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バーチャルから目覚めた途端に、涙が溢れだした。色んな考えがぐちゃぐちゃに絡まっている。ゲームをやり続けることは負担が重過ぎる。
「トウヤ、」
バカみたいだ、と思った。バーチャルの世界で出会った誰かに恋をして、うじうじと思い悩んで。こんな事なら、ゲームなんか辞めてしまおう。トウヤに想いを打ち明けて、拒絶されたら、いっそすっきりと辞められる。全部話して、もし、トウヤがOKだったら、リアルで逢えばいいんだ。
雲が晴れるように、高ぶっていた気持ちは落ち着きを取戻し始めた。迷いが消えた。
もう、ゲームは止めよう。この部屋へ来ることも。
独り勝手に決めた晶は、誰も居ない知人の部屋を見回した。思えば、こんな風にじっくりとこの部屋を眺めたこともなかった。整頓された室内は余計な家具もなく、どこか殺風景に感じた。生活感が無いこの部屋で、智之は何を思いながら暮らしているのだろう。考えがよぎった瞬間に、殺風景は寂しさに切り替わった。
バーチャル用のリクライニングから腰を上げて、晶はいつものように玄関先へと向かう。最近は智之の帰りまでゲーム世界にINしている事は少なくなった。無意識のうちに避けていた。今日は、何気なく目に留まったメモ帳にメッセージを残す気持ちが浮かんだ。ただの気紛れだった。
『いつもゲーム貸してくれてありがとう。迷惑だし、もうそろそろゲームは卒業するね。あと二三日だけ貸してね、後始末をして返すから。晶』
智之のことを思って残したつもりだった。けれど、本当には智之の気持ちなど理解する気がなかったのかも知れない。寂しい部屋にお暇を告げて、いつもと変わらず晶は自宅へ帰った。
アキラのキャラは残しておいてあげよう。智之がもしINしたとしても、もう自分には関係ないんだから、多少は大目に見てあげよう。あんなに大事にしていたんだし。
智之の、自分への恋心の裏返しだと思うと、消してしまえと要求するのは酷だと思えた。自身もまた、トウヤというプレイヤーに恋をしているから、とても同情的になっていた。
「日が高いなー、まだ夕方だ。」
玄関を出ると、夕日はまだ沈みきってはいなかった。赤く燃える空は綺麗な色だ。夕飯時だというのに、アパートの周辺は静まり返っている。この廊下にも、晶の他に人影はなかった。他人の家に入り浸っている若い娘というものは、そんなにも奇異だろうか。近所中がひそひそ話に興じていそうな気がした。
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