12 きられないふく
キモオタ、と、内心で呼び慣わしている智之のことについては、晶の中での評価はまずまずという感じだ。嫌いではない。いや、むしろ好意的に見ている。恋愛では対象外だが。このまま、何事もなく進んでいくならば、もしかすれば恋愛に置いても対象の範囲に入れたのかも知れない。女の子は残酷で夢想家だが、女は現実的であるから。皮一枚と論じておいても、女と違い女の子のそれは口先だけだ。
「プレイ動画とかやってるんだけど、あきらたん、観たー?」
ある日にも、智之はそんな風に持ちかけて、話題の糸口を得ようと必死の様子を見せた。話といえばゲームかアニメ、そんな智之を鬱陶しいとは思っていない。他の話が出来る友人なら幾らでもいるし、彼女らは逆にゲームやアニメに興味がないから話したくても話せないし。晶はゲームが好きだ。無料のMMOに登録した事もある。およそ、女の子らしくない楽しみ方で楽しむところがあり、男性ユーザーに混ざっている方が楽しいとさえ思っている。
「プレイ動画あったんだー。今度見てみるね、アリガト。」
誘われることは再三だ。せっかく買ったのだから、プレイしにおいでよ、と。それが本当に出来るかどうかを考えて言っているのか、疑いたくなる。会話はいつも戸外だった。ある日は玄関先だったり、エレベーターホールだったり。一緒のエレベーターに乗ることに躊躇が無くなったのはつい先月だ。……それなのに言っているのか?と。
VRMMOのシステムでは、プレイ中の肉体はまったくの無防備になる。フルダイブという語感そのままに、全ての感覚をゲーム世界に持っていくから、ちっとやそっとの衝撃では目覚める事もない。専用のゴーグルなどの、ごちゃごちゃした機械を装着するのだと話に聞いてはいても、他人の家で気軽に借りるような類のものでない事くらいは解かりそうなものだと思う。二人には温度差がある。
智之に下心がまったくないかと言えば嘘になるだろうが、無防備の晶をどうこうなどと考えてはいない。しかし、それを理解するほどには晶は智之に心を許しているわけではない。ただの友人だ。小さな認識の違いは、いずれ重大な行き違いを生み出す。だが、気付くのは手遅れになった時点だ。
幻想交響詩~ウィルスナ~
智之が登録したネットゲームのタイトルだ。ユーザーの活動が活発でファンブログやオフ会、プレイの様子を録画したビデオの投稿まで、ゲーム以外の自由度の高さが人気だった。大手のタイトルがあくまでゲーム内で出来る事柄の多さ……フィールドの広大さだとか、スキルの充実、ストーリー性を謳う中で、ウィルスナはナナメ方向に突き抜けている事をアピールしていた。PKが出来たり、強盗がセオリーだったり、動画サイトへの自由な投稿を許していたり。晶はもっぱら、コラボしている女性ブランドの可愛い衣装ばかりに興味があったのだが。
「学校の友達がさ、コラボ衣装着て颯爽と戦う女戦士がカッコいいってさー、おんなじ服を買っちゃったワケよぉ。」
うんうんと興味深げに聞いているキモオタに、意味深な笑顔を。アニメよりゲームより、晶のリアル友人たちの話題が智之にはもっとも食い付きがいい。……キモオタだから。
オンナノコに餓えてんなー。と片端で思いながら、晶は話を続けた。
「実際の自分に似合うかどうかとか、考えてないのよねー。で、結局は着なくなるじゃん。あの服、どうしたの?て聞いたらさ、ヤフーで売り飛ばしたって。それがまた、買った時の半額なのよ。」
頭悪すぎだよね、と締めくくると、智之は予想とは違う反応を返す。
「で、でも、ほら。ゲームの中でなら、自分の方を変えられるんだし、その服はゲームの中でもう一度買ったら良いんじゃないかなぁ。」
「……そう?」
「だってさ、理想の自分になれるんだよ。それに、ゲームのアイテムの方が断然安いって! 女の子ってすぐ飽きちゃうじゃん、すぐ新しい服買うし。なら、ゲームの方が嵩張らないし、いいと思うよ。」
リアルとバーチャルをごっちゃにすんな、と思ってしまう。けれど、面白いとも思う。同時にこうも思う、きっと智之はリアルを捨ててしまっていたんだろう、架空の世界でなら相手にしてくれる者は沢山居そうだったし、居心地の良い空間に逃げ込んでいたのだ。ずっと、長い間。そんな事を考えた。
「ゲームの中で、アコガレの自分を表現すんのは、アリだと思う!」
リアルがダメなら、バーチャルがあるじゃないか!
智之のその言葉は、甘い誘惑を含んでいる。そうね、その通りだね、とは言えないまでも、一時現実から逃げ出したい場面ではきっと有効だろう。こんな時、晶は智之の株を一段引き上げる。
キモオタのくせに、カッコいいこと言うんだ。
キモオタの智之が、妙に眩しく感じられる瞬間だった。
ウィルスナの公式ページから、リンクを辿ってお気に入りの衣装ブランドのHPへ。一通りニュースや新着アイテムを眺めてから、またリンクを辿ってゲームの情報ページへ。それがいつもの手順だったけれど、ふと、キモオタの言葉を思い出して課金アイテムのページへ入り込んだ。
ゲームのアイテム。所詮はデータに過ぎないアイテム。それが、こんな値段。
初めて知る現実。
高いのは、なにもハード機器だけではなかった。
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