過去の真実 4

《収集したパターンから検出。能力解放モードに移行。補助を行います。》


 すぐさまに翔の思考が流れ込んでくる。


〈今更、何をしようが変わらん。俺が触れているのだからどの選択をしてもどのみち拓は地面に這いつくばる運命だ。ハハハッ〉


 ――翔、本当に残念だよ。君と友達になっていたと思っていたのは僕だけだったなんて。


 拓は静かに深呼吸をする。翔は何か来ると思っていたのか拓を笑った。


「なんだよ。何もしねえじゃん。ハハッ。これだよ! とかかっこつけやがって」


 翔がこちらのことを笑い飛ばしているうちに拓は次の行動に移していた。


「悪いけど、翔。お前の思考は筒抜けだ。全部僕に聞こえている。最初から逃がすつもりはなく、仕留めようと肩に手を置いている。そして今完全に油断しているのがお前のミスだ!」


 とっさにしゃがみこみ翔を突き飛ばした。翔の体がよろけたのを確認した拓は距離を取る。

 翔は自分の思い通りにいかなかったことに腹を立てているのか、青筋をたてた。


「拓、お前はもうゆるさねえ。俺の機嫌を損ねさせたからな。お前の命はないと思いやがれ!」


 翔はすぐさまに拓のほうに飛びついてきた。

 青い電光に包まれた両手が拓に近づいてくる。

 思考が読めていた拓はそばにある椅子をつかみ、投げつけた。

 目の前が青白い光に包まれる。

 木の部分は、炭と化し鉄骨部分が地面に転げた。


「うぜえンだよ、たくう!」

〈黒ずみにしてやろうか。いや殺さねえように加減はしねえとな〉


 翔につかまらないように紙一重で避けたが、かすったブレザーの箇所が焦げた。

 必死の抵抗でブレザーを脱ぎ投げつけるがなんにも役に立たない。

 彼の能力は電気を扱う能力だと言っていた。

 その情報は嘘ではなかったようだ。だが、ここまで破壊力があるものだとは思っていなかった。しかも、能力を使った戦い方に慣れている。

 このままではジリ貧になるのは目に見えている。

 翔の周囲には薄く発光した小さな球体がふわふわと浮いている。

 手で自在に操っていることを見るに、恐らく投げつけることも可能なのだろう。


(あれに触れればまずいな……)


 案の定、翔は投げつけてきた。

 それも拓がよけやすいよう、大げさに投げてきたのだ。

 

 ――しまった。こっちに来てしまうと廊下に出られない!


 避けることに一生懸命になり、自分の場所の把握ができていなかった。

 背中に冷たい壁が触れた。開いた窓から吹き込む風が拓の頬を撫でる。

 拓は息を呑んだ。

 逃げ場がない。

 それに加え、拓がいる教室は三階。

 飛び降りれば逃げることができるだろうが、しっかりと着地する自信はない。

 

「たーくーぅ。もう逃げ道はないぜ。おとなしく電撃で焼かれろよ!」


 電流をまとった拳が来ることが分かっていた拓は、身体を右に投げ出す。


「あっれぇ。おかしいなあ! 次は当てるよ」


 もう一度、殴りかかってきた。

 パンチは避けれても、電撃の範囲は広く、拓の横腹が焼かれる。


「つッ」


 予想以上の痛みで拓は受け身が取れずに転げる。

 あたりから焦げた匂いが立ち込めていた。


「無様だねえ。ほらもっと楽しませろよぉ」


 ――結局、遊ばれてるじゃないか!


 いくら思考が読めても、戦闘の素人相手では話にならないということか。

 翔はまだ遊ぶ気なのだろう。余裕の表情を浮かべながら歩いて近づいてくる。

 どうやら彼は何も考えずに行動しているようで先を読もうとする拓とでは相性が悪い。使い始めると自分の能力の欠陥ぶりに反吐が出そうだった。

 ふと拓は学校の静けさに疑問を抱いた。

 これだけ暴れているのに、先生たちが気づかないことだ。


「翔。お前、学校の先生に何かしたか?」


 ――いやそうじゃない。

「学校に何かしたか?」


 翔は驚いた表情を浮かべ、日常でするような無垢な笑顔を見せた。


「よく気づいたね。そうだよ。学校の先生たちには眠ってもらってるんだ。電気を軽

 く流しただけでみんなもうぐっすり。電気製品の多い職員室じゃあ俺の能力は使い放題だからさ。それに俺らの組織が手回し済みだから、拓が死のうとこの学校が壊れようと何の問題もなく情報操作されるだろうね」


