14 ひらてうち
晶は、埋もれたランキングの中で、ついに自分自身と邂逅した。
その動画を見た時は衝撃だった。晶とそっくりの顔をしたアバターが映っている。ハロウィンの魔女にも似た帽子を被り、シルクのような光沢の黒いボディスーツを着ていた。そして、くるぶし丈のブーツ。魔女ルックというものを当時の晶は知ってなどいない。そして、動画の中の彼女は複数の男性プレイヤーにかしずかれていた。周囲の男たちのギラギラした目が、トラウマ級に気持ち悪い。
自身と寸分違わぬ容姿のアキラが、まるで趣味ではないエロティックな装備で撮影されている。撮影者の名前にも心当たりがない。……いや、もしかしたら。
キ モ オ タ
激しい怒りがふつふつと湧き上がる。煮えくり返る憎悪。それはキャラメイクの仕方を知っているなら、当然の嫌悪だった。脂ぎったガマガエルのような男だ。あのあばただらけの顔がほっそりとし、すべすべの肌に変わるのは、バーチャルならば簡単だろう。糸のような目がぱっちりと大きく開かれ、どんよりとした瞳がくっきりとした飴玉のような瞳に変わる。性別さえ変えて、執着する女の身体を正確にトレースしたのか。胸や腰のくびれは、実際の自身を見るようだ。どれほどじっとりと見つめ続ければ、ここまでそっくりになるのか。あのガマガエルが自分に化けてゆく様子を想像するだけで、全身に悪寒が走った。
事実、ウィルスナや他のVRMMOのゲームでも問題になっている事柄だ。「実在の人物をトレースする」プレイヤーが引き起こした幾多の事件は訴訟にまで発展した。現在では芸能人や有名人のトレースをすれば、一発でアカウントが停止される。それでも、規約の穴を掻い潜ろうとするかのように一般人のトレースをするプレイヤーの被害報告は後を絶たない。あまりにもリアルである為に起きた弊害の一つだ。
多くのプレイヤーは偶然でも誰かに被ることを恐れ、通常は自身の顔の整形程度に抑えるようになった。間違って通報されても、元の顔が似ているだけだという明確な証拠となる。自然の流れだった。
それでも、このアキラのような醜悪極まる過程で生まれるキャラは後を絶たない。まだ中韓系組織が創り出す転売用アバターの方が、しっかりと対策が練られていて安全な程だ。業者によりけりという側面ももちろんあったが。彼らは元からの美女や美男子を連れてきて少し容姿をいじってから売りに出した。美男美女は中韓の雑誌モデルである事が多かった。宣伝行為の一環として彼らの国では有効に機能している。日本や欧米では法律の壁が立ち塞がり、彼らに一歩出遅れた。
晶は即座に時計を見やった。午後6時24分。キモオタがそろそろ帰ってくる時刻だった。何をしているのかは知らないが、大学の講義がある日もない日も、智之は毎日決まってアパートを出てゆき夕刻に戻る。出てゆく時間はまちまちだが、帰る時間はいつも定刻だ。簡単にパソコンをシャットダウンして、晶は上着を引っ掛けた。早く帰っていた場合を考えて、チャイムを鳴らし、留守を確認してから帰りを待つ。自然、仁王立ちになっていたけれど、晶は気付かなかった。視線はまっすぐに、最奥のエレベータに。
どれほど待っただろう。激しい怒りが収まり出した頃合で、エレベータから降りる智之を迎える。怒りの感情などというものはいつまでも持続していられるものではない、ただただ、彼がやった事に対する衝撃と気持ち悪さだけがせり上がってくる。なぜ、自分なのか。あまつさえ、嫌がらせかと思う衣装を着せられて。動画サイトに晒し上げられねばならないのか。
理由を聞きたかった。聞いてどうなるとも考えず、どうあっても理由を問い質さずにはいないと、決意だけがある。エレベータを降りた智之はまたも暢気な笑顔を浮かべた。晶が待っていてくれるなどとは思わなかったのだろう。しかし、険しい彼女の表情を見て、いかに鈍感なこの男でも何事か起きたのだと気付いたようで、貼り付けた笑顔は消えうせた。
「どういうことなの?」
晶の質問に、最初は純粋な戸惑いを見せた智之だったが、すぐにバツが悪そうな顔に変わる。
「ああ、えへへ。……バレちゃった?」
イタズラを見咎められた子供の仕種。上目遣い。似合いもしない。
「もう少し成長させてからお目見えの予定だったんだけどな~、バレちゃったか~。」
勿体ぶった言い回しは、この場合、晶の苛立ちを加速させるだけでしかない。本人にどのような思惑があろうとも。晶の眉がつり上がっても、智之は気付かなかった。いや、気付いてはいる。しかし正確に、すこぶる状況が悪いのだとは理解しなかった。
「あきらたんにプレゼントするつもりだったんだ! もう少し育ててからと思ったんだけど、最初のフィールドって、コレ、なかなかレベル上げに向いてないって言うかさ、あの時点じゃカンストってゆーか! 最初の村を出るのはやっぱ危険だしさぁ……」
言い訳が続く。声に焦りが含まれている。
成長させる、育てる、という言葉が殊更に晶の神経を逆撫でていたが、つゆも気付かずに智之は墓穴を掘り進めてゆく。言い訳がましい言葉が紡ぎ出される度、晶の怒りに吹きつける。
「と、とにかくさ、上がってよ!」
今、思い出したという風に、智之は鍵を取り出しノブをひねる。ガチャガチャと煩い騒音に紛れて、平手打ちの音が響いた。
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