スノーホワイトの恋人達

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

 殺し尽くせ。

 外道を、殺せ。


 「助けて……!」

 そう呟いた美しい少女の手と足はなかった・・・・

 切り落とされていたのだ。

 手足を無くしたその少女は硝子の棺に納められ、身動きの取れない状態で枯れない涙を流し続けていた。

 その少女が納められた棺の隣にはまた別の硝子の棺が。

 その中に納められているのは首のない誰かの遺体。

 おそらくは美しい少女だったのだろうその肢体は、一糸まとわぬその肢体は、蝋のように白い。

 硝子の棺は他にもたくさん、所狭しと並んでいる。

 そのどれにも、何かが欠けた少女の遺体が納められている。

 「……………」

 あまりの酷さに絶句していた暁は、少女の声にとっさに反応できなかった。


 東の森には盗賊が出る。

 7人組の盗賊だ。

 7人全員が魔術師であり、被害者が多いため、先日賞金首として指名手配された盗賊団。

 暁はその盗賊を狩るために、この森の中にある小さな小屋に足を踏み入れた。

 掛けられた金額は7人合わせても1千万に満たない。

 ――ただの小遣い稼ぎのつもりだった。

 小屋の中にあっさり侵入した暁はそこで盗賊達を待ち伏せしていたのだが――偶然、地下への隠し扉を発見した。

 盗んだものでも保管しているのだろうと足を踏み入れた暁が見つけたのはこの大量の硝子の棺と、その棺に納められたパーツの足りない少女達の遺体と、手足をもがれた少女だった。

 暁は最近世間を騒がせているとある事件を思い出す。

 連続少女誘拐事件。

 黒髪に真っ白な肌の少女ばかり狙われていることから白雪姫事件とも呼ばれているその事件。

 そんな事件の犯人は、どうやらここを根城にしている盗賊達であり、つまりは暁の獲物であるようだった。

 

 「……何が、あったんですか」

 暁は呆然とそう少女に問いかけた。

 何が起こっていたのかは明白だったが、問わずにはいられなかったのだ。

 それでも少女は暁の言葉に何も答えを返さなかった。

 ただ譫言の様に助けてくれと繰り返すだけで。

 ひょっとすると、少女にはもう、暁が何者であるのか、それすらわかっていないのかもしれなかった。

 ただ人がいたから反射的に助けてくれと、言っているだけなのかもしれない。

 そのことに気付いた暁は唇を噛んで、少女の額に手を置き、小声で何かを囁いた。

 唱えたのは興奮を抑え、心を落ち着かせる効果のある精神魔法の呪文スペルだった。

 暁はこういった術の扱いは不得手だったが、それでもないよりマシだろうとそう考えたのだった。

 術をかけられた少女は疲労もあったのだろう、少ししたら何も言わなくなり、その目を閉じた。

 ――大分衰弱している、あまり長引かせるわけにはいかない。

 盗賊達の帰りを待つ前に、一度少女を連れて協会に戻るべきだろうかと暁が考えた時、上で物音が。

 盗賊達が戻ってきたのだ。

 

 小さな小屋の真ん中、片付いていない散らかった部屋の中。

 散らかったテーブルの上で組み伏せられ悲鳴をあげる少女と、7人の盗賊達、いや誘拐犯達。

 嫌だ嫌だと首を振る少女の首に、盗賊の一人が注射の針を突き刺した。

 途端、糸が切れた人形の様にぐったりと動かなくなった少女の細い肢体を盗賊の一人が少女の乱れた服の隙間から覗く鎖骨に舌を這わせ――

 「そこまでです」

 部屋に響いた暁の声に盗賊達が一斉に小屋の奥を見やる。

 その時にすでに、勝敗は決していた。

 最初に崩れ落ちたのは少女に馬乗りになっていた一人。

 顔面に拳を叩き込まれ、悲鳴をあげて床に突っ伏した。

 二人目は少女の両手を頭上に上げて抑えていた男、その男にも拳を見舞う。

 3人目と4人目は同時、二人同時に襲いかかってきたその男の腹にそれぞれ掌底を叩き込む。

 たったそれだけで二人の男は泡を吹いて白目を剥いた。

 残り3人は一切に悲鳴をあげてドアに向かって駆け出した。

 だが逃がさない。

 じゃらりと響いたのは青色の鎖が宙を蛇の様に這う音。

 その鎖でまとめて男達をとらえた暁は短くぽそりと。

 「開け」

 その呟きとともに、イバラの様な棘が一斉に鎖からはえてくる。

 更に、鎖はじゃらり、じゃらりと蛇の様に蠢いて、鎖にはえた棘が男達の皮膚を引っ掻き回してズタボロにしていく。

 全身の皮膚をぐちゃぐちゃにかき回された3人の男による絶叫の三重奏が轟いた。

 男達は逃れようともがくが、もがけばもがくほど棘は深く男達の皮膚に突き刺さり、引き裂いていく。

 「……時間がないのでこの辺で」

 たっぷり10秒、男達の皮膚を蹂躙した鎖は暁のその言葉とともに霧散して消滅する。

 「痛いでしょう? 辛いでしょう? でも、この程度で終わらせてはやらねーです」

 そう呟いてから暁は己の右の手のひらに魔力を集め、使い慣れた術式を作り上げる。

 作り上げられたのは人の心を恐怖で狂わせ、壊す魔術。

 暁は人の心を癒す術の扱いは苦手としていたが、反対に人の心を狂わせ、精神を砕き魂を潰す魔術の扱いに優れていた。

 優れていたというか、それの専門家と言っていい。

 と言ってもまだまだ未熟ではあるのだが。

 だから。

 未だうめき声を上げ続ける男達の血塗れの体に、暁は心砕きの術式を纏わせた手のひらで軽く触れる。

 「せめて……あの子達よりも、もっと恐ろしい思いをさせてやりましょう」

 その宣言通り、盗賊達は狂気が生み出す生き地獄に突き落とされた。


 暁が心を砕いて生き地獄に送ったあの盗賊達の半数は衰弱死し、残りも時間の問題である。

 唯一証言者として残しておいた最初の一人だけはピンピンしているが、じきに処刑されるだろうという。

 そんな事実を協会の職員から後日譚として聞いた暁は残りもさっさと死ねばいいのにと一人呟いた。


 ――伽藍堂の心に汚いものとどうしようもない悪意を詰め込んで、いつかの自分が見たら目を覆いたくなる様な怪物に成り果てて。

 それでも生きていく。



 心砕きのナイトメア (了)

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