第1話 神学者ノート

─第七精霊紀60年


 『魔王討伐隊 結成について』


 グランディアナ王国に、このように書かれた高札が立てられた。

 高札の掲示には、

  ・近年魔物の動きが活発であり、魔王が復活した可能性があること

  ・そのため、王国の選りすぐりの者にて魔王討伐隊を結成したこと

  ・魔王討伐隊の主だったメンバーの名前

 そして、最後に小さい字で、魔物への対策のため増税を実施する旨が書かれていた。


 国民のもっぱらの関心ごとは、魔王討伐隊のメンバーだった。もちろん増税も困るのだが、それ以上に魔物の被害に困っていたからである。


 魔王討伐隊のメンバーには、この物語の主人公の名前もあった。

 『神学者 ノート』


─────


「浮かない顔だな、ノート」

 口を真一文字に結び難しい顔をして王宮の廊下を歩いていたノートを呼び止める声があった。


「ハルトか。この顔は生まれつきだよ」

 ノートを呼び止めた男は、二つ年上の幼馴染ハルトだった。

「何年来の付き合いだと思っている。お前がそんな顔をしているのは『面倒だ』と思っている時だ。ついこの間のメリルの誕生パーティーでも同じ顔をしていたぞ」

 ノートは、先日行われたハルトの妹のメリルの誕生パーティーのことを思い出し、ばつが悪そうにほんの少し眉にしわを寄せた。


 あの誕生パーティーは散々だった。ハルトの四つ下の妹でメリルの十六歳の誕生パーティーで、うっかり酒に酔ったメリルが大暴れをしてパーティーは地獄絵図となり、ノートもこてんぱんにのされてしまった一人だった。


「すまなかったと思っているよ」

 無言でいるノートに、ハルトが謝罪した。

「あれでも王国聖騎士見習いなのだろう?部下の教育はしっかりしろよ。そもそも未成年の誕生パーティーに酒など用意するな」

 メリルは十六となり、ハルトの所属する王国聖騎士に見習いとして入隊した。ハルトにとっては部下になるはずだった。

「残念ながらそうも行かない。明日から俺はお前の同僚だ」


 魔王討伐隊のメンバーには、王国聖騎士ハルトの名前もあった。ハルトは若いながらも王国聖騎士隊では随一の剣の腕を持ち、ノートとともに魔王討伐隊の中核メンバーに選抜されていた。そのため、王国聖騎士隊からは魔王討伐隊の正式結成をもって除隊となる。


「しかし…最近の魔物の動きはどうにも妙だ。凶暴性が異常に増している上、近隣の村では魔物の目撃が相次いでいる」

「ああ、聖騎士隊は大変みたいだな」

「まあ出動したらペンギラーの集団だったってこともあるけどな」

「ペンギラーなら増税で苦しんだ農民の家計の助けになるだろう」

 ペンギラーとはこの世界で最弱とされる魔物だ。鳥のようにも見えるが空を飛ぶことはできない。鋭い嘴と羽によるビンタで人に害を為すが、せいぜい子どもが泣かされる程度の攻撃力だ。なお、肉は食用になり、羽毛は高級寝具にも使われるため、農閑期には農民によるペンギラー狩りが行われ、農民の良い副収入となっている。


「しかし、そんな日常も今日までだ。頼りにしてるぜ、神童ノート」

「ハルト、俺はもう神童という歳でもない」

 神学者ノートは神童と呼ばれ、若くして王宮仕えとなった。十八となった今やすべての神術式を極め、王国一の神術使いとなっていた。そのため、魔王討伐隊のメンバーに選ばれたことは王国の誰もが納得していた。「ノートであれば、魔王といえど必ず倒すであろう」と。

「気を悪くするな、ノート。明日からよろしくな」

「ああ、俺も頼りにしているよ、ハルト」

 ノートも、魔王討伐隊に選ばれたことは栄誉だと思っていた。幼いころから気心の知れているハルトがメンバーに居ることも心強い。ハルトに浮かない顔と指摘をされたのは、明日、王国をあげて盛大に行われる魔王討伐隊結成パレードに出席するのが億劫だからだ。子どものころから読書の虫であったノートにとって、騒がしいことを好む性分ではなく、むしろ静かに読書を楽しみたい性質なのだ。

 そんな性質を察したハルトは、ノートとの立ち話を打ち切った。去り際にもう一言ずつ交わして。


「そういえば、ノート。そのメガネはどうしたんだ」

「いつものメガネはお前の妹に壊されたんだよ」


 ノートは、言葉を返しながらサイズが合わないメガネの位置を直した。

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