涼宮ハルヒの夢買物

結崎ミリ

涼宮ハルヒの夢買物

 世間でいうゴールデンウィークってのは五月三日から五月五日までの三連休を指すのだろうが、場合によっては四月二十九日の昭和の日から休みに入ることもあり、今年は休みを欲する俺の意識がどこかもわからない大明神にでも届いたのだろう、見事大型連休の名に相応しい七連休を勝ち取り、こうして家で適当にソファにもたれ掛かってダラダラしながら別に見たくもない野球中継を眺めているわけだ。

 この期間、うちでは親戚のとこに顔出して何の目的もないまま適当に過ごすのが例年行事となっているのだが、今年は全期間を消化することもなく、一日二日ほどの余暇を持て余しているというわけだ。

 去年のゴールデンウィークというと俺はまだハルヒとほとんど話をしていなかったし、髪型が毎日変わるとか全部の部活に入ってるとかそういう噂を聞いていたくらいで、俺の日常生活はそれはもう平穏そのものであった。今となってはSOS団なんつー奇人変人が巣食う集団の一員に数えられちまってるのだから、時間というのは末恐ろしい。

 そんなことを考えながら、そういえば高校に進学してからもう一年経つのかとケータイに表示された日付を見ていると、絶妙のタイミングで着信音が鳴った。


 表示されている電話主は涼宮ハルヒに相違ない。

 スリーコールの間を持たせて、通話ボタンを押した。


「どうした」


「あんたが今日暇ってことはわかってるの」


「おい待て、それはどこの情報だ。とうとうスパイでも雇い始めたのか」


「そんなのどうだっていいじゃない!大人しく駅前に十時ジャストに集合すること、いいわねっ」


 そう言ったきり電話は切れちまいやがった。


 まあいいさ。ハルヒの言う通り、今日は確かに何も予定がない。それにだ、今の会話からしてハルヒ一人だけが待ち構えているということはなさそうである。つまるところこれまでのハルヒの行動から導き出される最も可能性の高い正答は、『SOS団全員でどこかに行くこと』であり、そこには癒しの女神マイスウィートエンジェル朝比奈さんが降臨されることに他ならない。大型連休だってのにこれといった思い出もない身としては是非ともない予定変更である。 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「遅い!他のみんなはあたしが来るより先に到着していたっていうのに、あんたはあたしを十五分も待たせるなんて全然成ってないわよ!団員としてのやる気が足りないわ。今日もあんたの奢りね」


 集合時間の十五分早くに着いてもまだ十五分の遅刻だというハルヒのよく解らない判決によって、めでたく今日の奢りも俺に決まったらしい。

 全く、なんでいつもこうなるんだろうなあほんとによお。


「その事象については二つの仮説が考えられます」


 スマイル百円みたいな笑顔でこういうことを言うのは古泉に決まってる。


「一つは涼宮さんが望んだからこそ起こっている可能性。もう一つはあなた自身が遅れてもいい、皆さんのお代は自分が払ってもいいとどこかでそう考えているという可能性です。前者ならあなたがいくら早く着こうと、それより前に僕らは必ず揃うことになるでしょう。

 例え意図していなくても何らかの偶然が重なり合い、必ずね。後者の場合、例えば僕はともかく朝比奈さんや長門さんが支払う可能性を危惧して、それなら自分が払う方がマシだとあなたはそう考えているのではないでしょうか。女性に支払いを望むのはあまり気持ちの良いものではないですからね」


 ちょっと待て、それが正しいってなら俺は最初から全員分奢ることが確定してることになるじゃないか。


「あくまで僕の予想です」と古泉は人差し指をピンと伸ばしてイケメンだからこそ許されるようなウインクをしてきやがった。ええい気持ち悪い。


 早くも気分がデッドゾーンに突入しそうな俺に、「キョンくんおはよう」と手を振り優しく微笑みかけてくれるのはSOS団の唯一の良心、朝比奈さんだ。

 可愛らしい花柄の帽子に栗色の髪がマッチしており俺の気分をツーランク上昇させる。このままデートに行ければ更にフォーランクくらい上がるのだが。


「おはようございます朝比奈さん。今日も早いですね」


「あたしは涼宮さんより少し前に着いたから。あ、長門さんや古泉くんはもっと前から来ていたみたい」


 あの二人なら確かに集合時間一時間前くらいには着いていそうである。特に長門はそうだな、文芸部室に集まる時みたいに誰よりも早く最初からずっとそこにいるような顔して立っていても一つも驚きはしない。

