29 ぎょるいもぎょりゅうも

 人間社会は科学技術ほど簡単には進歩しない。100年前も100年後も変わり映えしないだろう。差別があり、格差があり、貧困者と富める者とに分かれて段階的な綺麗なピラミッドを形成する。公平で居たいなどという大勢の夢は一握りの者には不都合だから実現しはしない。


 冬夜がゲームにINした時、アキラの方でもINしたところだったようだ。珍しく。最近は冬夜より多少遅れて入ってくる事が多かったのだが、理由を聞く道理も言い訳も思い付かない。二人は揃っていつもの待ち合わせ場所で顔を見せ合った。今日は、待ちに待ったイベント開催日だ。

「トウヤ、レオさんからのメール読んだ?」

「読んだ。準備の確認メールまでとか、すごい気合い入ってるよな。」

 いつものツナギとアーチェリーではなく、冬夜は珍しく弓を携帯していた。一番安い武器だ。そして、海パン一丁の出で立ちだ。アキラも同じく店売り武器ではもっとも安いナイフを装備して、こちらは水着を着ていた。

「……にしても、アキラ。お前、ナイフはないだろ、ナイフは。」

「どうせ廃人相手じゃん、これでいいよー。」

 冬夜の非難めいた小言にもアキラはケロリとしている。

 廃人クラスの高レベルプレイヤーに襲われたら確かに一たまりもない二人なのだが、あまりにやる気のない装備だと言える。

「それに、出来るだけ安いのにしとけって、レオさんからのレクチャーにあったじゃんよ。」

「そりゃそうだけどよ、」

 ここ数日、INする度に届けられたギルマスからのメール攻勢は気味が悪いくらいだった。メンバー同士にすれ違いがあっても、メール機能ならばINの瞬間に相手に確実にメッセージを届けられる。その機能を駆使してギルマスはせっせとギルド員全員にイベントへの指示を出していたらしいのだ。やれ、防具は着てくるなだの、武器は最安値のものを大量に銀行へ入れておけだの、インベントリは空にしておけだの、そういった細々としたレクチャーがメール内容の大半だった。


「ほい、ご苦労さん。メールは読んでくれたか? 二人とも。」

 そこへ当人がフィールドチェンジで現れた。

「ちーっす、」

 アキラは基本的に無礼者だ。今はビキニ水着の美少女の姿だからご愛嬌で許されもするが、普段のバケツメイドだったら殴られかねない。実際、サブマスは挨拶代わりにアキラのバケツを杖で叩くようになったのだから。レオも今回は装備無しの姿だった。そういえば、初めて顔を見るかも知れないと冬夜はまじまじと見つめていた。特筆すべきものもない、普通よりは男前という程度か。五分刈頭がらしいと言えばらしかった。

「なんだー? 俺の顔ばっか見てんなよ、照れるじゃないか。」

「トウヤのエッチー、」

「ば! 何がエッチだ! お前、誤解されるような事言ってんじゃねぇよ!」

 通信はINしたての挨拶時間でワールドレンジに設定されていて、三人の会話は他のメンバーにも筒抜けになっていた。慌ててカードを開く。案の定、遠くのメンバーからの通信を受けるログ画面には、『トウヤ、ホモなの?』や『レオさんホモ受けするからな、』だのの茶化した文面が踊っていた。これ以上放置すれば、知らない所で何を言われるかも解からず、冬夜はギルドログをONの状態に変える。通信内容は空中に列挙され、数人の発言を示す文章が流れていった。


 三人が大騒ぎしながら移動した先には、すでにINしていた今日のイベント参加組が待機していた。冬夜たちはすでに初心者の村を卒業し、活動の場所を王都に移している。王都の広場はかなり広いスペースだが、今日ばかりは手狭に見えるほど人でごった返しているという話で、三人は直接外のフィールドの草原でギルドメンバー達と合流した。かなりの数が揃っている。PK推奨のウィルスナと言えど、ここに殴り込んでくる無謀な者など居ないだろう。レオは集団に向き合って、到着するなり檄を飛ばした。一通りの説明やら注意事項は個別のメール攻勢で済ませているはずだが、まだ安心できないらしかった。この大所帯では事故も頻発する、心配性になるのも無理はない。

