過去の真実 5

 窓ガラスを割って入ってきた内の一人は、この教室にいるように仕向けた彼女、奈衣だった。

 少女が脇に抱えている白衣姿の女性は乱雑に床に投げ捨てられ、


「ふぎゃ」


 おかしな声をあげ、床で悶えている。

 立ち上がった女性は、

 不思議と、拓の能力が発動しているのに、二人は平然としていた。

 それに二人の情報が拓の頭に入ってこない。


「早く……この場所から離れろっ!」


 だが拓は声をひねり出し、奈衣たちに警告するが無視して奈衣はこちらに近づいてくる。

 彼女との距離がゼロになっても彼女からは何も聞こえてこない。


「いいか。そのまま意識を私たちに向けるんだ。砂川拓。聞こえているならそのまま私に意識を集中しろ!」


 拓はいわれるがまま、白衣の女性に意識を集中した。

 記憶が見えるわけでもなく、ただただ、意識がクリアになり情報が入ってこない。

 奈衣に納刀したままの刀で、拓は突き飛ばされる。

 受け身すら取れなかった拓は床で後頭部を打ち、痛みで目がチカチカした。


「いきなり、何するんだよ!」


 抗議の声をあげる拓に何食わぬ顔をしながら奈衣は拓のことをしばし見つめた後、「次」と翔の方へ歩みよった。

 翔は拓の能力で過去のトラウマを掘り返され、錯乱しているようだ。


「いやだいやだいやだいやだいやだ……もう実験はこりごりだ! 来るなくるなああああ」


 口から泡を吹き、支離滅裂なことを言い頭を抱えている。

 彼に近づいた奈衣は、首筋に向けて強烈な手刀を入れた。

 意識を失った翔は、その場で動かなくなった。

 

「一体なんなんだ……」

「装置のおかげで私も奈衣も能力の支配下から逃れることができたんだ。まあ、説明しても分からないか」


 いきなり横から声をかけられ拓はびっくりする。


「うわっ」

 

 白衣の女性はメガネを押し上げ、猫のように目を細めながら話した。


「にしし。この装置が動いてる間は、症状が和らぐはずだよ。ぜひその間に落ち着いてほしい所だね。何時まで持つか分からないしねえ……」

 

 耳につけたインカムのようなものを拓に見せてきた。

 

「あなた達は一体何者なんですか?」


 白衣の女性はメガネの奥から猫のように目を細めながら、

 

「んー、それについては、君よりも君の能力を知っている存在とでもはぐらかしとこうか。でもなあ、何やら面倒くさい奴に絡まれていらない情報まで知ってそうだからどうしようかなあ。ま、とーりーあーえーずー」

 

 拓をおちょくる調子で話していた彼女はポケットから携帯を取り出して誰かに指示を出している。

 翔がいた場所から、拓に近づいてきた奈衣は、不思議そうな顔で語りかけてきた。


「あなた、やっぱり空喰離なの? 彼らに目をつけられているってことはそういうこと?」


 拓にはわからないことだらけだ。

 次から次へと何かが起こり、整理をつける時間もない。

 だが、彼女たちが来たことにより落ち着いているのは確かだった。

 二日連続で非現実的なことを経験しているためかもしれない。

 自分がこんな能力を持ってしまったからなのだろうか。


「いや、だからあの化け物とは一緒にしないでくれ。僕は普通の……高校生だ」


 普通という言葉を言おうとして一瞬詰まった。拓の中で自分がふつうの人間ではないと自覚しているからこそ、言葉にしていいのか迷ったのだ。


「一般の高校生が能力を持っているわけないんだけど、トウカは君の情報を私に教えてくれないから」


 刀に手をかけて話しかけられる。


「もし、私たちの敵だったら始末しないといけない」

「奈衣。その子は回収して戻るんだよ。気絶もさせなくていいし、そのままでいい。獲物じゃないよ」


 白衣の女性は奈衣に告げた。

 彼女のいい方に拓は、自分が人と扱われていないように感じた。


「フーン」


 奈衣は踵を返して白衣の女性のもとに戻る。

 能力が落ち着きを戻しているうちに拓は、


「遮断モードに切り替え。変更は無い」


 彼女たちは少なくとも今は拓の味方だと信じようと思った。


「ははは」


 緊張状態から解放されたせいか、笑いが込み上げてきた。

 なぜ自分が笑っているのかわからない。なぜだか笑わずにはいられなかった。

 奈衣に向けて抱いていた恐怖心はなくなっていた。たぶん理由を聞くことができれば、拓は彼女たちがしていることが知れるのだと思っていた。

 電話で指示をしていた白衣の女性は拓に近づき、


「私はトウカというものだ。一連の事が気になっていると思うが……」


 と白衣の女性は言った。

 彼女がトウカ。先日、奈衣に指示を出していた女性か。


「とりあえず君に話すことは多い。研究所についてからだ。今は質問は受け付けない」

「わかりました……」


 物わかりが良すぎる拓を見てトウカはおもちゃ箱の中から宝物を見つけたように目をキラキラとさせている。


「うんうん。いいね、いいね」


 トウカの視線に寒気を感じながら指示をまった。

 

 黒服にサングラスの男性に挟まれながらの移動した先は意外な場所だった。

 彼女たちに連れてこられたのは、島で一番大きい病院だ。ここにいる医者は国内の医者よりも優秀な人たちが多く、重体の患者などが送られてくるとか噂で聞いたことがある。眉唾な話だが。


 ――なぜ病院に連れてこられたんだ。話し合う前に僕の体でも調べるつもりか?


 などと考えていた拓は顔に出ていたのか、


「まあついてこればわかるよ」


 思考を読まれ、先を促された。

 スタスタと歩いていく彼女の後ろを拓は、遅れないよう足を速める。

 受付の人は、こちらを一瞥して何も聞かずに中へ通してくれる。知らないうちに黒服の男たちはいなくなっていて、トウカと奈衣だけになっていた。

 受付横の扉に入り、おそらく地下につながっている階段を下りていく。そこにはグリーンライトに照らされている扉が現れた。扉の前でトウカは、タッチパネルを操作しているがこの角度からだとパスワードが分からない。


(セキュリティも完璧ってわけか)


 扉が開くと水族館のようなガラス張りの空間が広がっていた。

 水が照明の光で乱反射した空間はとても神秘的な雰囲気をまとっていた。

 

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