38 せいぎのりくつとサプライズ
いつの間にか、理不尽の側に立っていた。
正義で居たい、その望みは今、ひっくり返って攻撃の矛先を自身へと向けている。
強い古参に媚びておこぼれに預かる、卑怯な新人。
「違う! こんなの、あの子たちが間違ってんのよ、わたしはただ仲間を増やしただけだ!」
虚しい叫びが真っ白の空間に響いた。
ログアウトの空間でひとり、頭を冷やそうと思えば思うほど言い知れぬ不愉快な感情に捕らわれる。
怒りは図星を刺されたからだ。気付いていながら気付かないフリをするほど卑怯にはなりたくなかった。
何が正しいのか、どう考えることが正解なのか、誰か教えてほしい。トウヤの他に仲間が出来ただけだ。みんなイイ奴らだ。けど、彼等に引っ付いてコバンザメしている私は、いったい何?
どう考えたらいいのか解からない。
卑怯? ううん、そんなことない、偶然。ただの偶然。
「たまたま強い古参の人らと仲良くなっただけだもん。別にやましい事なんかじゃないもん。」
強気の言葉はどこか弱々しい響きを残した。
この世界のシステムがそうなっているのだ、それは個人の責任ではないはずだ。
嫉妬厨。乙。
かつて見た掲示板での書き込みがフラッシュバックのように脳裏を掠めた。
同じ言い訳に辿り着いた。
温度の無い白い空間で、晶は己の身を掻き抱いた。ぞくりと背中が震えたのは、ただの錯覚だ。きっと。
怒涛の釣り大会は一週間の開催期間を無事消化して終了。惜しくも二人の加入したギルドは二位に終わった。
なぜだかこの結末に救われたような気がした。もし、一位になっていたら……。
「惜しかったなー、」
「まぁまぁ、コインは山ほど手に入ったんだし、良かったじゃん。」
ギルドの古参達は今日も能天気に和気あいあいと過ごしている。イベントは終了しても、コイン換金の期間延長は続いていて、湖は盛況な様子だ。行き会う人々は釣竿を肩に担いでいる者が多かった。
「アキラぁ、オークション覗いてみたか? 例の鎧、さっそく売りに出されてるぜ。」
トウヤがニヤけた笑みを浮かべて近付いてきた。シニカルな表情、彼の、世間まで斜に構えて突き放しているかのような酷薄な態度が、晶は気に入っていた。トウヤのもたらした情報に興味を覚えて、さっそくとカードを開く。プレイヤー間の取引掲示板とは別に、不用品のオークションが行われており、出品枠の最新には優勝賞品である特注の鎧一式が出されていた。
「な? 優勝したのは紅蓮だ。以前も優勝してるからな、同じ品は二つも要らんってことだろうぜ。」
新規加入のギルド員たちは喜んだだろうが。
悪びれる事もなくトウヤは言い放った。非難の色も、羨望も、何も含まない声だ。いずれは手に入る品を彼は羨まない。そうだ、これが、これこそが二人の求めたもの。
"強さ"だ。
全てを嘲笑い、叩き伏せる。自然に、晶も釣られるように嘲笑っていた。
「おーい、トウヤ。なんかお前の知り合いだって子が入会希望だけど、照会いい?」
三角帽子のサブマスが二人を見つけて駆け寄って、そう聞いた。トウヤは訝っていて、晶に意見を求めるような素振りで顔を向けた。何の意見だか知らないが、流れで晶は頷いておいた。
「俺の知り合いって誰だろ。」独りごちて、改めてトウヤはサブマスの方へ向いた。「リアルの友人連中なら事前に話があると思うんすけど、そんな話はなんもないですよ?」
胡散臭げにトウヤは眉を顰め、露骨に警戒を現わしている。サブマスは首を傾げただけだ。ごそごそと取り出したカードをトウヤの前に出して見せた。
「この子。ても、女の子はどうせイジり倒すから、リアルとは似ても似つかないかもよ?」
「うーん。知らないなぁ。」
「断っとこうか? リアルでちゃんと話を通してきてくれって言っといてもイイけど。」
「近くに来てるんですか? 知り合いだったら会えば解かると思います。」
サブマスが頷き、ローブに包まれた小柄な体が消えた。フィールドチェンジだ。
「誰だろ?」
トウヤは珍しく不安げだった。リアルが混入してくる事を嫌っているのだと解釈した。
「トウヤの彼女がサプライズー、とか狙ってんじゃないの?」
「うるせー、そんな気の利いたの居るかっ、」
下らない軽口を交わすひと時が楽しい。トウヤの口ぶりから、フリーであるらしい事が嬉しい。同時に不安も頭をもたげている。本人の了解を事前に取りつけることなしにサプライズを行える気安さは、よほど身近な人物に違いないから。トウヤ自身も身近な人物を想定して不安がっているに違いない。関係が気になった。
再び場へ戻ってきたサブマスは、一人の女性キャラを後ろに控えさせている。晶の中で警鐘が激しく鳴り響いた。人気のアイドルに似せた、完全にいじくった顔立ち。ブランドのコラボ衣装で上から下まで固め、武器は課金の中でも可愛さで人気の高い物だ。およそ戦闘とは無関係に見えるファッションで身を固めている。晶がもっとも苦手とするタイプに違いなさそうだった。
「冬夜ぁ、来ちゃったー。」
わざと鼻にかけた寸足らずな声音はいかにも作り物じみて、晶は逆毛立ちしそうだった。盗み見たトウヤの反応は救いがある、明らかに引いた様子で眉を顰めていた。
「あたしよぉー、解かんない? ケーコ。」
『うげ、』トウヤの顔に書いてあった返事だ。
「なに、トウヤ、知り合いじゃないの?」
「いや、まぁ。」
助け舟のつもりで出した台詞にトウヤは乗っては来なかった。知り合いじゃないと言えば、面倒からは抜け出せるだろうに。それともやはり知り合いなのだろうか。女の関係での友達と、男の関係での友達では範囲が違うのだという事を晶は気付かなかった。
「ちょっとぉ、あなた、誰なの? あたしの冬夜に馴れ馴れしくしないでよね!」
新顔の少女は、晶の肩を突っ撥ねた。
いきなりの展開に面食らう。何の脈絡もなく、文脈も読み取れない。晶が目をしばたたかせた時、トウヤが手を引っ張った。そのままフィールドチェンジ。棄てゼリフが後から耳に届く。
「ちょっと外します、」
女の喚く言葉は聞き取れなかった。
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