過去の真実 6
ガラスの向こう側では薄い明りに照らされて黒い物体がたくさんのコードにつながれて拘束されている。
拓は物体と目が合った気がして、背筋に冷たい汗をかいた。
(たぶんこれって空喰離だよな……。もしかして捕獲してるのか?)
奈衣と初めて会った時のことを思い出していた。捕獲するならあの場でとどめなんて刺さなかったはずだ。
「おや、空喰離がいることに戸惑っているのかい? その件についても話してあげるからまあついてくるんだ」
トウカは、護衛の黒服を待機させると、また歩き出した。
案内された先は、トウカの自室だ。
促されるまま、拓はパイプ椅子に座るとトウカも椅子に座った。
病院の診察室のような部屋で、デスク回り以外はきれいに整えられていた。
「最初に聞いておこう。これからのことを知ってしまえば君は今までの生活に戻ることはできないが……そこのところはどうする?」
言葉をかけられた拓は、考えるまでもなく答えた。
「もうすでに戻れないところまで僕は知ってしまったのですから。このまま素直に返してくれると思ってないです。それに僕は、彼女のことが知りたい」
「彼女とは、奈衣のことかな」
すると、部屋の扉がノックされた。
「ちょうど、奈衣もついたみたいだね」
部屋に入ってきた奈衣は、座ることなく拓の後ろに立った。
彼女はまだ、拓をお仲間入りさせる気は無いようで腰には帯刀していた。
そう、拓がここまでこの空喰離の事件に頭を突っ込んできたのには知りたいことがあった。彼女、奈衣の姿は顔、容姿ともに過去に拓が失った幼馴染。拓の能力が目覚めるきっかけとなった事件に関係しているかもしれないと感じていたからだ。
あれは、拓が中学生の時、幼馴染の早瀬ひなたに恋をした。
拓にとっての初恋で、自分の気持ちを理解するまでどれだけ戸惑ったことか。
ひなたと話すたびに胸が締付けられる感覚が恋愛感情だと分かったとき、
「自分がひなたなんかと……」
と思い悩み迷った。相手に気持ちを伝えるか、否か。
次の日に告白しようと決めた夜のことだった。
現実は甘くなかった。
ひなたの家を火事が襲った。
外が騒がしいと明美と様子を見に行き、知った
「ひなた……!」
思わず拓はひなたの家に向かって明美の静止の声も聴かずに一心不乱に走っていた。
現場に着いたときには、家全体が燃え上がり消防活動が行われている状態で、火の勢いは庭の木までも燃やそうと手を伸ばしている。
限界を迎えた天井の崩れる音が聞こえてきた。
ひなたの部屋がある二階はすでに炎に包まれていた。
そんな中でも、拓は彼女が助かっているのだと根拠なく、思い込んでいたのだ。
どれだけ時間がたったのか、いきなり歓声が上がった。
救助隊が早瀬家を救出した瞬間だった。
……ひなたはどこに?
拓は震え、ひなたが運ばれる光景を見ている事しか出来なかった。
後日知った、生存者なしの報道に拓は絶望していた。
内容が頭に入ってきた時は、もう自分自身が何を考えているのかわからなくなり、近くにいた明美さんの思考や記憶まで“見える”ようになる。
拓の能力の暴走だ。
拓は体を地面に叩きつけ、悶え始めた。拓の様子がおかしい事に気づいた明美が、近づいてきて声をかけてくるが、思考と耳に届く言葉が重なった。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分の意識なのか近くにいる明美の意識なのか分からなくなって、世界が回る。拓の自我は曖昧になり、明美の視界から自分を見つめているような感覚になっていく。
……ああ、だめだ。僕が僕で無くなっていく。
意識も朦朧としてきて、体に痛みを感じない。
視界が霧の中にいるかのように、霞がかっていく。
意識が途切れそうなのに、なぜか激しい頭痛だけは続き、引き戻される。
――彼女にもう一度会いたい。またもう一度……。
耐えられなくなった拓の脳は、処理することをやめ、意識を手放した。
過去に願ったもう一度会いたいと思った彼女そっくりな奈衣のことが知りたいと思ってしまった。
「僕は彼女のことが知りたいんだ」
「ほう…」
また興味が増えたと言いたいのか口元を吊り上げ、トウカは笑みを浮かべていた。
ふと視界にトウカのデスクが視界に入った。
机の上には何やら資料が広がっている。拓にはその資料に書かれていることは到底
理解できないような内容だった。
「では、話そうか。この島の真実と君が巻き込まれたこと、君の知りたがっている奈衣のこともね」
トウカが話し出した。
奈衣はこのまま立ったままなのかと、横目に確認するが座る気は無いようだ。
彼女、奈衣を見ていて思ったことがある。表情の変化があまりないのだ。
昨夜のような狂気に満ちた雰囲気も感じられない。
彼女の二面性は明らかに普通じゃないと思う。
それについてもトウカから聞くことができるのだろう。
「うーんじゃあ、君が質問をしてくれるか? どこから話したものか分からないものでね。君が知っている情報を私はしらないからな」
トウカは面倒くさそうに答えた。
「水槽の中にいた空喰離についてからですかね」
