37
「お疲れ、」
浜を離れてすぐ、トウヤはログアウトした。晶は軽く手を挙げて挨拶し、相棒を見送っただけで自身は残った。瞬間移動スキルを使って急いで街へと戻り、釣り餌の補充の為にNPCの店へ駆け込んだ。ふと、姿見の鏡に映る自身の肢体に目を向けた。美少女が急いで横切ろうとした姿勢で停まっている。
「あのヤローにこの姿を見せるわけに行かないわ、」
くるりと反転して、何事かを決意した顔で鏡の自分に頷いた。
ログアウトしてしまう前に、いつものバケツメイド姿に戻らなければいけないと思った。この姿をキモオタ智之に見せるのは、ちょっと嫌だと思ってしまうのだ。警戒というほどでもないが、嫌だと思う。トウヤやギルドメンバーには平気でも、智之に対しては嫌だと思ってしまうのは、リアルの繋がりだからというだけではなかった。
銀行に向かう晶の耳に、誰かの話し声が飛び込む。会話の内容は聞き捨てならないものだ。
王都は立体的な造りをして台形の建物の上に小さなテラスが広がり、カフェと隣り合って銀行が建っている。階段を登った先の小さな広場の手すりから下を覗くと、台形の建物の横に細い路地が見えた。裏通りはぐるりと建物を回って別の路地へ繋がる。晶が覗いた真下の狭い路地には姿を隠すように、女の子キャラが三人座り込んで駄弁っていた。聞くとはなしに耳に入る声を拾う。
「ズルいよね、このイベントって大手ギルドが絶対有利に出来てるんだもん。」
嘆きの声は着飾ったエルフ少女のもの。衣装は、晶が溜息を吐いて眺めていたコラボブランドのものだ。晶は眉を顰め、そっと手すりに背を預けた。
「釣った魚がギルドごとのカウントでってだけでも私たちは不利なのに、魚の奪い合いも出来ちゃうんでしょ? 強い人たちが沢山居て、分業が出来るだけのギルド規模でないと、釣っても全部盗られちゃうってことじゃん。強い人は魚が釣れないようにしたって、意味ないじゃんねぇ。」
それは確かにその通りかも知れない、晶は相槌で頷いた。相手は気付いていないだろうが。
「魚もコインと同じで盗られないようにしてくれたら、私たちも参加出来たのに……不公平よね。これだけ強盗がはびこってるゲームなんだからさ、少しは配慮してくれてもいいのに。ぜんぜん面白くない、このイベント。そう思わない?」
二人の声は鼻にかかる甘い声音で、いかにも親に甘やかされて世間を知らないというイメージを抱かせる。このゲームはPKが許されているというのに、やはり彼女たちもそこに不満を持っているという気配がした。金を持っているプレイヤーはいつもそうだ、リアルのルールを持ち込んで勝手に批判する。モラルだ何だと、強盗が許される世界に好きで入ってきているくせに。
また別の少女の声が加わった。
「強いプレイヤーに守ってもらえる、大手所属の新人だけがチヤホヤされるイベントなのよ。」
強い非難の口調は、なぜだか晶に焦りを覚えさせた。ドキリと胸が鼓動を打ち付ける。この場から逃げ出せと、意識の底のほうがシグナルを発している気がした。何か嫌な言葉を聞かされる予感。
三人目の少女を見る勇気は、晶にはなかった。その場から逃げ出す決意も。
どこか晶に似た口調をした声は、他の二人を押さえてその場の主導権を持ったようだ。二人は黙っている。少しばかり、彼女の優位を示すような沈黙が過ぎた後に彼女は喋りだした。
「他のゲームだって同じよ。どこも、長くやってる古参のプレイヤーには敵わないし、逆立ちしたって勝てないようになってる。古参の顔色見ないで済ませようと思ったら独立してなきゃしょうがないし、そうなったらこういうイベントは不利になるのを我慢しなきゃいけない。どこも一緒。私たちみたいに新人だけでやって行こうっていうギルドは弱小だから参加出来ないの。強いギルドにすり寄ってく要領のいい人たちばっかりが得になるように出来てるんだもん、もう解かってたはずでしょ?」
ゲームだけの事を言っているようには聞こえなかった。彼女は、リアルへの不満も一緒に吐きだしているに違いない。自分とまったく同じ不満を。動悸が早くなった。逃げ出したい足は落ち着きを失くした。
他の声が彼女の不満を宥めるように柔らかく投げかけられた。
「まぁまぁ、勝敗が決まりかけになった週の終わりくらいからは釣り場も空いてくるよ。大手は飽きちゃってるだろうし。そしたら、あたし達みたいな弱小が釣ってても、横取りするような暇人も居なくなるって。」
それは気休め、論旨のすり替えだ! 晶は耳を塞ぎたい衝動を抑える。鈍感な二人の少女は、言葉の意味を理解せずに表面だけに頷いた。
「運営がもう少し公平に作ってくれたらいいのに。大金を課金する人たちと、古くからやってる古参ばっかり贔屓してさ。」
「イベント始まってまだ初日じゃん、大丈夫だよ。」
晶の分身が噛み付いた。
「大丈夫とか、そんなんで言ってんじゃないよっ。悔しいのっ。なんでこんな不公平なの? イベントで皆ワイワイ言って楽しそうなのに、どうしてあたし達は指銜えて見てるだけなの? 参加も出来ないの? ……真面目にコツコツやっても駄目なんだって言われてるみたいで、ほんと、ヘコむ。」
「だって……、」
「弱いんだから仕方ないじゃん、悔しいけど弱いんだもん、あたし達っ。」
吐き出されるような苦痛の声が、なぜだか胸に突き刺さってくるような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます