39 ぎるどろぐ

 フィールドチェンジの後で、トウヤはさらに念を入れようと言うのか、先ほどの場所から距離を置いた。歩いて移動する間、晶は何も聞かなかった。

「あのさ、同じ学校の女子なんだ。」

 なんとなく気まずくて、胸が嫌な感じに脈打っている。晶は気の利いた台詞を探す間、無言でいる。沈黙をトウヤがどう思ったのか、気になってはいたが聞けなかった。

「友達?」

 努めていつもと同じ調子になるようにして、晶は返事をした。

「いいや、なんも関係ない。」

 トウヤの顔から緊張が抜けた。ほっとしたのか、言葉が洪水のように溢れた。怒ったような口調はきっと、トウヤが内心で途惑いを隠そうとしているからだ。

「アイツ、学校の名物女なんだよ。アスペじゃねーかって噂されてて、とにかく話がまったく通じないんだ。だから、なんでアイツが俺がやってるゲーム知ってんのかとか、さっぱり解かんねーし、気味悪い。」

「誰かがバラさなきゃバレんでしょう。で? その彼女がどうしてトウヤのこと、追いかけてきたのさ?」

 面白がっているような口調に変わった晶を、トウヤは恨めし気に見て返した。

「前の……、」

「ん?」

「前に付き合ってた男と別れた途端に、なんか俺に付きまとってきたんだよっ。て、なんでお前、楽しそうなんだよ!?」

「いやー、なんかドラマみたいとか思って?」

「このヤロ、」

 後はダッシュの追いかけっこになった。


 サブマスのたっくんから秘密の連絡が入ったのは、ちょうどトウヤが晶にタックルを掛けて草原になぎ倒した時だった。草の中で勢いよく転がって、呼び出し音に二人が揃ってガバと飛び起きた。ギルド員だけにしか使えない通信ログが、中空に文字となって浮かんでいる。音声とログ、両方が同時に流れた。

「あ、もしもし! ごめんなさい、俺です、彼女どうなりました?」

『丁寧に説明して、お引き取り頂いたよー。リアルでちゃんと言い聞かせといてねー。ああいう人はお断りだからねー、ウチは。』

 声に棘がある。トウヤは天を仰いで悲痛な表情を作っていた。トラブルを人任せにするつもりはなかったのだろう。だが、ふざけている間に終わってしまった。またサブマスには借りが出来てしまったようだ。

「あっ、たっくんさん、BOXの結果はどうでした? アタリ出ました?」

 咄嗟にトウヤを庇って話題を転じる。功を奏して、サブマスの声がころりと調子を変えた。

『ぜんぜんー! コインあるだけ買ったんだよ!? 2~300個は箱開けたのに、1個も出ないってどゆことー!?』

 現状、掲示板で流れている阿鼻叫喚とほぼ同等の嘆きがギルドログにも流れた。

「うわぁ、今回かなり散財したんじゃないんですか、それ?」

『気がついたら、あれよあれよと言う間に課金してたんだよぉー……』

 コインという制限が付いていなかったら天井知らずに買っていただろうか、それともコインのせいで打ち止めまで買ってしまったものだろうか。泣きが混じるサブマスの通信に、二人して苦笑いを浮かべるしかなかった。

『恐るべし、ウィルスナ! ……二人の結果に期待してるからねー。じゃ。』

 ぶつり。通信が途絶えた。

「あの人なにげに、俺たちにも同じだけ開けろと強要してなかったか?」

「うんうん。そう聞こえたよねー。」

 例の武器に賭ける執念が怖すぎる。


 一方的に切られたギルド・ログはその後、別のギルドメンバーが解放して再開した。

『もしもーし! 誰か居ないー?』

「ちわー、居ますよー、二人。」

「ども。」

 続々と挨拶のログが宙を流れていく。律儀なメンバーがINする度に繰り返される儀式のようなこのやり取りは、煩わしくもあり、心強くもあった。面倒なら挨拶など省いてもいい。挨拶したい奴は挨拶したらいい。応えたければ応えればいい。面倒なら……。ルールはない。代わりに、束縛されない自由があった。

『二人とも順調にレベル上げてるねー。』

 発言者名が小鳥遊由宇だ。ピンクのロリウィッチ。声はなく、文字だけが二人に語りかけた。ステイタス・カードにはギルド員全員のIN状況とレベル、現在地が記載される。由宇は同じ王都に居るはずだが、チャンネルが違うようだ。

『そのうちギルマスから話があると思うけど、次の大きなイベントは一ヶ月後のギルド対抗戦だからねー。それまでに頑張ってレベル上げられるだけ上げといた方がいいよ、なんせ弱肉強食だから、この世界。』

「解かってますって。好きで入ってきた世界ですよ、ぐだぐだ言うつもりはありませんよ、俺たち。」

 見えない相手に大きく頷きながら、晶もトウヤの言葉に賛同した。やはり、トウヤは解かっているのだ。この世界に身を置くようになり、いったい何度PKで殺されたことだろう。記念すべき100回目は同じギルド員のサブマスとフォードに挟み撃ちにされたくらいだ。文句を言われる筋合いは誰にもない。


『とにかく二人はさっさとレベル上げちゃわないとねー。カンストしとけば、後々楽になるよー。』

「俺達ようやく50ですよ、そんなのまだまだ先過ぎて……、」

『このゲームは一年もやってりゃすーぐカンストするよ。問題はー、スキルの方なのよね。武器ごとのスキルでしょー? 武器の熟練度を上げないと、スキルレベルも上がらないように出来てんのよねー。』

 この世界の武器種は10種以上あり、関連したスキルがそれぞれで20種ばかりある。これがキャラの身体能力のパラメータにも関わる為、例えば二人はレオやウィッチと同じようにダッシュしても随分遅れてしまう。ダッシュに関わる武器種のスキルレベルが違えば、速度に跳ね返ってくる。釣りイベントでのトウヤの活躍も、スキルではなくトウヤ自身の自前の腕によるところが大きかった。

『レオさんでも、まだまだパラメータ低いのがあるって唸ってるよ、』

 武器もスキルも、ストーリーイベントのついでに次々と新しいものが追加されている。

『でも、二人とも新人の中では有望だってレオさんが言ってたよー。他のギルドじゃ、効率追っかけすぎてソロじゃダンジョン突破出来ない子も居るそうだからさー。』

 パラメータの割り振りで失敗しているという事だ。トウヤと晶、互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。


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