一話 物語の始まり 3
代白島は東西南北の四つに分けられていて、拓が住んでいるのは西区のはずれにあたる。なぜと言われても、母親の趣味としか言いようがない。
拓の通っている依島(よりしま)高校は40分ほど歩いた場所にある。
緑の多い西区は人口が少ない。
今、通学路を見ても、学生なんて歩いていない。朝のウォーキングをする女性や、老人がちらほらいる程度だ。
でも拓は、この平和な風景が好きで、季節ごとに変わる色彩の変化を見ながら歩くことが楽しみの一つだ。
「最近、異常気象だとか言ってたけどほんと、暑い……」
シャツのボタンを一つ開けてネクタイを緩める。
拓とは相対して、風で揺れる木々はなんだか気持よさそうだ。
歩くだけでも流れてくる汗をシャツでぬぐいながらも、少し通学路から外れて自然石の道を歩いていく。
少し開けた場所に手入れのされていない貯水池が見えた。
いつからか、この貯水池に住み着いた鯉や、金魚に餌をやることが日課になっていた。
カバンから巾着を取り出し、飼育用の餌をパラパラとまいた。
池の魚たちはそれに群がり、次々と餌が水の中へ消えていく。
「おお、今日もたくさん食べるなー」
貯水池の端に腰を下ろして、餌に群がった魚を見ていた。
登校での楽しみその二がここに来ることだった。
まったりとできて、なおかつ一人になれるこの空間が好きで学校に行く前と下校の時によっている。
携帯で時間を確認すると学校に向かうには良い時間になっていた。
重い腰を上げ、拓は通学路に戻った。
学校に近づいてくるにつれて、同じ制服の生徒がちらほらと見えるようになってくる。
拓は新しいヘッドフォンの性能に期待して、五階建ての校舎の中に入った。
玄関で靴を変えて、二年生の教室がある三階に向かった。
一階は、職員室や資料室、保健室などになっていて、二階は一年生の教室になっている。 三階は二年生、四階は三年生の教室だ。
学校で拓に話しかけてくる人は少ない。
元気にあいさつを交し合う生徒たちを横目にスタスタと歩いていく。
教室についた拓は、黒板に張り出されている席順を確認して窓際の一番後ろの席に座った。
すると、
「私より後に教室に入った生徒は、遅刻にするぞー!」
遠くから女性の声が響いている。
すでに教室にいた生徒たちは、始まったと言わんばかりに、廊下の窓から外の様子をうかがっていた。
体育教員の長谷川捺輝(はせがわ なつき)先生だ。去年の一年生の時の担任で今年も拓のクラスの担任になったと、メールで連絡があったことを思い出した。
捺輝は生徒に悪戯感覚でちょっとしたゲームを始めるのだ。
生徒からすれば、学校の名物みたいになっている。
応援する生徒たちは、げらげらと笑いながらも、みんな楽しそうにしている。
拓はあまりかかわりたくなくて、席でだらけながら、横目で光景だけたのしんでいた。
土煙が立つんじゃないかとおもう勢いで先生が入ってきた。
「おはよう! みんなげんきか!」
元気で大きい声で生徒たちに挨拶をしている。
流石、体育教師といっていいのかわからないが、息切れ一つしていない様子を見て感心する。
女性にしては身長も高く、男女からの人気が高い先生だ。
顔も美人な方で、何度か、学校内で生徒に告白されたことがあると噂が立っていたことを思い出す。
それ関連の話に対しては無頓着で、まったく興味がないらしい。
その光景を見ていると、ふと目があった。
やばいと思ったが、何も起こらなかったので胸をなでおろし、
「おはようございます」
「砂川、おはよう。元気か! あさから眠たそうな顔をしているな! もっとシャキッとしないと!」
豪快に笑いながら、背中を叩いてくる捺輝についていけないと思いながら、苦笑いで過ごすしか拓にはできなかった。
後から入ってきた生徒たちはどうやら遅刻扱いではなく、先生の雑用係として使われるらしい。
ホームルームが始まるまで、拓は校舎の外を眺めていた。
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