第2話 肉の欲による、甘言を呈すもの

からす。

烏。

またカラスだ。


カーカーと、朝から鳴いている。


「…ったく、なんで朝っぱちから、一羽目がからすなんだよ。」


ここのところ、人間の”げん”を通して実体化する、日本の神様を、…畏れ多くも”使った”術式怪異を追っていた。

そのせいでかなりの寝不足気味だったこちらとしては、烏は神の使いかのものか、目に見えない大きなモノゴトに常にからかわれているのではないかと拗ねてしまいたくなるほどの、烏との付き合いだった。…そういう象徴というか、メッセージとして、烏を使いたがる怪異だったのだ。


はじまりはコンサルティング業を生業にしようと事業を立ち上げたところから。

ジャンル無節操に飛び込んでくる依頼には、時として、そういった類のものを解きほぐす必要のあるものもいくつかあった…というよりは、依頼主が悩んでいること、つまり、その生命の本流を堰止めているものが何かをつきとめることが、命の処方箋を出す…すなわち、問題解決に至るというからくりが、回数をこなすうちに見えてきた、と言ったほうがいいのかもしれない。


「祓い屋なんて家業にするつもりは、毛頭なかったんだぞー…。」


枕元の窓を開けて、存外近くまで寄ってきていた烏に寝不足を叩き起こされた恨み言を投げかけた。


くっ?と首をかしげて、思ったよりも丸い目をくるくるとさせて、烏が転々する。

『カー!』

「お前ら本当はこっちの言葉、わかってるだろ…。」

『ガカー!』

「へいへい」


バサッと飛び立った。


「今回はどっちだ?神使か?怪のものか?

 からす、枯らす、エンブレム。火、炎、ヒタチ。」


ものごと。

物象には必ず、正負の両側面がある。

みえる、きこえる怪異の殆どは、人間の”そういう”能力…つまりESPだとかなんだとか

サイと呼ばれるようなこと、心理、気なんてものが術式の種だったりすることの方が多い。

近年、人間は、延々と無限に神を創造しつづけている。


それゆえ、元来からいる神様たちが窮屈な思いをしており、神と思って違う何かを崇めている人たちとの全面戦争のようなことが起き続けているのだ。


「…結局、こちら側の人間の奥底には、何が残る?…神様。」


古い神様たちは冷静だ。

新しい”なにか”たちが、できたばかりの”なにか”たちが、若気わかげを駆使して世の中を煽動してあおっていることを冷静に見ておいて、世界を動かすためにはほっとけない命たちが危うきに面した時、神使を寄越してこちら側に加勢してくださる。


『地震からこのかた”気”を多く持っている人間が、覚醒したからな…。

 無自覚なのが怖い。

 自分が持ってるものが、霊感かESPか。

 どちらにせよ自覚していない内に”寄ってくる”ことには変わりないからな。』


そう。

”寄ってくる”のだ。

簡単に言えば、気の多い人間は常に目に見えない気の層をまとっている。

その気は、身にとどまりきれずに溢れ出す。

その溢れ出したものを食事するために、良いものも、悪いものも寄ってくるのだ。


光も闇も両方あると知っている人間は、面白いことにすぐに”良いもの”を選り分けることができている印象を受ける。

問題はどちらかに傾倒するものたちだ。

”悪いもの”を異様に”悪い”と決めつけていると、実はそのジレンマに纏わりつかれ、自分では良いほうへ行っているつもりでも、知らずのうちにずぶずぶと悪いほうへ沈み込んで行ってしまう”純正”のものもいる。


「要は、バランス感覚だよなぁ…。」


パラパラと、さめきらぬ頭でこれまでのことを振り返りながら、新しい案件をどう紐解くか手がかりを探して文献をめくっていく。



おそらく、その怪異の名は”ひかり”。


朝っぱちから、挨拶に来てくださった象徴シンボルは烏。

炎の光。

エンブレム、シンボルに炎を使うものは、天の側にも、悪の側にも多い。

判断がつき辛い。


けれど、怪異はうずき、うごめき、左の耳に向かって、甘言かんげんささやくのだ。

「まずいぞ」「このままでは」などと

うそのことを言っては、人をそそのかす。



まるで、かの、ハエの王のように。



…だが、ハエの王であるあの悪魔は、まだ、不文律という物を心得ている。

やりすぎれば、”狩るためのもの”が居なくなることを地獄はご存じだ。



「ひかり、光。…光の名のふりをした、野蛮なほうの光、炎。」


”火”だ。


直感的にそう思った。

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