二話 過去の真実
二話 過去の真実 1
まぶしい日の光で拓は目を覚ました。
起き上がろうとしたときに、右肩に痛みを感じて夜の出来事を思い出した。
家に帰ってきた記憶が無い。
だが、おそらく怪我の処置をしてくれたのは明美だろう。
肩から二の腕あたりまで、包帯が巻かれ血がにじんでいた。
――少女はどうなったのだろうか。
昨夜の少女の事が気になって仕方がなかった。
拓はそっと首筋にできた瘡蓋に触れた。
――あの後……
「違う。僕はあの化け物じゃない」
刀を突きつけられながらも、拓は言った。
拓の言葉を聞くそぶりも見せず、少女はにらむ。
それどころか、ひしひしと視線に殺意が込められていることが分かる。
目を逸らさずじっと彼女の紅い瞳を見つめ、拓は抵抗するすべを模索した。
「あなたも寄生されているかもしれない。だから殺すわ」
先の戦闘を知っているため、逃げる手段が思いつかない。
何を言ってもこの反応だ。
だだ、一つ言えること。
さっきの化け物なんかじゃない。きっと拓の意思が伝わるはずだ。
〈殺す、殺ス、コロス。空喰離は全て殺す!〉
能力を遮断モードにしているが、拓の能力は漏れていた。
彼女の思考を支配しているのは空喰離への執着。復讐。
そこに、救いは無い。
――敵との戦闘中に彼女が首筋に注射器を当てていたが、それが原因なのか。
拓は許される時間の限り思考を張り巡らせた。
手段が一つだけ、残されていることに気が付いた。
それは彼女の記憶を覗くこと。
基本的な人間は記憶を覗かれるだけで激しい頭痛に見舞われる。
トラウマを浮かび上がらせることができれば拓の逃げる道ができるはず。
こんなことしたくはなかったが、背に腹は変えられない。
――エクステンション!!
彼女の記憶が映像のように拓の脳へと流れ込んでくる。
視界は、記憶へと切り替わりなにも無い空間に放り出された。
何も無い空間で、黒衣の少女はただ棒立ちをしていた。
今拓は彼女の記憶の中に居るのだ。
映画が始まるかのようにして現れた映像は流れ出す。
*
「奈衣、今日はパパが早く帰ってくるから、みんなで晩ご飯、一緒に食べましょう?」
おそらく少女の日常風景だろうと拓は思った。
奈衣と呼ばれる少女に話しかけている女性、話し方から少女の母親だと拓は推測した。
「分かった。お皿取ってくる」
奈衣の顔は、満面な笑みを浮かべている。拓には、目の前の少女が先ほどまで怪物と戦っていたとは思えなかった。
それほどにこの空間には幸せが満ちていた。
――なにが彼女をあんなにも違う人へと変えてしまったのだろうか。
今の彼女とは少し顔も違うよう感じたが、何年前の記憶かまでは分からない。
目の前の記憶の少女は中学生ぐらいだと見当を付けた。
食器棚から皿を取り出し、母の元に掛けていく奈衣は、笑顔で拓の心が温まる。
その感情に拓は、迷いを覚える。何故彼女の記憶を見てしまっているのに、喜んでいるのか。
そこでいきなり映像が切り替わった。
二人の前には、肉の塊のような空喰離が現れ、血まみれの男性を捕食していた。すぐに奈衣の母親が喰わた。
肉の塊は彼女の母親の姿を模り、その場を後にした。
奈衣だけを襲わなかったのだ。返り血を浴びた奈衣は一人その場で泣き崩れていた。
その光景が見ていられなくなった拓は、集中力を欠いてしまい、自分の意識の元へと引き戻された。
「はっ」
同時に、拓の首元に突きつけられていた刀は、奈衣の手から滑り落ちた。
刀が地面に当たり、甲高い金属音が鳴る。
当てられていた刀が無くなり、緊張がとれる。
だが目の前の少女、奈衣の様子がおかくなった。
彼女は頭を抱え拓の前で絶叫しはじめた。
「いやあああああああ」
今もなお聞こえてくる奈衣の心の声は空喰離への殺意だけ。
拓は奈衣との距離を開けた。
いつまた襲われるか分からない。
ただ、迷いもした。彼女の知ってはいけない部分を知ってしまった罪悪感から、助けなければならないという気持ちがわいてくる。