 数年前からそこにいたブリキ人形のように立ち尽くしていた長門は、自分に電池が入っていることを思い出したかのような動作で首をかくんと上下した。挨拶のつもりだろうか。


「それで、今日はどこに行くんだ?」


 俺は白のワンピースに身を包んだハルヒに声をかける。


「そうね、みんな揃ったし今日の目的を発表するわ!」


 ハルヒはもったいつけるようにゆっくり回転しながら右腕をあげて行き、標的を見つけると人差し指をピンと伸ばし勢い良くこう言った。


「家電量販店に行くわよ!」


 ハルヒの話をまとめると、文芸部室に置かれたポットが数日前から調子が悪いらしく使えないことはないのだが、湯が沸くまでに少し時間がかかってしまうとのことで、アツアツのお茶を一気飲みする作法をSOS団設立当初から断じて変える気のないハルヒには次のお茶が注がれるまでのロスタイムがそれはそれは苦痛らしく、それならいっそ最新家電を買っちまおうってことらしい。

 というわけで、今俺らは最近のポットを探しているはずなのだが、開始五分でハルヒは飽きたのか別のものを見に行き、古泉は最近のスマホが見たいとかで別行動をすることになり、長門はとうの昔に姿を消しており、当初の目的を全うしてポットを見て回っているのは我がSOS団の優秀なメイド朝比奈さんと荷物持ちが確定している俺だけである。

 お茶汲みメイドとして譲れないものがあるのか、朝比奈さんはいつになく真剣な表情で『カルキ抜き素早さナンバーワン』とか『空焚き防止』とか『再沸騰機能抜群!』などを売り文句にしているであろうものを次々と品定めしていく。


「朝比奈さん、こっちにある電機ケトルってのはなんですか?」


「それはポットとは違って保温ができないの。その代わり、短い時間で沸かすことができるのと本体価格が凄く安いのが特徴。えっと、ポットはいつでも熱いお湯を出せるけど、沸かすまでに時間がかかるのと、本体価格が高額になっちゃうの。どちらも一長一短です」


 いやはや、お茶が関わることになるとさすがに詳しい。もしかしたら一般常識の部類なのかもしれないが、朝比奈さんが先生のように話をすることは大変珍しいことなので素直に驚くべき事態だろう。希少価値がある。


「えへへ、ありがとう」


 照れたように微笑む朝比奈さんは非常に可愛らしい。なんだかこうしていると家を新築した夫婦が肩を並べて新生活への投資をしているようではないか。

 いいね、実にいい。

 このまま冷蔵庫や洗濯機も買い揃えてみようかと思っていたところに邪魔者から電話がかかってきた。

 表示画面は涼宮ハルヒと記載されている。

 俺は一秒でも長い間朝比奈さんとの時間を粘ってみようかとも考えたが、心なしかいつもよりやかましく聞こえる着信音に敗北を期して、フォーコールで通話ボタンを押した。


「あ、キョン!こっちにちょっと面白いものがあるのよ。あんたも来なさい」


 それだけ言って電話は切れた。

 俺は行くとは言っていないしポッド選びは朝比奈さん一人に任せていいのかとか、第一お前がどこにいるのかも聞いていないのだが。


「キョンくん、涼宮さんのところに行ってあげてください。あたしはもう少し選ぶのに時間がかかりそうだから」


「わかりました。また何かあったら連絡してください」


 

 数分後、ハルヒは簡単に見つかった。

 最新ゲーム機を体験できるという場所で頭に視界まで覆うヘルメットみたいなものを被り、どうやらそれがゲームコントローラーのようで、周りが見えていないのか腕をバタバタ動かしたりジャンプしたり、かと思ったら屈んだりよくわからない動きをしている。

 そこそこ異常な光景だったのでなるべく関わりたくなかったのだが、かと言って声をかけないわけにもいかない。


「おいハルヒ、なにしてんだお前」


 その場で止まり俺の声がするらしき方向へ向き直ったハルヒは、その場で思い切り手を振った。その方向に俺はいないんだが。


「キョン遅いじゃないの!ね、これめちゃめちゃ面白いのよっ」


 声だけでかなり楽しそうなのが解るくらいに上機嫌なハルヒだったが、さて、こいつの好奇心をここまで吸い付けるゲームとはどんなものだろうと俺は少し興味があった。


「せっかくタダなんだし、あんたもやってみなさいっ」


 ハルヒは被っていたヘルメットを取り、俺を見つけるとそのまま俺の頭に被せてきた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それから俺はひとしきり遊んで、まあハルヒが絶賛するのも納得できるクオリティに驚愕したわけだが、最新ゲームというのはほんとに素晴らしい。

