13 しっとちゅう

 神様は不公平だ。晶が落ち込む原因は、いつでも同じ事柄だ。運の悪い自分、運の悪い母さん。神様は自分たちを愛してくれていない。

 父は事故で死んでしまった。保険金は家のローンで消え、家は生活費で消えた。今は下町へ引っ越してきてアパートを借りて住んでいる。母はフルタイムで働いているから、家事のほとんどは晶の仕事。義務教育の高校までは卒業出来たとして、大学への進学は経済的に無理だと思う。高校無償化から何年で義務教育に引き上げられたんだったか。今度のテストで出るかも知れない、ヤバイ。などと取りとめもなく考えて、絶望感を振り払う。唯唯諾々と従うだけで、この現状をどうにかしようとは考えない。どうにかなるとも思えない。

 片方では、100万もするゲームで遊ぶプレイヤーが何万人と存在し、片方には、自分と同じような境遇の人間がひしめき合う下町がある。これが、現実。ブランドの衣装だから、ちょっとお洒落なワンピースが何万円もするのは解かる。けれど、ただのデータが、同じ形になるだけで何千円に化けるのは正直おかしいんじゃないかと思う。手が出せない金額じゃない、ちょっと背伸びしたら届く。千円札が2~3枚程度。だけど、その同じ額を母さんが稼ぐのに何時間働かなくてはならないかを知っている。投資家はただ座っているだけで何百万も稼ぐのだという。神様は、不公平だ。


 悲しみに似ていた憂鬱は、いつの間にか怒りとも呼べる苛立ちに変化した。キモオタが薦めてくれたゲームのプレイ動画の中でも、実力に沿わぬ装備を持つプレイヤーを狙って襲い掛かるコンセプトのものを選んで見るようになった。レベルが低い、あるいは大した戦闘センスもない弱い者達が、実力に見合わぬ高ランク装備を使うことが許せない。襲い掛かり、身の程知らずを叩き潰し、身の丈に合わぬアイテムを奪い、売り払う。無に帰する。胸がすく思いだ。どこか心の片隅ではそれが醜いものだと理解していて、冷めた思いもある。

 本人たちは『義賊』と嘯き、しかし一部のプレイヤーには憎々しげに『嫉妬厨』と揶揄されている。確かに嫉妬の念が原動力には違いない、だが、揶揄する奴らが正しいとは思わなかった。彼らの財力は、彼らの実力ばかりではない。


 奇妙なロジックがそこにある。持てる者たちは財力……リアルさえ自分たちの実力と捉え、持たぬ者たちはゲーム世界から切り離したがった。卑怯という感覚は、両方の陣営で逆方向を向く。

 動画の画面に集う人々は、好き勝手に自身の意見を述べ合う。「GJ」「厨、乙」「氏ねよ、厨が」ほとんどが怨嗟の声。非難というより嫌悪感。リアルの力を持ち込む行為をセーフだと勝手に決めて押し付ける者たちは、自分たちの陣営が正しいことを信じて疑わぬ。彼らの心情が、どうにも気持ちが悪い。

 晶は、持てる者たちが言う、自力で稼いだ金をゲームに投入することは不正ではないという論理が、どうにも腹立たしいものに感じてしまう。理屈はよく解からないけれど。

 なんだか、煙に巻こうとしているような……、論理そのものが捻じ曲がっていると、そう思う。リアルの現実世界が格差という不公平に満ちて、偶然満たされた側に立っただけの者たちだ。それが、リアルとは違う世界にまで、己の有利を持ち込もうとする。それは厨坊の屁理屈じゃないのか、と。説明が出来ないのが、悔しい。だから、力ずくでねじ伏せる義賊たちを好ましく感じた。奴等の都合に合わせて捻じ曲げた理屈など聞く耳持たぬ、その態度はどんな英雄よりも心をときめかせてくれる。


「俺は、俺のしてることを後悔しない。ウィルスナでは強いことが正義だ。弱いくせに粋がってる奴が悪い。ナメてる奴が悪い。そんなんだから襲われるんだ。出る杭は打たれるって言うだろ、わざわざ出てくる馬鹿がお前等、チートどもだ。俺だって最初は順当に行った、誰でもそうだ。強いってのは、単にレベルだけじゃねーし、装備だけでもねーし。古参のギルドがなんでチート断るか、その理由もわかんねー馬鹿ばっかだ。金で買った強さなんていうチートが通用するモンかどうか、チート野郎に身をもって教えてやってんだ。」


 義賊を名乗る男は嫌われていた。現実世界で100万という高額のゲームで遊ぶ者達の中で、彼は異色だったのだ。マジョリティはむしろ彼の言うチートどもで、リアルとバーチャルを混同する輩だった。都合の悪い部分のリアルを切り離し、自分に有利な部分は平気で持ち込む、その厚顔さは気持ちが悪かった。十七歳という若さは、同時にどうしようもなく潔癖だ。

 彼の言葉の大部分が、ひっくり返せばどうにもならないリアルの不公平感から来ていると、嫉妬厨乙と揶揄する奴等の言葉が必ずしも的外れではないと承知している。ウィルスナというゲームも、そろそろリリースから一年が経つ。年数が経つごとに、格差は開く。不公平が生まれる。人間の作り出すコミュニティにおいてのソレは、どうしようもない宿命だ。

 リアル社会において是正されない格差が、縮小されただけの小社会で是正される云われはない。新参の者は躍起になって古参の占める頂上を狙う。そのためになりふり構わない。手段を選ばない。それでも、別世界に現実を持ち込むチートどもが、えもいわれぬほどに、気持ちが悪い。持たざる者は別世界で、別世界のルールだけで生きようとしているから、連中は卑怯で気持ちが悪すぎる。


 いつしか。

 見守るだけでなく、自身も義賊として彼らを叩き潰したいと願うようになった。

 かの大地に立ち、下種どもに恐怖を撒き散らし、嫌悪される、自身の姿を夢見た。


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