第3話 もう恋なんてしない。

 俺の名前は山田稼頭央(やまだかずお)。

 ゲーム好きで、彼女が欲しくてたまらない普通の高校二年生だ。

 家を出る前は、ちゃんと鏡の前に立つし、歯も磨く。

 おしゃれかと聞かれれば、そうでも無いが。でも服装チェック雑誌は自室の棚に置いてある。

 しかし、お前オタクだな、と言われる程度にはその手の趣向品にも詳しい。


 なので、このオタク趣味さえ無ければ。クラス内でのヒエラルキーは一軍だったのでは?と思う。

 

 


 この夏。高校二年の夏休みは、クラスメイト達と夏の花火大会へ出かけた。

 

 普段クラスメイトとはつるむ事も無いのだが、参加する女生徒の名前を聞いたら行くしかない。


 コミケと被らなかったのは救いだろう。






――西の空で花火の上がる。その横では大きな月が輝いていた。


 スーパームーン。

 月が地球に近づき、非常に大きく月が見れる。

 7月28日の今日はそんな日だ。

 なにもそんな日に花見大会なんてしなくてもいいのに。




 そんな月と花火を背に、俺は花火会場内を走り回っている。


 膝丈の半パンにジャージ姿だが、そのジャージは良い所のメーカーで、足元には人気のスニーカ。

 ダサく見えそうだが、見る人が見れば唸る着こなしに違いない。


 しかしだ。

 



「っかしいなぁ。みんなどこ行っちまったんだ?」




 そう。空を見上げる人ごみの中、俺は迷子になっていた。


「買いに行くのは良いけど、どうせなら待っててほしかったな。また村主辺りが先に行こうぜとか言ったんだろ……全部食ってやろうか。ったく」


 村主と言うのは何かある毎に俺に敵意を向ける嫌な奴だ。

 さっきも皆が食べ物を俺に頼んで来る中「おい、金はお前が出せ」なんて言うものだから、思わず一歩前に出て威嚇してしまったじゃないか。


 ほんとなんなんだよアイツは。


 ぶつくさ言った所で友達を陰で悪く言うのは最悪だしな。なにより彼女の頼まれ物もここに含まれているわけで。


 その時ふと手に持ったフランクフルトが目に留まる。


「これを彼女が食べるんだよね……どうやって食べるんだろう。先端からカプッ、とかかな?……いや、もしかしてもしかすると横のケチャップを全部舐めとってからパクッか!?そうなのか!?」


 思わず彼女がそれを食べる所を想像してしまう。――エロイ意味で。


 それから数分、探せど皆が見つからない。


 男が6人、女が5人の全員で11名。俺を除けば10人のクラスメイトが居るにも関わらず、誰一人見つからない。


 川縁には屋台が出ており、花火が上がっても人が少なくなる事は無い。

 俺は土手の上まで移動し、下から見下ろす形で皆を探す事にした。



――と、土手に上がる途中で第一クラスメイト発見! 余り喋った事はないが、少し俺よりイケメンの斉藤だ。


「おーい、さい――」


 呼びかかけようと声を掛けたが、俺はそれを止める。


 見れば斉藤は、一緒に来ていた女生徒の一人と手を繋いで花火を見ていたのだ。


 俺が考えるに、今日のこの日が来るまでにお付き合いが始まった。もしくは、さっき告白して付き合いだした。最後は、はぐれた二人もみんなを探していたが、花火が上がり出し、それを見上げていた二人はいつしか距離が縮まり、手が触れ合い、そして……きゃー青春だなおい!俺もあやかりてーよ!


 てなわけで、彼らの事はそっとしといてやろう。


 だが本当に困った。買った食料もだんたん冷めて来ているし……どうしたものか。


 そんな心配をしたが、無用の様だ。


「おーい、まつ――」


 人を数人挟んで、俺より身長の高い松井君が見えた。――だがしかしどうだろう。先程の斉藤と同じ状況ではないですか。


 なんだよお前。


 俺はその二人を微笑ましく数秒見つめた後、松井君が俺に頼んでいた焼きそばを食べながら、再び他の6名を探しに行く事に。


――それから他の6人の内、4人と会えた。


 俺より筋肉質の田中と、俺より成績が少しいい内田。そして其々が別々にクラス女子と腕を組んで歩いている。


 っと、これはどうした物か。――俺は彼らに近づかず。焼きイカと、焼きトウモロコシにも手を付ける事にした。


 少しソースや醤油が口の周りに付いただろうが、気にしている時間もない。



――残り二人。探さないと。



 俺の心に一抹の不安が過る。


「まさかそんな事はないよな……もしそうなら俺を誘う意味がねーもんな。あはは、ないない」


 首をふり、俺は土手を早足で進む。


 土手からもう少し上の神社への階段まで来た頃、花火もフィナーレに近いのか、空が今まで以上に明るく照らされる。

 神社への階段は細く、花火を見るには木が邪魔で上を見るには不向きだ。だがそこから下を見るには絶好の場所になる。


 俺の心は焦りと不安で既に花火処ではなかったが、神社の階段を目指す。


 もし、もし二人が付き合ってないとしても。この時間。花火の上がる夜のこの瞬間に、そんな想いを二人が通じ合わせ、そんなこんなになってしまう可能性だってある。

 急がないと。

 急いで二人を見つけないと。


 更に花火が破裂し、神社への階段が木の影を階段に写し、明るく照らされた。


 誰も居ないはずのその階段。


 花火を見るには不向きな階段。


 見下ろし、人を探すには最適な階段。


――だが、人目を避けるにはもってこいの場所。





…………――ドサッ。





 手に持っていた、最後に残されたフランクフルトが地面に転がる。



「――なんだよそれ……」



 残った二人。


 クラスでも一軍で、成績も優秀、スポーツ万能陸上国体選手、身長は俺の方が少し高い。だが性格が少しよろしくない村主。

 クラスのアイドル、いや、全校生のアイドル。そして俺の恋い焦がれたクラスメイトの今中さん。


 その二人が、涎を垂らしながらお互いを貪り喰う様に階段の上でキスをしていた。




 肩から背中、背中から腰、腰から膝。

 順に力が抜けて行く。


 でもこんな場所で無様に膝を折る訳にはいかない。


「離れないと」


 この場から離れた所で何か変わる事もないだろう。でもそれでも、一刻も早くこの場から早く離れたかった。

 そうでないと、目から溢れそうな水が、勢い良く流れだしそうで苦しいのだ。


 だがそんな俺が近くに居るとも知らず、貪り終えた二人は階段を下りてくる。



 咄嗟に草むらに転がり込んだ所で二人の会話が聞こえた。



「ねぇ、少しお腹すいちゃった」


「じゃ冷めてると不味いから、戻ってデブ山田にもう一度なんか買ってこさせようか」


「うん、でもあのデブが触ったのなんて食べたくない。かな」


「そか。んじゃパシリで呼んだだけだし、二人で何か買いにいこう」


「うん」


『+*#&%#!#$%$&’’(R%& !!!』


――そして俺は二度と人を好きになる事をやめた。











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