 視界の三百六十度全てがゲームの世界に入り込めるとは思いもしなかった。噂には聞いていたのだが実際にやってみるのとは大違いである。

 だがその代償というべきか、まあなんというか、ハルヒにあそこまで笑われるとは思いもしなかった。飛んだり跳ねたり色んなことをしたから、それを傍から見ていた立場としてはさぞ奇怪な行動だったかもしれないが、まあなんというかだな、お前も似たようなもんだったぞ。


「そんなわけないでしょ! あんたのは猿が踊り出したかと思ったくらい変だったんだから。まあ面白かったからいいけど」


 俺はそんなヘンテコな醜態を晒していたのか。朝比奈さんや谷口に見られなかったことを喜ぶべきだろうか。いや、まずハルヒに見られたこともかなりまずいような気がしないでもないのだが。


「別にみくるちゃんや有希や古泉くんには言わないわよ。それよりほら」


 ハルヒは自分のケータイ画面を俺に向けて、

「結構遊んじゃったし、みんなと合流しましょ」と決めつけた。

 特に集合時間は決めていなかったように思うのだが。というかハルヒ、最初にいなくなったのはお前の方であり、団長不在の為、各自自由行動が確定したことでまあ古泉や長門もその後いなくなったが、俺と朝比奈さんは真面目にポット選びをしていたんだぞ。


「あ、そうなんだ。ならみくるちゃんのとこに戻りましょ。有希と古泉くんにもそう連絡しておくから」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その後、団長様による招集命令を下された団員以下は俺とハルヒが到着する頃には目的地に全員揃っており、色々あったが無事目的の物を購入したわけだ。


 なんというか、団長含む団員の中で唯一熱心に目的を遂行すべく労していたのは朝比奈さんただ一人であり、ハルヒに至っては遊んでいた(俺も人のことは言えないが)、のだから団員全員が朝比奈さんの健気さを是非とも見習うべきだろう。特にハルヒ、お前は健気という言葉を全くもって知らないだろうからな。


「ふんだ。そういうのはね、しかるべき場所でしかるべき時に発揮すればいいのよ。うちではみくるちゃんがその役割を全うしてくれているんだから他のみんなまでやるべきではないわ、取っちゃいけないの。そうやって他の人の足りない部分を補い合って社会ってのはできてるのよ、わかる?」


「お前が言うと全く説得力がないのは何故だろうな。そういうのは古泉にでも言わせてやれ」


 ちなみに古泉、朝比奈さん、長門の三人はもういない。

本来なら俺も帰っているところだが、購入したポットを部室に持っていくといういかにも雑用係がやりそうな仕事をハルヒに命ぜられちまったからな。

部室の鍵を予め持ってきている辺り用意周到といったところか。もしや休日に学校に忍び込むことになるとは思いもしなかったぜ。

 で、何故ここにハルヒまでいるかというと、部室で使うポット候補を朝比奈さんが絞り切れたのは三つまでであり、その中からどうしても一つに絞ることが出来ずにいたところを「全部買えばいいじゃない」というハルヒの予算もへったくれも全て無視した発言によりめでたく三台全て購入することになったのだが、困ったことに俺一人ではどうしても持つことができず、「ああ、なら団長であるあたしも付いてったげる」と珍しくハルヒが名乗り出た結果である。

 ハルヒが自分からメリットの少ない労働を買って出ることがかつてあっただろうか、天変地異の前触れかもしれない。


「べつに。あんた一人で運べないならもう一人行くしかないんだし、古泉くんはなんかバイト?とかで忙しいみたいだったし、荷物持ちなんて華奢な有希やみくるちゃんに任せるわけにもいかないからね」


 長門なら三台全部一人で運びそうだが、まあそれは言わないでおこう。こいつが自分から率先して荷物運びなんつー面倒なことをしようってんだ、それ以上の理由は聞かなくてもいいような気がした。


「そうだ、これ使えるか試さないといけないから、お茶入れたげるわよ。みくるちゃんはいないし、あんた下手そうだから」


「下手で悪かったな。それよりいいのか、休日にそんな長い時間部室にいて」


「いいのよ。どうせ忍び込むなら罪状は変わんないんだし、変わんないなら少しでも有効活用するのがお得ってもんよっ」


「そうかい」


 もう少し何か言ってやってもいいような気がしたが、何故だろう、こいつのお茶が飲めるなら、それも良いような気がした。


 まあ、こういうのもたまには悪くないか。

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