第8話 はじめてのおつかい

 神職者の端くれであるノートは生まれて初めて盗みを犯し、心の中で神に懺悔した。


「お野菜おいしいですねぇ。ノートさんもいかがですか?」

『俺は…この草を…雑草を食うからいい…』

「ノートさんは雑草がお好きなんですね!」


 碧髪の少女サンゴは、魔獣ペンギラーの姿になって初めて会話ができる相手だ。畑で話をすると畑の主に殺されかねないため、罪の意識にさいなまれながらもやむなく育ちの悪そうなものを一つ選んで引っこ抜いた。そして、野菜をエサに自分が安全だと思える場所まで少女をおびき寄せ…少女はようやく野菜にありついている。こんな状況だ。


『サンゴ、と言ったか。サンゴ、お前はなんで俺と話ができるんだ?…人間ではないのか?』

 少女サンゴは野菜を咀嚼しながら答える。

「はい!私は人間じゃありません!種族的には幻獣です!」

『幻獣…?幻獣がなぜ人里、ましてやグランディアナ王国にいるんだ?』

 幻獣が人の暮らす地域に姿を現すことは極めて珍しい。幻獣の住まう場所は人の少ない地域に限定されていることが多く、幻獣神信仰の厚い人間たちにより想定される生活圏は保護されている。


「ゴッツ様のお使いです!」

『ゴッツ様!?幻獣神ゴッツ様か!?』

「はい!私たち幻獣すべての神です!」

『伝承の魔王が動き出している今、神様も動いている…そういうことか』

 神は人間を見捨てていなかった、サンゴの言葉はノートを激しく勇気づけた。魔獣と化した体に精気がみなぎってくる。

「そうなんですよ。ララム様が寝坊したせいでゴッツ様大変なんですから!」

『寝…坊…?ララム様って…精霊神の…?』

「はい。精霊神のララム様です!えーと、ゴッツ様とララム様は1000年ごとに交互に魔王の封印を守っていて、で、今はララム様が封印を守る番なんですけど寝坊していてですね。そうこうしてる間にゴッツ様に体力の限界がきてついに魔王の封印が解けちゃったんですよ」

『ええー…』

 ノートの体から精気が抜け、ノートはしおしおになってしまった。

「で、力を使い果たして過労でぶっ倒れたゴッツ様も今は幻獣神の聖廟で床に臥せっています」

『…ララム様は…?』

「まだ寝てます!」


(…俺、神学者やめようかな…)

「このままじゃやべーよ…と思ったゴッツ様は、魔王によって世界が闇に包まれないようにするにはどうしたらいいか、数多くの可能性の未来を予言をし、世界を救う方法を発見しました!」

『おお!さすがゴッツ様!』

「とびぬけた力を持つ人間の勇者を集め、魔王の世界侵攻をララム様が起きるまで食い止めれば!世界は救われる!そんな未来を予言したのです!」

『感動した!ララム様のファンをやめてゴッツ様のファンになります!』

 なお、どうでもいいことを補足すると、神学者であるノートはこれまで二人の神様を平等に信奉してきていた。

「そして、グランディアナ王国には二人の勇者が居ると予言されました!しかし、同時に魔王軍の襲撃も予言されたため、グランディアナ王国に襲撃を知らせ、その二人を保護するために遣わされたのがこの私なのです!」

『ゴッツ様の手際はすばらしいな…その勇者の名前は何ていうんだ?もしかしたら俺の知ってる人間かもしれない』

「はい!勇者の名は剛剣の騎士ハルトと、神学者ノートです!」


『……』

「あれ、ご存じありませんか?」

『…俺だ』

「?」

『神学者ノートは、俺だ』

「……なぜそんな恰好をしているんですか?」

『さっきも言ったと思うが、悪い魔女…魔王軍幹部にやられた』

「えー!?」

『ちなみに、お前の言う剛剣の騎士ハルトは別の幹部に氷漬けにされた』

「……」

『……』


「おっかしーなぁ…ゴッツ様は寄り道せず急いで向かえばギリギリ間に合うって言ってたのになぁ…」

『……』

「どうしました?」

『…したのか』

「?」

『寄り道を、したのか』

「…えーと、グランディアナ王国の城下町には、まっすぐ来たんですよ?到着したらちょうどお祭りをやっていまして、優しいおばさんがりんご飴をくれて、焼きそばを貰って、お腹いっぱいになったら眠くなって…」

『お前ーっ!』


「いたたたたた!いたいです!いたいですノートさん!」

 ノートは幻獣の少女サンゴのほっぺたを引っ張ろうとしたが、ペンギラーの手羽先ではそれができなかったので、とがった手羽先でほっぺたにぐにぐに圧力をかけた。

『なんちゅうことを…なんちゅうことをしてくれたんだ…世界は…世界はもう終わりなのか…』

 ノートはひとしきり悲嘆にくれた後、逃避行動の一種として考え方を変えた。もっとも、パレードの最中にこんな少女が「魔王軍が襲撃してくる」と言ったとして、誰が信じただろうか。俺も含め、誰も信じなかっただろう。この少女がやらかしたことに違いはないが…嘆いていても何も始まらない。ノートは今、自分が何をすべきかを考えた。

『サンゴ、ゴッツ様はお前に俺たちを保護させてどうするつもりだったんだ?』

「詳しくは聞いていません!連れて来いとしか!」

 本当に聞いていないのだろうか、聞いたけど忘れているだけではないだろうか。ノートはいぶかしがった。

『…わかったサンゴ。俺をゴッツ様のところへ案内してくれ』

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