暁瑠璃の伽藍堂

朝霧

さよならメドゥーサー


 大事なモノはすでにこの手から滑り落ちた。

 空っぽの手のひらをそれでも携えて生きていく。

 空っぽだから――自分の手が汚れる事に躊躇いを感じなかった。

 


 罪人にくれてやる情なぞ、ゴミ箱にでも捨ててしまえ。


 その日、暁は初めて人を殺した。

 首狩りになって、一週間経った後だった。

 その首を切り落としたのは暁よりも年下の少女。

 人々をその邪眼で石化させ、壊し続けた少女。

 蛇女メドゥーサーと呼ばれた少女の首にかけられた金額は二千万。

 無邪気に邪悪に殺し続けたその少女の首を暁はあっけなく刎ね飛ばした。

 雨がざあざあと降っていた。

 その雨が、暁がたった今手にかけた少女の血と混ざり、流れていく。

 「……大丈夫か?」

 その声は震えていた。

 その声はこのパーティーのリーダー格の少年のものだった。

 あの日、暁が首狩り人殺しになると伝えた時、自分もそうするつもりだと言ってきた少年だ。

 妹を養うために、妹にもっといい生活をさせてやりたいからと、彼もまた自らの手を赤く染める決意を固めていたのだ。

 「大丈夫ですよ……終わりました」

 暁はなるべく落ち着いた声を出した、声が震えないように、だからと言ってから元気になりすぎないように。

 「ああ……」

 と、彼はそう言って黙り込んでしまった。

 「……怪我は……ない?」

 小さく囁いたのは少年の隣に立つ髪の長い少女。

 暁よりも抱えている額は少ないが――それでも借金に困窮している少女だ。

 彼女は戦う力を持たないため首狩りにはならなかったものの――首狩り人殺しを補佐するための特殊な資格を得た。

 「……大丈夫です。石化も免れました」

 暁はほんの少しだけ彼女に笑みを向けた。

 本当に怪我をしていなかったから。

 ――きっと、あの子は理解していたのだろう。

 自分の罪を。

 それでもやめられなくて、殺す以外の事を知らなくて。

 だからこそ、待っていたのだ。

 自分を殺す誰かを。

 それがたまたま、暁達だっただけだ。

 そしてたまたまとどめを刺したのが暁だっただけだ。

 「……」

 何も言わずに息絶えた少女の遺体を見詰めて呆然としているのは、普段は明るいパーティのムードメーカーである小柄な少女だった。

 皆そうするなら自分もそうする、と軽いノリで首狩り人殺しの資格を得た少女は、今この瞬間、自分が何になったのか、今更になってその重みに気付いたようであった。

 「……帰るぞ」

 そう言って、暁の肩を強めに叩いたのは、パーティの中で最も年が高く、最も大柄な青年だった。

 「ええ……帰りましょう」

 それだけ返して、暁は自分が、自分達が殺した少女の遺体をもう一度だけ見た。


 大事なモノはすでにこの手から滑り落ちた。

 空っぽの手のひらをそれでも携えて生きていく。

 生きていくと決めたから、その為にはなんでもやろう。

 この手は空っぽだから――自分の手が汚れる事に躊躇いを感じなかった。

 感じない、という事にしておいた。

 そうして、本当に何も感じなくなった自分は、きっと全てを失う前の自分から、すっかり変質しているのだろう。


 半年後。

 「そういえば、この前5千万の首を仕留めました」

 いつものように協会に集まって駄弁っていた5人だったが、暁がぽそりとこぼしたその言葉ににわかに熱り立つ。

 「は!? 5千万!? てめー大物狩る時は呼べって言ってんだろうが」

 リーダー格の少年が驚きと若干の怒りを交えてそう言うが、暁は飄々としていた。

 「あー、ごめんなさいちょうどリア充しているって聞いたので邪魔するのは悪いかと」

 その言葉に何故か髪の長い少女が顔を真っ赤に染めた。

 「ヒューヒュー」

 「おーおーお熱いねえ、お二人さん」

 ニヤリと笑った小柄な少女と青年が囃し立てると、リーダー格の少年は顔を赤くさせてうるせー、黙れ、と叫んだ。

 

 「犯罪者に」

 「慈悲などいらぬ」

 「賞金首は」

 「縊り殺せ」

 「情けは」

 「ドブにでも捨ててしまえ」

 仲間内で時々唱えるその言葉の重みが、血を吐くような思いで自分達に言い聞かせてきたその言葉が、今ではもうすっかり軽い物になっている。



残酷劇のプレリュード(了)

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