第7話 碧髪赤眼の少女

 子どもたちに蹂躙されたノートは、まさしく命からがら逃げおおせた。街道を外れ、茂みに入り、森に抜け、ようやく一息つくことができた。とんだ遠回りになってしまったが、歩き続け、懐かしいシーレ村まであと少しの距離までこぎつけた。村の近くまでくれば、人家もまばらではあるが、徐々に目につくようになってくる。

『やれやれ…。間違っても農家の人には見つからないようにしないとな…』

 ペンギラーの特性上、傷は比較的…いや、かなり早く治る。しかし、農家のみなさんは子どもたちとは異なる。農家のみなさんは、害獣であるペンギラーには殺意をもって接する。捕らえて解体すれば食肉にもなるし、羽毛は市場で割と高値で取引される。草食のペンギラー肉は淡白ながらも臭みがなく、肉類が苦手なノートの好物でもある。ペンギラー肉の辛味噌焼き…あれはうまい。ノートは想像して身震いした。

 なればこそ、畑で野菜泥棒もせず、雑草を食べて食いつないでいる。この身体では軽率な行動は死を招く。慎重に、人に見つからないよう昼に寝て、夜に行動することにした。

この身体になって感心したのは、人間とは比較にならないほど夜目が効く。ノートの知識上はペンギラーは薄暮薄明性で、薄暗くなった夕暮れや人気もまばらな早朝に農家の畑を荒らす魔獣だったのだが、これなら十分夜でも行動が可能だ。


 もう一つ、課題が見つかった。人間と言葉が通じないことだ。ペンギラーは下等な魔物であるが、人間が魔獣言語を習得するのは容易ではない。初等魔獣言語を使えるいっぱしのビーストテイマーを探し、事情を話して保護してもらう必要がある。…もっとも、それはかなり難しい。主に、魔物の多い辺境地域で活躍する職業だけに、グランディアナ王国のように治安が行き届いた国家において、ビーストテイマーという職業は極めて希少だ。少なくとも、王宮、城下町にそのレベルのビーストテイマーは存在しなかった。


 まだほの暗い早朝。そろそろ明るくなり始める時分となった。もう少し歩いて身を隠すか…ノートがそう思い始めたころ、遠くから何やら泣きわめく声がノートの耳に入ってきた。

 泣きわめいているのは声質からして、まだ幼い女の子のようだ。ノートは一瞬迷った。しかし姿は変わっても、人間の良心は捨ててはいない。それに、女の子であればひどい目に遭うこともないだろう…そう考え、泣きわめく声の方に歩を進めた。


「うわあぁぁぁぁぁ~た~す~け~て~!」


 声は、鮮やかな緑色の菜物が整然と並ぶ畑の中から聞こえた。ノートは畝に身を隠しながら畑の様子をうかがうと、一つだけ、動いている緑色の作物があった。…いや、よく見ると緑色の髪をした女の子の頭部が、動いている緑色の作物に見えたらしい。

『野菜泥棒の女の子か…ペンギラー避けの罠にはまったな。陽が昇れば畑の主が外してくれるだろうが…』

 野菜泥棒に手を染めるような女の子だ。放してもらったとして、身寄りはいるのか?居なければ、悪い農家であれば奴隷商(王国法では禁止されている)に売られてしまうかもしれない。しかし、この身体で出て行って怖がられはしないだろうか。

ノートは考えを巡らせ、

「た~す~け~て~く~だ~さ~い~」

 憐れみを誘う喚き声に、負けた。自分もペンギラー避けの罠にかからないように慎重に、少女の元に近寄る。

「あっ!ペンギラーさん!」

『大声を出すな、今助けてやる』

 見ると、少女はペンギラー避けの罠に手を挟まれているようだった。ペンギラーは知能が低いため、簡単な構造の罠にも引っかかってしまう。人間の知恵があれば、解体するのは容易だ。…同時に、ノートはこの少女、あまり頭がよくないのだろう、そう思った。

 程なく、ノートの手羽先によって、少女は罠から解放された。

「ありがとう、ペンギラーさん!」

『もう捕まるなよ…あと、俺はペンギラーじゃない、人間だ』

「人間…?ペンギラーじゃないの?」

『悪い魔女に姿を変えられた…俺はノートという人間だ』

「ノートさんって言うんですか!私はサンゴって言います」

『…?なぜ会話が成立している…?サンゴ…君は一体…』

 ノートはふわふわな緑色の髪をした女の子を改めて見返した。燃えるような赤い目が、こちらを見つめている。額には目と同じような火を湛えたような赤色の宝石がきらりと光り輝いていた。ノートは直感した。この少女、サンゴは、人間ではない。

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