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「ねぇ、トウヤ。なんか最近、妙にノリが悪くない?」

「き、気のせいだろ。俺はいつも通りだぞ。」

 内心ではギクリとした。櫻井に言われた言葉に引きずられていたらしい。リアルがどうだろうが知ったことじゃない、そう思おうとする毎にますますあの言葉に囚われていく。アキラが櫻井のリアルでの恋人だという告白。おかしな具合で、リアルでは忘れているこの問題はバーチャルでアキラの顔を見た途端にぶり返すようになっていた。

 あんな話をされると、どうにも以前と同じには付き合いにくい。まるで彼氏の留守を狙っているようなもの、それをあの櫻井が疑っているのかも知れないと思うだけで、今度はむかっ腹が立ってくる。あの櫻井だ、あいつに引け目を感じている事自体が、なんとも我慢の出来ない状態だった。

「そっかなー? なぁんかさ、あたしの事避けてると思うんだけど?」

「そりゃそうだろ、あんまり馴れ馴れしくして誤解されんのも困るだろうがよ。」

「何が困るっての?」

 アキラの声に不機嫌が混じった。

「お前、リアルで彼氏が居るんだったら、疑われるような事はしない方がいいぜ。彼氏が心配して偵察に来てんだからさ、絶対、俺らのこと疑ってんだよ。」

 そうだ、それが目的だったのだと今になって冬夜は気付いた。不自然に声を掛けてきた見知らぬプレイヤー。大手のギルドだからと気にも留めなかったが、実際の目的はアキラとの関係を確かめる為だったのだ。今の今まで気付かなかった事がおかしいくらいだ。

 思いがけぬ告白にアキラはきょとんとしていた。言葉の内容を理解するごとに、その表情が段階を経て変化する。


「なんのこと?」

 言った時には眉間に盛大な皺が寄せられた。

「こないだ、お前がINしてこなかった日だ。櫻井って名のキャラと野良で組んだんだよ。で、ソイツがお前の知り合いだって名乗って、そんでお前の彼氏だって自己申告してった。」

「ばっか、そんなの居るわけないじゃん!」

 思いがけぬ反応が続き、冬夜は目を丸くした。アキラは断固とした否定の態度だ。冬夜は声を潜め、窺うようにアキラの顔を見ながら続ける。

「けど、前に言ってたお前のキャラメイクした奴だろ? 中身はなんか納得するような奴だったぞ?」

 一見では嫌味なプレイヤー、櫻井を思い浮かべた。

 最初に見かけた頃、冬夜はアキラというプレイヤーが大嫌いだったのだ。なんとなくいけ好かない空気を滲ませていたし、関わりになりたくないと決めつけていた。今のアキラと変わる前の、以前の中身だった男。冬夜が持つ認識とアキラの認識が同じである謂れはないと気付いて、冬夜は首を傾げた。冬夜は彼が気に喰わないが、アキラは好きで付き合っているという点から違っている。思い当たる節があるのだろう、アキラは視線を外した先の何かに憤りを見せた。

「あいつ……、余計なことばっかしてっ、」

 知り合いは知り合いなのだと、その台詞が証明していた。

「違うんだよ、トウヤ。とも……櫻井ってのは、近所に住んでるただの友達なのっ。ほんっと、彼氏なんかじゃないから! アイツ、とんでもない嘘吐きやがって、どういうつもりなんだろ。」

 櫻井の本名を言いかけて止めたアキラに不審の視線を投げかけて、冬夜は考えを巡らせた。本名、あるいはもっと親しい仲での渾名を言いかけたんじゃないのか、と。醜い嫉妬を自覚して、打ち消した。

「まっ、なんでもいいけどな。」

 つい仕草に出てしまう。草を蹴り千切って、冬夜はくるりとアキラに背を向けた。

「けどよ、ありもしない疑い掛けられんのは気に喰わねぇだろ。だから気を付けようぜ、お互い。」

 アキラがなぜ、むくれた顔をしているのかまでは考えずに言った。


 バーチャルリアリティ技術で夢物語までがリアルに体験できるようになったのに、相も変わらず人間関係は煩わしいままだ。誰かの夢を具現化した世界で、その人物の思想を嫌と言うほどに解説される事はあっても、目の前に居る者同士のコミュニケーションは中世の頃と変わり映えがないように感じられる。

 何かを言いたげなアキラの様子には気付いていても、平然とそれを聞きだせるほどにメンタルは変化していない。相変わらずナイーブで臆病だ。相手の心を測る術などない。バーチャルで個人的思想を押し付けられる機会が増えた分だけ、人は人を信用しなくなったのかも知れない。ゲームの言葉にさえ、プロパガンダの影を疑った。


 リアルとは違う理想の自分をバーチャルの世界では生きられるような気がしていたが、実際は違うのかも知れない。二つの世界に生きる自身は結局は一つで、どちらも変えようがないのかも知れない。不器用な自身は不器用なまま、新しい地平でも不器用さを引きずっている。

「トウヤ、」

 深刻なアキラの声が聞こえた。振り返るだけの仕草が、怖くなった。なけなしの勇気を掻き集めてみれば、アキラはまっすぐに冬夜を見つめ続けていた。

「信じてよ、」

 ナイーブな心に傷がついた。潤んだ黒い瞳は冬夜に罪悪感を植え付けた。傷付けてしまった。

「あたしは、トウヤが好きなの、」

 俯いて見えないアキラの口元から声が零れた。


 どちらに受け取ればいいのか解からなかった。

 恋愛的な意味で?

 友達的な意味で?

 考えあぐねているうちに、アキラはログアウトした。


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