 指示に従い、グループ分けがその場で行われる。釣り組と迎撃組に分かれて、作業を分担することになるらしい。新人の冬夜たち二人は釣り組だ。グループ分けが済んだところで、再びレオが演説を再開した。

「このゲームのイベントは一筋縄じゃいかないからな! 俺ら高レベルが釣り糸を垂れても、マトモな魚は一匹も掛からんようになっている!」


 レオの説明にある通り、高レベルプレイヤーに掛かるのは魚類(ぎょるい)ではなく、魚竜(ぎょりゅう)だけだ。魚を釣り上げろ!という触れ込みのこのイベントで、ポイントになるのは「魚」だけであり、「竜」はカウントされない。多くのギルドが新人を欲しがる理由だ。また、普段釣れる魚とは違い、イベント中の魚は額にコインのマークが付いているという程の徹底ぶりだ。前もってのストックさえ許さない。

 ネットゲームは本来、新人から古参まで幅広くが参加することでゲーム全体に活気が生まれる。新人が迷えば古参がにこやかに手を差し伸べ、導き育てる、……それが、運営の目指す理想だ。だが、現実は足手まといの新人なんぞ放ったらかしにしたい古参が大半で、新人は誰にも相手にされないまま、虚しく去って行かざるを得ない場合が多い。ネットは情報が早く、そういう内実を隠そうとしても光の速さで世間へ漏れ出ていく。そのせいでどこのタイトルのゲームも同じような新規ユーザー不足に悩まされているのだ。新人の保護対策が、ゲーム繁栄の鍵を握っていた。


 新規ユーザー獲得の為のあれこれは、運営の方針次第。ウィルスナの場合はイベント時の古参イジメという極端な暴挙に現れていた。新人に優しくないギルドは、イベントを諦めるか地獄を見るかを選択する。


 姑息なのは、新人が有利かと思いきや決してそのような片手落ちはせず、新人ばかりなら新人ばかりでも不都合が起きる仕掛けになっている。10匹のうち1匹は釣れるこの魚竜だが、新人レベルでは倒せないのだ。慌てて逃げ出し、竜がまた水底へ戻ってくれるまでの時間をタイムロスしてしまう。

 この魚竜はまた、釣ったプレイヤーのギルド仲間だけを執拗に攻撃するようにプログラムされている難物だ。逃げだした釣り人と仲間が戻ってくるか一定時間が経過するまで、他のプレイヤーには目もくれずにじっとしている厭らしい怪物だった。だが、魚竜を倒せば珠が出る。この珠は経験値の塊でイベント終了後に大幅なレベルアップが図れるために、新人は欲しがった。

 釣った魚は10匹でイベントコイン1枚になり、これはギルドの中で参加者全員が貰えることになっている。10匹釣れば、参加全員がコイン一枚。これを目当てに古参は新人を勧誘する。珠で手に入る経験値など、古参にとっては微量だ。大抵は新人に回ってくる。だから新人も、古参にすり寄った方が得になっている。

『仲良きことは良きことかな』

 運営の代表といえるNPC賢者の、胡散臭い作り物じみた笑いが癪に障ることこの上ないのだった。そして、これがもっとも重要な点だが、このコインがなければ記念BOXを買うことが出来ないのだ。通常、ガチャアイテムは300円からが相場となっているが、今回は新人勧誘の破格値で、たったの100円という価格設定が為されていた。コイン1枚+100円。破格のBOXの、ゲームバランスを崩さない為の制限措置だ。プレイヤーの間でも、イベント期間だけのギルド合併、一時参加が盛んだ。そしてイベント名物と言われる、PKによる獲物の奪い合い。


「対策は万全だ! 新人は一匹釣り上げたら即、古参に魚を渡してくれ! こっちで死守する!」

 釣り上げた魚は規定のNPCの許まで運び、引き渡さなければカウントされない仕組みになっており、奪い合いは運営推奨だった。

 レオがさらに声を張り上げた。

「新人諸君はガンガン釣り上げてくれ!」

 魚類も魚竜も。

 これは確かに狂想曲だ、トウヤは浮かべた笑みが引きつり気味になっていくことを自覚した。


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