 完全にこの場所は翔の遊び場というわけだ。


「機関とかそんなことは知ないけど、そんなことしていいと思ってるのかよ!」


 さっきまでわざと心を乱したように振る舞っていたのか、翔は落ち着いた口調で語りだした。


「そうだな、どうせ君が知っても知らなくても関係ないから教えてあげようか。まず最初に本国の組織、俺が所属している場所がある。そして代白島には研究所、君が関係の持っている【冬付フユツキ】の二つの研究機関が存在する」

「研究組織……?」

「そしてこの島は研究することを大前提として作られた。何が起こっても本国からも離れていて、他国に被害もない都合のいい島だね。またこの島の存在は機密なんだ。知っているのは各国のお偉いさんや日本の政府ぐらいさ。実際自由に外に出れる環境じゃないしね」


 拓は翔が話している隙に何か無いかと視線を巡らす。


「おっと、今逃げれるなんて思うなよ? せっかく説明してやってるんだから最後まで聞けよ。損はないはずだぜ?」


 翔の周囲の球体の数が増える。拓を逃がさないための威嚇だ。


「……島で行われている研究は二つ。人工的に超能力者を作るための研究。二つ目が医療。世の中で一時期騒がれていただろう? 万能細胞がつくることができるかもしれないって。その副産物が今ニュースで話題になっている変死体事件の犯人。それが【空喰離】カラクリだ」


 それを鵜呑みにするには翔に対して信用が無くなった拓には受け入れることができなかった。


 ――だってあまりにも現実味がなさすぎるじゃないか。

「あり得ないって顔してるね。いいねぇ。その顔が見たかった。でも本当の事さ。ここまでしゃべったからついでにもう一つ。拓からすればうれしいニュースじゃないかなあ」


 翔はニヤニヤしながら拓の様子をうかがっているようだ。

 これ以上何を言われても頭に入ってこない程に、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 今まで生活してきた日常はすべて作られたものだったのだろうかと。

 周りの人間は今まで拓のことを騙して生活をしていたのかもしれない。

 嫌な想像ばかり先走って、拓の心をかき乱していった。


「君の能力発現のもとになった事件。あれ実は、俺のところの機関が取り逃がした実験サンプルが起こしたものだったんだ。決してただの事件じゃない。そして家にいた全員を殺したのは俺だよ! 隠ぺいするために火をつけて家を燃やしたのさ。彼女を殺したのも俺がやった。どうだ拓、こと知れただろ?」


 ぷつんと自分の中にあった一本の糸が切れた。


「あ、あああ」


 拓は嗚咽を漏らした。激しい頭痛に襲われ、視界がぐらぐらと揺れる。


 ――ああ、あの時と同じような感覚だな……


 初めて能力が現れた日。

 必死に忘れようとしていた過去が泡のように浮き上がってくる。

 記憶の奥底に沈めていたはずの少女の面影がちらつく。

 周囲の空気が一変して大気が振動する。

 窓は強い風が吹いていないのにがたがたと震えだす。

 もうどうでもよくなってきた。

 彼女の死は仕組まれたもの。

 犯行に及んだのは、親友だと思っていた翔。

 今まで過ごしてきた日常はかりそめで現実はこんなにも無常なのか。

 もう拓は日常に戻れないところまで来てしまっているのかと自問自答した。

 翔は拓の能力の放出に興奮が収まらないのか手を叩きながら拓へ一歩、一歩と近づいてくる。


「素晴らしい。素晴らしいよ。拓。その能力を解析することができれば俺は機関から優遇される。そして金がたくさん入る!」

〈過去に暴走があったと聞いたけどすごい。ここまでの物だったとは〉

 

 拓の意識は次第に翔の意識とまじりあい、自分が曖昧になっていく。

 視界には自分の姿。地面に向かって叫び続けている姿が見える。何かを考えようとしてもまとまらない。次第に浮遊感に襲われ意識が白い空間に投げ出された。

 

 わからない。

 なんだか体が火照ってくる。

 不思議な感覚だ。内側は暑いのにすごく寒い。

 景色がかわるがわる見たことの無いものを映し出す。

 なんだろうここは。

 真っ白で何もない部屋だ。

 椅子に座っている子供がいる。だれだろう。

 まだ小学生ぐらいの少年だ。その子は目隠しをされ、椅子に拘束されている。

 青白い光が男の子を包み込む。

 男の子は絶叫している。

 その行為は何度も何度も繰り返された。

 糸が切れた人形のように動かなくなった男の子は、乱暴に引きずられ、部屋から連れ出されていた。

 

 拓は翔の記憶を垣間見た後も、過去の記憶、拓の能力の引き金になった事件のことを思い出し、冷や汗が止まらなかった。

 限界を迎えようとしたとき、ふっと体が軽くなったように感じた。

 同時に窓ガラスを割って中に入ってくる二人の姿があった。

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