

「何パピか。なんでもこのパピロウに聞くパピよ」

「その…ずっと、気になってたんですけど…」


私が小学生の頃によく見ていた漫画やアニメの話にも、もちろん"魔法少女"と呼ばれる存在はいくつか出てきたし、彼女らが主人公の話だって何度も読んできた。

それらの作品たちにはすべて共通している"アレ"があるはずなのだ。もし、この魔法少女にもそういう"アレ"があるとしたのならば、私はそれを背負いながら魔法少女をしていかなければならない。


「魔法少女にも…"制約"はあるんでしょうか…?」


そう、"魔法少女における制約"だ。例えば"魔法少女であることを人間に知られてはいけない"だとか、"魔法が使えることを人間に知られてはいけない"とか"ペンダントが黒く濁ると魔女になってしまう"とか。そういうのだ。


「…あるパピよ」


普段のパピロウとは思えないほど低い声で、パピロウは下を向きながら私に言った。自分で聞いておきながらいざ、パピロウから本当に制約はあると言われてしまうと、私もどうしていいかわからずについたじろいでしまった。


「やっぱりあるんですね…」

「ごめんパピ。あの時目の前にウイルスが現れたから、その説明をする間もなく凛子を魔法少女にしてしまったパピ…」


続けてパピロウは、ゆっくりと宙から地面に降りて私に向けて言う。


「凛子が借りている"クラミディア"の魔法の力は、あまりにも強大すぎる力パピ。その力を制御できる"うつわ"が必要になるパピよ。そんな強大な力を普通の女子高生の凛子の身体に与えたら、間違いなく凛子の身体は耐えきれずに破裂して死んでしまうパピ」

「すごい恐ろしいことをさらっと言うんですね……破裂って…」


パピロウが言うには、魔法界の人間と私たちの世界の人間は、姿や形は一緒のようだが、魔法を体内に収めることができる"うつわ"と呼ばれる物の大きさが私たちとは違うようだった。


「そしてその魔法を収める器…魔法界では"魔法瓶まほうびん"と呼んでいるパピ」

「え、いや、それってお湯を保温できる奴じゃ!?」


とにかくその"魔法瓶"とやらの大きさが私のでは小さすぎるため、ある程度"制約"を付けて"クラミディア"の力を借り、魔法少女の姿になっているとのことだった。それでも普段の倍以上の身体能力を引き出せるようになるというのだから、最大限の力となれば想像を絶するものであろう。


「それで…その制約っていうのはなんなんでしょうか…」

「もちろん教えるパピ。その制約は…」


パピロウが口を開こうとした瞬間だった。


「きゃあああ!!!」


突然、窓の外から大きな叫び声が聞こえた。

慌てて私はベッドから飛び起き、パピロウと共に窓を開けてベランダから外の様子を確かめた。


「ちょ、え、何パピか。今からめっちゃ大事なことを説明するところだったパピよ」

「そんなことより見て!ウイルスだわ!!あと…あれは…奏海さん!?」


どうやら先程の大きな叫び声は、同じクラスで私の友だちでもある美斗 奏海みと かなみの声だった。そして、奏海のそばにはウイルスの姿があった。

それよりもこの美斗 奏海という人物が誰かわからないという人も大勢いるかも知れないが、今この状況で彼女について説明をしている時間もないので、詳しくは1話の”黒い棒の噂”あたりのところを見てほしい。


「凛子、気をつけるパピ。今回のウイルスはこの前より手強い奴かもしれないパピ」

「わかったわ…変身するのは気が乗らないけれど…奏海を助けるためだもの…」


私が変身を躊躇うのには理由が2つほどあった。

一つは約85秒ほどの長い変身シーンがあるということと、そして、もう一つは昨日パピロウから初めての変身だったため、初回は言わなくていいパピとよくわからないことを言われたが、どうやらを言わなくては変身ができないということだ。これも、魔法少女における大事なことの一つパピと魔法少女になった後になってから聞かされたのだった。


「うぅ…どうしてこんなセリフを…み、ミラクル!マジカル!バラシクロピル!」


そう唱えた瞬間に、私の手元にどこからともなくマジカル☆ステッキが現れた。そして、私が手にした瞬間に、それはキュウウウン!と大きな音を鳴らし始める。やがて、マジカル☆ステッキは強い光りを灯しながら、一瞬にして私の身体を光に包み込んだのだ。


「まぶ、まぶしっ!やっぱ眩しい!今度からサングラスしていいですか!?」

「凛子よ。その必要はないパピ。4話くらいから慣れるパピよ」


眩しい光に私の全身が包まれたかと思うと、私が着ていたダボダボの寝間着は、光となって消え去り、約4秒くらい真っ裸にさせられ、キュピンッという軽い効果音を鳴らしながら、私の寝癖まみれの髪の毛を長く伸ばし、さらに黒色から淡いピンク色に髪色を変えた。


