15 なきむしながま
「キモい……」
「待って、ほんとにちょっとだけ待って、」
怒りにわななく晶の手を、智之が慌てて掴む。即座に振り払われても、何度でも握り返した。
「ごめん、あきらたん、ごめん。そんなに嫌がられるなんて思わなかったんだ、ほんと、ごめん、僕が余計なことしたから、謝るから、……ごめん、」
智之の細い目に涙が溜まっているのを見て、少しだけ晶の激情が薄れる。
悪気があって……あんな事する奴じゃ、なかったっけな、
それでも、捕まえにきた太い指をまた邪険に振り払った。
「あきらたんにあげるつもりだったんだ、本当だよ、今度の誕生日にプレゼントしようかなぁって……それで内緒だったんだよ、やましい事なんかぜんぜんしてないよ! 神様に誓っても、絶対だよ!」
差し出す手を何度伸ばしても振り払われる、半分泣き声の智之の弁解が続く。
「ほんとだよ……、喜んでもらえると、思ってたんだ……」
ついには、ガマのような顔をぐしゃぐしゃに崩して泣きはじめた。
俯いたまま、それでも晶は耳に届く智之の言葉を聞き漏らさぬようにと勤める。顔も見たくない、そう思うから俯いたままでいるのだと思っていた。なのに、懸命な彼の言葉を逃さぬようにと耳をそばだてている。許すチャンスを探している。どうにも生理的な嫌悪が断ち切れず、すがりつく手は触れられる前に叩き落してしまうけれど。
キモオタで、暢気で、悪気などないのに人の神経を逆撫でる、どうしようもない奴。けれど、憎いほどではない。気持ちの悪さはいや増してしまったけど。嫌いではない。
「あきらたん、……あきら、たん、」
ぐずぐずとすすり上げるキモオタは、やっぱりどう言い繕ってみても気持ち悪い。……気持ち悪い、はずなのだけれど、どうにも嫌いにはなれない。キモ可愛いとか言うのだろうか。
「もぅ、いいよ。悪気はないっていうんなら、さ。」
肩を震わせてぐずっている年上の男。その肩をぽんぽんと叩いて、晶は告げた。相手から触れてくるのはどうしようもなく気色が悪いのに、自分から触れるぶんはそう思わない。不思議なものだ。
「ごめん、本当にごめん、」
何度でも頭を下げる智之に、晶は閉口ぎみに手を振った。まるで犬を追い払う仕種。こういうしつこいところはウザいと思う。
「もういいってば! あ、でも、あたしのキャラはなんとかしてよね! 気持ち悪いから! マジで!」
思い出した本題をついでのように付け足して、どうにもおかしいと首を捻った。そう、これこそが本題だったはずが、なぜ、こうなったのか。
「ええ!? だって、だって、あきらたんの為に作ったんだよ? せっかく育てて、魅力値なんてすんごい高いのに、消しちゃうの?」
さも勿体無いというような言葉に、晶が逡巡する。決意がぐらぐらと揺れているのを見透かしたわけではないだろうが、畳み掛けるタイミングでキモオタが更に言葉を上乗せた。
「キャラ削除したら、枠ごとパーになっちゃうよぉ、あきらたん。勿体無いよぉ、僕は絶対に使わないからさぁ、あきらたんが使ってよぉ。僕は自分の分をまた買うつもりだからさ、絶対にアキラたんには入らないからさぁ! お願いだから、消さないで!」
苦心して育てたキャラは可愛いものだ。どうしても消したくない智之が必死になって晶を説得し、頭を下げ続ける。土下座でもしそうな勢いだ。
「お願い、あきらたん!」
ついに、晶が折れた。
「……しょーがないわね……、」
「あきらたん!?」ぱぁっ、と泣き顔に笑みが浮かぶ。
「言っとくけど、絶対にINしないでよ!? あたしそっくりのキャラにアンタが入ってるなんて、絶対、イヤ! どんな嫌がらせなのよってくらいイヤ! 許せない! 解かった!?」
内面でどれほど傷付けているかも気付かないほどの勢いで、晶が猛烈に抗議をして智之をなじる。それでも自身が全面的に悪いと自覚して、智之は小さくなりながら耐えていた。顔や見た目は、本人のせいではない。けれど、智之がイケメンなら、ここまで激昂しないはずだ。
「あきらたん、僕、来週から就活に入るんだけどさ、帰るのは9時とか10時頃になると思うんだ。だからさ、あの……鍵、預けときたいんだけど、どうかな?」
どう、というのか。またしても晶の機嫌ゲージがダウンする気配に、キモオタ智之はびくびくと身を縮めた。
「いや、だからさ、……僕が留守の間にさ、あきらたんがアキラたんを動かしたらいいんじゃないかなぁ~、て……ごめん、」
晶の上目遣いの睨みに射竦められ、小さく縮こまった小さい声で智之が最後にもう一度「ごめんなさい、」と呟いた。ため息をひとつ。どうしてこのキモオタは、こんなにも人を惑わすのだろう、と晶はこめかみを指先で押さえながら思案する。とても魅力的な誘いだ、けれど、すんなり受ける気になどなれるわけがない。
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