30 ザン○エフのなかみ
「あ、ヤベ、」
アキラの呟きに釣られた冬夜も、同じくで目を逸らした。
ふと目が合った人間種の男性プレイヤーには見覚えがあったからだ。五分刈ヘアには剃り込みまで入っており、顔もいかつい。ひげ面で、プロレスラー張りの筋肉を全身に備えている。海パンとはち切れそうなTシャツのチョイスは本当にレスラーとしか見えない。アキラはこそこそと身近の誰かの影へ隠れようとし、冬夜もそれに倣いたい気分だった。彼は二人の方へ顔を向けている。このゲームを始めて、一番最初に狙ってPKしたあの時のプレイヤーだった。大事な装備を叩き売ろうとし、このギルドと知り合うきっかけになり、なにより、直接の謝罪はまだしていない。
彼はぺこりとお辞儀をした。
「あ、ども。」
冬夜も釣られておじぎを返す。動きを見ると、なるほど中身は女性だという感じがする。
「時間帯違うから会う機会無かったけど、ミスリルのナイフ、返してくれてありがとう。」
「いや、こっちこそ?」
なんだかおかしい、冬夜は首を傾げ、アキラはそわそわと居心地が悪そうだ。
ウィルスナはPK上等のゲーム世界だから、殺った殺られたは日常茶飯事だ。
昨日の敵は今日も敵、昨日の味方も今日は敵、という世界なのだから冬夜たちにすれば盗品を脅し取られただけのことであり、彼にすれば盗られた物をボコって取り返しただけのことだ。礼を言われる筋合いがない。二人が気まずいと思ったのは、再び行う手打ちの煩わしさを考えてのことに過ぎない。顔を見合わせる二人を、彼は朗らかな笑みを湛えて見ている。かつて不意打ちでPKした相手は、何のわだかまりもない様子でその場に居る。二人だけがなんとも言いようのない居心地の悪さを感じていた。同じ新人のはずだ、こんなにあっさりしていていいのだろうか。
ショタなサブマスが冬夜の隣にログオンしてきた。
「まー、水に流せてよかったじゃんね、って。」
そのタイミングで反対側に居たロリウィッチが言い放つ。冬夜は忙しくサブマスを確認してからロリウィッチの方へ視線を向けた。それからさらにPKした相手へと。
「掲示板でよく話してたから、別にもう何とも思ってないですよ?」
中身女のレスラーは、ウィッチに笑顔を向けて言った。
そう言えば、彼の名前に見覚えがある。掲示板チャットでよく話していた相手と気付いて、冬夜はへたり込んだ。話題も合い、なかなか性格も良さげな女の子だったのに。なぜに筋骨隆々なそのキャラメイク?
彼の名前は『ザン○エフ』。きっと格闘ゲームファンだ。
「ザマミロ、」
ニヤニヤ笑いでアキラがぼそりと呟いた。
「おーい、聞けよ、そこ! も一つ、注意することがある。」
ギルマスが手を叩いて冬夜たちの注目を呼び戻した。
「知っての通りウィルスナはPKカモン!なゲームだから釣りしてる時にも狙われる。実際はそんな暇なんてないってくらい皆釣りに熱中してるが、タイトルの中にもある『ぬし』を釣り上げた時だけは話が別だ! そこら中の迎撃要員が集中攻撃してくるからな! 誰かがヌシを釣ったら戦争開始だ!」
仰々しい言葉に、一同が背筋を伸ばして拝聴の姿勢に戻る。
運営の底意地の悪さで、このヌシの魚影と魚竜の魚影とはとてもよく似ているのだ。ヒットした後に何度か飛び跳ねるわけだが、その瞬間までヌシがヌシである確証が取れない。ヌシを釣り上げることの阻止はもちろん、釣り上げたヌシの横取りも当然と行われる。血で血を洗うバトルの開始だ。
「PKの回数も半端なくなること請け合いだ! 防具はなし! 武器のストックは山ほど作っとけよ!」
拾ってる暇なんかないぞ! ギルマスの気合いが飛ぶ。課金アイテムの即時復活のお守りが、取引掲示板で飛ぶように売れていたのはこのためか。後で買い足しに走らねばならない。今回のイベント期間だけ、なぜか基本下着のベビードールとパンツは水着に変更されていた。女性キャラはビキニにパレオ、男性キャラは海パン。……こういう意味だったのだ。聞きしに勝る狂乱仕様のイベントだ。冬夜は天を仰いで十字を切った。
「レオさん、ごめん、お守り用意してないです。ポイントチャージもしてないから、買い足せないんだけどいい?」
珍しく弱気な声でアキラがギルマスに報告した。即時復活が出来なければ、いちいちホームのセーブ地点へ戻され、それだけでロスタイムを重ねる。現在、二人のホームセーブ地は王都になっている。
「あー、そういうのは仕方ないから大丈夫だよ。課金アイテムだし、強制もノルマもない。他のギルドはどうか知らんが、うちはそんな無茶な要求はしないから。」
片手を振ってレオがそう告げると周囲の古参たちもうんうんと頷いた。アキラは胸を撫で下ろす仕草で、こういう仕草がまた、彼女が本当は男なのか女なのかという疑問を呼び戻した。聞けるわけがないのだが。
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