「やっぱりすごい…シャワー浴びてないのに…髪の毛サラサラしてる…」


日本の女性は美しいパピ。と、パピロウは、不思議そうに髪の毛を触る私を見ながら、またよくわからないことを口にしていた。

そして、どこからともなく現れたピンク色と白色を基調としたフリフリの服とスカートは私の肌を包んだのだった。

またも約85秒ほどの長い変身シーンの後、気がつけば私はキュピピーン!というどこからか流れた音と共に、自分がイメージする一番かっこいいキメポーズを取っていた。


「…やっぱりあの掛け声必要なの?」

「大事パピ。あれがないと変身できないパピよ」


"クラミディア"の力によって圧倒的な身体能力を得た私の身体は、2階建てのベランダから思い切りジャンプをして地面に着地しても、1ポイントもダメージが入らなかった。

そうこうしている間にウイルスは、あまりのおぞましいビジュアルに驚き気を失った奏海の身体に、謎の白色の液体をぶちまけていた。


「…くさっ!何あの白い液体!!すごい臭い!!あのパピロウさん、私ずっと思ってたんですけど、あのウイルスってチ…」

「凛子!まずいパピ!あの液体をかけられたらウイルスの症状が悪化するパピ!このままじゃ凛子の友だちは性行為セックスができなくなってしまうパピ!」


いやでもそれって治療薬とか飲めば済む話ではないだろうかなどと思ったが、それを言ってしまっては今私がこうやってフリフリの服装で日本刀を持っていること自体を全否定してしまいそうだったため、パピロウのセリフを無視することにした。

私は軽く前にジャンプをすると勢いよく飛ぶことができたため、マジカル☆ステッキを鞘から勢い良く抜いてウイルスへと振りかざし、ウイルスの左についていた丸みを帯びた物体を切り裂いた。


――ウガァァ…


私の感覚では間違いなくあの左の玉を潰した気がしたのだが、ウイルスには全く効果がなかったようで、むしろ再び丸みを帯びた物体はシュワシュワと言いながら再生をし始めていた。


「ウソでしょ…マジカル☆ステッキの力が効かないって言うの!?」

「やっぱり強敵パピよ…」


もう一度ウイルスに勢い良く近づいた私は、斜めからマジカル☆ステッキを振りかざし切り裂こうとした。

しかし、その攻撃は丸みを帯びた物体に受け止められ、真正面からウイルスによる白い液体を勢いよくかけられてしまったのだ。


「きゃあああ!…いや、くっさ!!くさい!!なんなのあの液体!?最悪!!女子高生にあんなのかけるなんて絶対許さないわ…あのチン…」

「コのままではまずいパピ!凛子、こうなったら必殺技を使うパピよ!」

「必殺技!?必殺技ってあの?」


私はウイルスとの戦闘中であったが、突然"必殺技"という言葉を言われ、少し興奮してしまった。そう、小学生の頃に私が見ていた漫画やアニメにも、悪い敵を倒す時は必ずお決まりの必殺技で倒していて私はその必殺技に強く憧れを抱いていたのだ。子どもながらにして、あの必殺技を使って倒すというありきたりな展開に夢中になっていたあの頃の私は今、必殺技を使って悪を倒す立場になっているのだと思うと、とても心が跳ね踊った。


「…わ、わかったわ。どうやって使えばいいの?」

「必殺技を使うのは簡単パピ。一度しか言わないからよく聞くパピ。まず、マジカル☆ステッキを鞘に納め、ウイルスの方に向けるパピ」

「こ、こうかしら…?」


私はパピロウの言うとおり、一度鞘にマジカル☆ステッキを納め、そのままウイルスの方へとまっすぐに向けた。


「そして、こう呪文を唱えるパピ。テクマラマザコン…テクマ…」

――バシュゥウウウウウウン!!!!!!


パピロウが何かを言い終える前に私は、攻撃を再び仕掛けようとしていたウイルスに向かって、マジカル☆ステッキから光を飛ばし、ウイルスを撃ち抜いていた。


「いやいやいやいやいや!!凛子さん!!あの、ちょ、ちょっと困るパピ!!そういう様式美をちゃんと守ってもらわないとほんと困るパピ!!!」

「やったわ!!ウイルスを倒したわ!!…奏海!大丈夫!?奏海…!」


私は急いで変身を解き、魔法少女の姿から寝間着姿で裸足のボサボサの髪型へと戻った。白い液体をかけられ気を失ったままの奏海の元へと駆け寄り、身体を軽く揺する。その時の奏海の身体は、少しばかり軽く感じられた。


「うぅん…り、凛子…?」

「よかった…。奏海…大丈夫?」


幸い奏海の身体には異常はなく、ウイルスの症状もまだ軽度の状態だとパピロウは私に言った。

その後、ウイルスに怯える奏海を家まで送り届け、少し奏海の看病をした後、裸足だった私は奏海からスリッパを借り、寝間着姿のまま家へと変える羽目になった。

そんな帰りの最中に、パピロウはパタパタと小さい羽を羽ばたかせながら私に話しかける。


「今後も、あの必殺技を使う機会が必ず増えてくるパピ。凛子、油断は禁物パピ」

「というかパピロウさん、私思ったんですけどそもそも魔法界の人たちがこの世界に来てウイルス退治したらよくないですか?」

「それは無理パピ。魔法界の人間は、この世界には行けないようになっているパピ。僕は特別に許可をもらって、この世界に来ているパピよ」


まぁ、そうじゃないとこの物語が魔法少女物からただの現代ファンタジーになるパピと、相変わらずよくわからないことを言うので、いつものように私は聞き流した。


「それよりも…さっきの話の続きなんですけど、魔法少女における制約って何なんですか?」

「忘れてたパピ。魔法少女における制約…それは…」


そう言うとパピロウは、深く息を吸い込み、フゥー…と、ゆっくり息を吐いた。私とパピロウの空気はまたも静寂に包まれ、奏海から借りた私のスリッパがコツッ…コツッとただ音を鳴らしているだけだった。


数100メートル私が歩いたところで、パピロウは真剣な表情をして、ゆっくりとその重い口を開きながら私に向かって言い放った。


「それは…、性病せいびょうになるパピ」


拝啓、親愛なる両親へ。

魔法少女なんだが、どうやら性病にかかったらしい。

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