第2話 王都炎上

 神学者ノートは疲れていた。騒がしいことだけでも苦手なのに、朝から夜まで続いたパレードでは、ずっと国民への見世物状態が続き、慣れないスピーチまでやらされたのだ。皆が寝静まった真夜中、先ほどまでの喧騒とは打って変わった静寂の中、ノートは一人王宮のバルコニーに立ち、握手で腫れた手をひんやりした石造りの手すりで休ませた。


「もう寝ろノート、明日は早いぞ」

「お前もな、ハルト」

「俺は昔から体が強いから大丈夫だ。お前は昔から疲れると体調を崩しやすいからな。兄貴分としては心配なんだよ」

 ハルトは昔からこうだった。村の子どもたちの中でリーダー的な存在。ケンカも強いが気が優しく気も回る。ノートは子どものころから彼には助けられてばかりだと思っている。

「ああ、もう少し休んだら寝るよ、兄貴」

 ノートは少し笑顔を作り、

「おう」

 ハルトはそれ以上の笑顔を作って答えた。


 その時、


 ドン!


 突如発生した爆発音が大気を揺らし、バルコニーから見える城下町が炎で赤く染まった。


「!?なんだ!?」

 戸惑いの声をあげる間にも、城下町の炎は範囲を広げていく。その景色の中、黒点がまっすぐこちらに近づいてくるのを二人は認めた。


「ノート!」

 黒点の正体にいち早く気が付いたハルトは、声をあげるのと同時に腰に下げていた剣を抜いた。ノートは一瞬遅れて臨戦態勢を取る。

「魔物…か!」


 黒点はノートの眼鏡越しでも人の姿と認められる大きさとなり、やがて、バルコニーの手すりを挟んで二人と対峙した。


「こんばんは。人間」

 女。ウェーブのかかった赤髪に鋭い濃紺の眼。帯状の黒い布を体に巻き付けた煽情的な装いの女。しかし、手すりの向こう側で宙に浮いていること、そして、ノートとハルトを『人間』と表現したことが、ただの女ではないことを物語っていた。


「良い夜ね。みんな遊び疲れた子どものように泥のように眠っている…襲撃にはもってこいの、ね」


「何者だ、貴様」

 ハルトは美しく光を放つ剣の切っ先を女の正面に据えたまま、女を問いただす。ハルトのその剣は、今日のパレードでグランディアナ王から授かった、王国に伝わる宝剣の一振りだった。

 女は質問に答えず、右手を前に差し出し、ぱちんと指を鳴らした。瞬間、ハルトとノートを爆炎が襲った。


「無事か!?ノート!」

 王国随一の騎士ハルトは、女の動作から一瞬で危機を察知し後ろに数歩飛び退き、難を逃れていた。


「ハルト、この女は魔族だ。対魔術モンスターのフォーメーションを取る」

 爆炎の収まった中から姿を現したノートは涼やかな顔でハルトに答えた。


「面白いわね、あなたたち。名乗る必要はなかったのだけれど…私の前に立った人間は、みなすぐに死んでしまったから」

「首だけになって名乗れるのであれば名乗りは不要だ」

 ハルトは、ノートの陰に隠れるよう立ち位置を直し、そう言った。


「神学者に騎士といったところね。なかなかの手練れ…」

 ぱちん

 ドン!

 女は指を鳴らし、再度爆炎を発現させる。

 しかし、今度の爆炎には二人とも身動き一つしなかった。


「ふふ…魔物とも大分戦い慣れているよう。いいわ…教えてあげる。私はレミラ。魔王軍幹部 深緑の魔女、レミラ。覚えておいてね…命があれば、だけれど」


「魔王…軍…やはり復活していたのか、魔王!」

 前衛に立つノートは一層警戒を強め、

「深緑の魔女レミラか…討伐軍結成初日にして、幹部を打ち取ったことを報告できるとはな!」

 後衛のハルトは意気をあげる。


「それにしてもバカな人間たちね。大々的に魔王討伐隊結成のパレードなんてやっちゃって。そんなパレードやったらその隙を狙われるに決まってるじゃない」

「…くっ!」

 二人はぐうの音も出なかった。レミラはなお、小馬鹿にするような口調で続けた。

「討伐軍がやってくるまで魔王様がのんきに待っているとでも思った?」


「うっ、うるさい!飛んで火にいる夏の虫!やっつけてやる!」

「さあ…どうかしらね」


 レミラの言葉が言い終わった瞬間、がハルトよりも更に後方…王宮の上階の方で轟音が鳴り響いた。

「まずい!あちらは王の…」

「ハルト!ここは俺に任せろ!王の元へ!」

「ノート…しかし」

「対魔物は俺の専門だ。行け!」

「…わかった。死ぬなよ、ノート!」

 ハルトはレミラに背を見せず警戒しながらも、数歩飛び退き王宮内に消えていった。


「ノート、と言ったかしら。侮られたものね、魔王軍幹部に対して一人で立ち向かおうなんて」

「侮る?…違うな。侮られたんだ。俺の方が、お前にな」

 一人、レミラと対峙したノートは、伸縮式の神杖を腰帯から取り出し、構えた。

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