トウカは手元のリモコンのスイッチを押した。部屋の明かりが真っ暗になり壁にあったスクリーンに写真、いや監視カメラの映像が映し出された。
水槽の中で揺れている触手。体は人間からは考えられない程に肥大した筋組織。
拓は忘れるはずもない。襲われたあの化け物とそっくりの姿だった。
「こいつは僕を襲った奴か」
「そうだね。それと同種の型の空喰離という存在だ。君は知識としては知ってはいないのかな?」
そう問われて拓は、表情を曇らせる。おそらく彼女は拓の能力についての情報を知っているのだろう。だが、自分から言う必要もないんじゃないかと考えた。
「いえ、知りません。ただ彼女、奈衣さんがそうおっしゃっていたと記憶しています」
疑ってるような相槌を打ちながらトウカは話を続ける。
「これは、私たちが開発していた……いやするはずだった万能細胞のなれの果てだ」
トウカはメガネをはずし、白衣でレンズをふきながら続けた。
「一部の研究者が自分たちの成果を試したいばっかりに焦って実験段階を進めたことが原因でこの島には、こいつら化け物がうろうろしている」
拓は何も言うことができなかった。あまりにも現実味がない。でも実際に自分が見てしまっていることもあって否定できない。そんな気持ちが心の中を渦巻いていた。
「最近よくニュースで取り上げられている事件があるだろう? あの事件は全部こいつが絡んでいる事件ばかりだ。まあ、ニュースでは変死体だと言われているが、あれは私たちが代わりの遺体を用意しているだけだ。実際の現場は致死量の血液がばらまかれているだけ。襲われたに人間はすべて奴らの仲間入りってわけさ」
「そんな……。だからって事件が起きている原因はあなた達じゃないですか! 元をたどればこんな本国から離れた島で研究なんかしているあなた達研究員が悪いんじゃないですか! それに巻き込まれて死んでいる人たちのことを何とも思っていないんですか!」
拓は他人事のように語るトウカのことに腹が立った。一歩間違えば自分自身も奴らの仲間になっていたのだから。
そういわれたトウカは何食わぬ顔で拓に対して答えた。
「ああ、そうだよ。私は何も思わないし、いい実験ができていると思っている。それ以前にこれほどデータが取れるのはこの島のように本国から離された所でないと無理だからね」
感情に任せて拓は、椅子から立ち上がり、トウカの胸ぐらをつかんだ。怒りで手が震える。今すぐにこいつを殴ってやりたいと感じるほど。だが簡単にさせてくれなかった。
後ろに立っていた奈衣が刀を抜いて拓の首一枚切れ、血が垂れる。もう一歩近づいていれば、今頃拓の首は地面に転がっていたかもしれない。
それでも拓はトウカと研究施設に対しての怒りは収まらない。胸ぐらをつかまれた状態でも表情一つ変えずにトウカは笑みを浮かべたまま拓を見つめてくる。
「そんなに感情を表に出していいのかい? ヘッドフォンの力で抑えられている能力が漏れ出てしまうぞ。まあそれはそれで私はデータが取れるからいいのだが」
拓はトウカという人間が今までにかかわってきたことのない人間だからか気味悪く感じていた。こんなやつがこの島にいて、裏ではわけのわからない実験を繰り返しているなんて考えたくなかった。
トウカを解放した拓は、脱力して椅子にもたれかかった。
「君が感じている感情は正しいと私は思うよ。それに私たちは空喰離を野放しにしているわけではない。しっかりと確保、もしくは消滅までしっかりとやっている。といっても私が管理しているこの場所の人員しかいないのだが」
トウカは肩を落として奈衣を見る。
「それにまともに戦えるのはそこにいる奈衣とあと数名ってところだ。戦闘要員がほしいところだったんだ」
トウカはニヤリと笑みを浮かべ拓の顔を見ている。
「そこで君にお願いしたいんだ。奈衣に聞いたところによれば、空喰離と戦って喰われなかったそうじゃないか。しっかりと訓練してくれる教官もいる。どうだ? 平穏な日常を捨てて、手伝ってはくれないか」
「そんなこと、いきなり言われたって……」
「言わんとしてることは分かる。奴ら空喰離をすべて倒すことができたのなら君を元の生活に戻すし、私たちのような人間がかかわらないように考慮することもできる。これなら文句はないだろう?」
そうトウカは拓に交渉をしてくるが、拓にはこんなことを言っているのは建前だけだと感じてしまう。
――だって僕が嫌だといったところで、後ろにいる奈衣に殺されて始末されるだけだ。
「一つ、いいですか……」
トウカは「ほう……」と反応するがそれ以上は話さない。態度の変わらないトウカに苛立ちを感じながらも拓は続けた。
「教室に飛び込んできた時に、装置を使って僕の能力を収めてくれた装置は一体なんです? 僕が能力を持っていることを知っていたんですか……」
トウカは白衣のポケットから耳栓のような小型機器を取り出した。
「能力のことは知っていたよ。言っただろう? 君より君の能力を知っていると」
今までにトウカに会ったことが一度もない拓は彼女が何を言っているかわからなかった。
一つの可能性が脳裏をよぎる。母親と同じなのかもしれない。
「君が装着してるヘッドフォン君の母親から届いているものだと思っているだろう? まあそれは間違いじゃないが。実際それを作っているのは私だよ」