――彼女をおいてこのまま逃げ出せない。
彼女を運ぶと仮定して、今の彼女の状態をどうすればいいのか。
ブブブッ
彼女の足元に落ちている携帯が鳴り出した。バイブ機能でこちらのほうに少しずつ動いている。まるで拓に拾えといっているようにも見えた。
拓はいまどき珍しいガラパゴス携帯を手に取り、電話に出ることにした。
「もしもし、この電話の持ち主、奈衣さんでいいのかな? の知り合いで合ってますか」
相手は無言だった。とりあえず奈衣の様子を分かる範囲で伝える。
「今、彼女はうずくまって何かブツブツと言っているのですが聞き取れなくて。でも、その前に悲鳴をあげていて……」
電話が切れた。
――切られた。彼女を何とかしないと。
彼女に恐る恐る触れる。
こちらのことが認識できていないようだった。
手を肩に回して立とうとしたとき視界がグルグルと回った。
なれない能力の連続使用で精神は擦り切れる寸前だった。
踏ん張ろうとするが力が入らずその場に倒れた。
――後は記憶が無い。
とりあえず、明美に手当のお礼を言わなくてはと思い一階に向かった。
明美に会う前に洗面所に行き、利き手が使いづらくて時間を有しながらも寝癖を軽くなおして、リビングに向かった。
「明美さんおはようございます。あれ? いない」
――おそらく洗濯物でも干しているのだろう。
拓は和室で手早く制服に着替えた。
そこで違和感を覚えた。
制服が破れていないのだ。
何度か、地面ですり汚れているはずなのにどこも汚れていない。
縫った後もない。
何かが変だと思い、急いでリビングに戻ってテレビをつけた。
「ニュースになってない……」
あれだけの事があった後なのに、ニュースにも、ラジオにも挙げられていない。
――何かが確実に起きている。
リビングの椅子にひっかけてあったヘッドフォンを頭に装着した。
《装着確認。能力遮断モード起動。変更がありましたら、口頭でお伝えください》
「無いよ。そのままでいい」
しっかりと拓の頭に固定されたヘッドフォンは静かになった。
AIが何か記録しているのではと思い、AIに昨日の事を聞いた。
「昨夜、僕が気絶した後のことを覚えているか?」
《検索中……、昨夜拓様が気絶した後、何者かが拓様を車に乗せ、玄関まで運んだ記録が残っています》
――携帯で話した相手か?
思考に耽っていると、玄関が開く音がした。
「ただいま~。あ、拓ちゃん。動いても大丈夫そう?」
「おはようございます。買い物ですか?」
「ちょうど食材切れてたから~。今からご飯作るから待っててね?」
明美は両手にビニール袋を抱えて、キッチンに向かった。
「も~、心配したんだから。昨日お昼で終わってるはずなのに、帰ってこなくて。探しにいこうと思ったら玄関で寝てるし、肩は怪我してるしでもう!」
明美はお怒りの様だ。
「大丈夫ですよ。動かしずらいですが、血も止まってるみたいですし」
おそらく明美は、拓を送り届けた相手を知っているだろう。
――あえて言わないってことは、明美さんは別の何かを知っている?
「そう……。まあ、肩の怪我も見た目以上にひどくなかったから」
少しさみしそうな表情をした明美を見て、拓は心配させたことに胸が痛んだ。
数秒の沈黙の後、明美は「朝ごはん作らなきゃね」といい、料理を作り始めた。
時計を見れば、すでにお昼を回っていた。
「学校には休むって言ってあるけど、どうするの~?」
「えっと、ご飯食べてから行きます」
「そう……」
――なんだか明美さん、何か言いたそう。
明美の様子をうかがいながら、拓は椅子に座りニュースを遠目に見ていた。
出来事がありすぎて、まだ週が始まったばかりだというのに疲れきっていた。
とりあえず学校に行けば、気分転換になると思い気持ちを切り替えた。
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