一話 物語の始まり 2
拓が、ごはんができるまでの時間をニュースを見て時間をつぶしていると、
「あ、お母さまから新しいヘッドフォンが届いていましたよ。確か、玄関に置いたままだと思います~」
言われた拓は、返事をして玄関に向かった。
普通なら確認せずに、帰ってきてから確認するのだが拓が生活するために必要なので致し方ない。
世間一般にはまだ浸透していないものが代白島(よりしろじま)にはある。
超能力。
生まれつき、物を宙に浮かせたり、驚異的な筋力をもった人の事を能力者と呼んだ。
浸透していないせいもあり、基本的に周りの人たちからはいいように思われないことが多い。
過去に幼馴染を失った事故のショックで拓は超能力に目覚めていた。
拓は『エクステンション』と呼んでいる能力がある。持ってない人からすればほしいと思うのだろうが、拓から言えば、今すぐにでも、なくしてしまいたい能力だった。
この力は、拓の周囲1~2メートルの人が考えていることが、聞こえてしまう。
常にというわけではないが、自分の意志とは別に発動してしまう。
それに加え、目を合わせてしまえば、その人の記憶が頭の中に流れ込んでくるように、感じる。感覚としてはその場に自分がいるような視点で再生される。
この能力が発現した最初のころは抑えることができず、毎日の生活が辛くて仕方がなかった。今も研究家である両親のおかげで、普通の生活を送れるようになっていた。
あらゆるオカルト現象の研究員だった両親は、発現してから一か月ほど付き添いで看病してくれた。その間いろいろな手を尽くし、結果、耳をふさいぎ、特殊な電波を与えれば、ましになることがわかり、拓専用のヘッドフォンを両親が開発してくれた。どのような場所で作られたのかは拓は知らない。
性能がアップグレードされるたびに拓のもとにこうして、ヘッドフォンが届くようになった。
玄関についた拓は、すでに開けられた段ボールの中を確認する。
中には、新品のヘッドフォンが、緩衝材やビニールなどで厳重に包装されていた。
毎日つけておかなくてはならない拓のために作られたヘッドフォンは軽くて頑丈だ。長時間使用していても辛くないよう、耳に当たるクッション部分に趣向が凝らしてある。
拓はヘッドフォンを片手にリビングに向かいながら、
「明美さん。この新しいヘッドフォンの説明って、母さんから聞いてます?」
毎回の如く、紙などに書くこともなく、明美に伝えているのだ。
リビングに戻ると明美が朝食を机の上に並べていた。
味噌汁に卵焼きときざみ野菜にウィンナーといった一般的な朝食メニューだ。
「朝食を摂りながら話しましょう? 拓ちゃん」
そう言われヘッドフォンを隣の椅子にひっかけ、明美に勧められるがまま座った。いつものように朝食を摂りながら、お互いが落ち着き始めた時に、明美のほうから話しかけてきた。
「お母さまの伝言はですね。『今回は拓が使いやすいように自主的に学習するタイプのAIを搭載しておいた。後は使ってみればわかる』といわれておりましたよ?」
明美が母親の口調に似させて、教えてくれる。場を和やかにしてくれる明美を見ていて 拓はなんだかほほえましく感じた。
「そうですか。僕のことなのに、なぜ僕に連絡をくれないのでしょうね。母さんは」
皮肉を込めてわざと丁寧に言う。
すると明美さんの口が、動いていないのに、拓の耳へと言葉が聞こえてくる。
〈お母様が恥ずかしがって、電話できない、だなんていえないな~。〉
「恥ずかしいだけで、子供に連絡できない親って。こっちが恥ずかしいですよ」
明美は目を細めて拓の方を見る。明美と目が合ってすぐにそらした。
動きから察したのか、口を尖らせてむっとしながら言った。
「もお~。拓ちゃん、勝手に人の考えていること聞いちゃダメでしょう?」
慌てず、いつも通り表情を変えずに即答した。
「すみません。聞こえてしまって。聞こうと思っていたわけではないですよ」
「分かってます~。でも、子供の頃から知っているとしても、ドキッとしちゃうんです~」