(やっぱり母さんとかかわりがあったのか)
小型の機器に関しては、ヘッドフォンを作る技術を少し流用して作ったそうだ。
「聞きたいことはそれぐらいかな? そして先ほどの返答が聞きたい。いきなりで悪いけど今、決めてもらうよ。このことにあまり時間をかけたくない」
原因は自分たちのはずなのに他人事かのように話すのだろうか。拓の知らない世界はこんなにも他の事には無関心なのかと感じてしまう。
「まさか、母さんもこの研究に携わっているのですか?」
母の事を知っているのならトウカなら母親の所在を知っているはずだと拓は思った。
(それにこのまま会話を続けていても結局は一緒に行動しなくちゃならない)
今の拓の立場上、イエスとしかいえないのだから、聞きだすことをひたすら考える。
「昔からの馴染みさ。一緒にこの研究所でも働いたこともある。言い換えれば親友に近いかもね。まあ今どこで何をしているかまでは知らないけどね」
母の事を知っているなら必然的に明美の事も知っていることだろう。
明美に何かあれば拓の心のより場所がなくなってしまうのだから。
「まあ、君が日常を維持したいと思うのは普通だろう。でも君はもう今までの日常には戻れない。もし本当に日常に帰りたいと言い出すのなら、君の記憶を消すことになるがいいかい? 君の背後には奈衣がいるから逃げようはないしね」
そのとおりだ。自分に逃げ場がないというのは分かっている。
「わかりました。でも……」
少し言葉に詰まった拓の回答を知っているかのようにトウカは話し出す。
「家にいる、明美ちゃんの心配をしているのか? それくらいは私が何とかしよう。彼女とは、知り合いだし、説明すれば理解してくれるだろう」
やはり、彼女は明美のことを知っていた。その事実が拓の焦りを加速させた。
「ということは、あなたは僕の母親と同じ分野の研究員なのか?」
ああ、やっと理解してくれたのかという顔でため息をつかれる。
自分の母親のことだが、拓は何も知らないのだ。拓が小さいときにヘッドフォンを造ってくれた記憶はあるが、海外に行ってからと言うもの連絡で来るのは手紙だけだった。
母が島の裏の事を隠していた理由も分かるが教えてほしかったという気持ちでいっぱいになった。母親にとっては知らずに生活を送ってほしかったのかもしれない。
「まあ、研究所のことを黙っていたのはお前のためなんだから少しは彼女の思いもくみ取ってやってほしい。母親になってどう振る舞っていいものか困っていたようだし。君みたいな能力者ってのは研究対象の格好の的なんだ。私たち『冬月』の研究者はモルモットみたいな扱いはしない。翔が所属している政府側の人間は違うがね。君も見たんだろう?。どんな扱いを彼が受けていたか」
白い部屋に閉じ込められて、実験を繰り返しうけ続けていた翔の姿が脳裏をよぎった。拓もあそこで翔に捕まってしまっていたら、同等の扱いを受けるのだろうと感じていた。
「てことは、翔のいる機関と対立しているってことでいいんですよね」
「さすがに親友だと思っていた人間が敵に回るのは心にくるのもがあるだろうね」
「冷静になると余計にきますよ……」
トウカは初めて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「研究所間での争いには君を巻き込まないことは考えていたのだが。
あの調子だとまた厄介ごとを起こしそうだな。これだけは頭に入れておいてほしい」
「これ以上何があるんですか?」
「この島についての事だ。いろいろグレーな研究をしていることは何となく察することはできるだろう。それに貨物船が月に一回の頻度で来ていることは知っているね?」
もちろん貨物船が月に一度来ることは知っていた。
「その貨物船には研究員たちも乗ってきているんだよ。それにこの島は何があってもいいように作られた島だ。本当に研究のためだけに作られた」
「じゃ、じゃあこの島が研究のために作られたのならなんでこの島に住民を住まわすことにしたんだよ!」
「ん? よく考えてみなよ。新薬を作ったとして試してくれる人間がいないと、効果が確認できないだろう。だからこの施設は病院の地下に造られているんだよ」
拓はふと違和感を感じた。いくら感情を揺らがしてもこの地下に来てからは、声がしない。だれの思考も聞こえない。
この状況で信用できるものは、自身の能力しかなかった。何かしようにもまずは、彼女たちの仲間にならないと分かりそうにない、そう感じた拓は決意した。
「わかりました。あなたに協力します」
仲間に加わることをトウカに告げた。やっとかというような表情を彼女は浮かべていた。
……何よりも今知るべきことは、奈衣のことに知ることだ。もしかしたら彼女はひなたなのかもしれない。
拓は日常を捨てる覚悟を固めると、奈衣の姿を確認した。
あまりに似ている彼女は、拓の心にもしかしたら「ひなた」が生きているという可能性を感じさせていた。
喰るい合う力 飴乃霧逢 @kiliame
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