拗ねて、そっぽを向いている。彼女は時折、子供のような反応をする。そのときの明美の顔は、とても可愛らしく、異性から見れば、たまったものじゃないと思う。
「びっくりするって意味で、ですよね? そうじゃないと明日から明美さんとは離れて生活しなくてはいけませんね」
からかっちゃいけませんと人差し指で拓のでこをつついた。
明美はこちらを見つめている。怒っているが、気にせずに朝食を食べ終え、食器を台所に置きに行く。
「食器を水に浸けておいてくれると助かります~」
拓は言われるまでも無く、水が溜めてある桶に皿をつけていく。スポンジを片手に取り、食器を洗った。洗ったものは、食器用の水切りかごに入れて、自然乾燥に任せて台所を後にした。
拓は、リビングの奥にある和室の部屋に入る。襖を開ければ中がクローゼットになっていて、制服を取り出した。慣れた手つきで制服を着て、洗面所に向かった。鏡を見ながらネクタイを締める。
ヘッドフォンを取りに行き、装着した。
靴を履くためにしゃがむと、いきなり拓の耳元で、電子音声が再生された。
《システム起動。自動で設定を開始します。十秒ほどお待ちください》
「びっくりした。今回は音声付きなんだ。すごいな」
拓は驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに笑みへと変わった。新しいものへの好奇心というものは誰でもある。拓もそうだった。
《初期設定を終了しました。プログラムの再起動をします。変更がありましたら、口頭でお伝えください》
「特に無い。そのまま続けて」
靴を履き終えた時には、ヘッドフォンの起動が終わったのか、静かになった。
「今回のヘッドフォンは軽いし、いいな……」
《使用者の事を考え思考され、開発されたのが私のモデル『OCD-type a』です》
AIが解説をしてくれた。
――たしか、オールキャンサードライブだったか?
明美から聞かされた説明の中にそんな単語があったと思い返していた。
それを聞いて、性能を試したくなった拓は、5秒ほど意識を集中し、目を閉じ暗闇の中で能力を自発的に発動した。
すると、小さな光が暗闇の中で点でみえ、リビングでかたづけをしている明美の姿が現れる。
そして小さくつぶやく。
「能力遮断モード起動」
感覚でとらえていた明美の存在が分からなくなる。
まるでぷつんとテレビの電源を落としたように真っ暗だ。
「すごいな。これは……。で肝心なのはこっちなんだけど」
自分の手を見つめた。
すると明美さんがリビングから小走りで近づいてくる。
「拓ちゃん。はい、これ。忘れ物です~」
明美の手には濃いベージュの手袋があった。拓がつけている薄手のものだ。
能力的に素手で何かに触れることに抵抗があった拓が気休め程度に着用しているものだ。
「明美さん。ちょっといいですか?」
拓は明美の手を取った。
もちろん、何も聞こえないし、見えない。
「え? ちょっと拓ちゃん!」
「ああ、すいません。少しヘッドフォンの力試したくて……」
あわてて明美から手を離し、手袋を受け取った。
「明美さん、手袋ありがとうございます」
「もう! ほんとに夢中になったらすぐこうなんだから」
明美はむっと頬を膨らませてあきらめたように肩を下げた。
失敗した時や場の空気が悪くなると、拓は場をごまかすように笑ってしまう。
笑顔につられて、明美の顔にも笑顔になるが、すぐに真面目な顔に戻って指を指される。
「忘れ物はしないで下さいよ? それが拓ちゃんに必要なものだったら、困るのは拓ちゃんなんだからね~」
明美の怒り方は、本当に怒っているのか分からない。
拓からすれば、だからこそ怖いと感じるときが、あるのだが。
「気を付けます。では、行ってきます。明美さん」
「いってらっしゃ~い。最近物騒だから、あまり遅くならないようにね~」
拓は明美さんに向かって手を振って、家から出た。
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