第3話 神のいたずら
「顔はかわいいのに…かわいくないわねぇ」
ノートの言葉に深緑の魔女レミラは笑みを湛えつつも不快感をあらわにした。
「お喋りは終わりだ。苦手なんだ。特にお前のような品性の欠けた女はな」
その言葉が引き金となった。
ノートを中心に爆炎が数度発生する。
「品がないうえに知恵もないのか?深緑の魔女」
レミラの生み出す爆炎は、ノートの服をほこりで汚すことすらできていない。
「チッ…神術の結界ね…鬱陶しい」
ノートの足元には、ノートを中心に白く輝く魔法陣が展開されていた。
神式─神学者や聖職者が扱う、結界術に分類される術法である。
神が残したとされる「神式魔法陣」を展開し、主に邪気を退けるなどの効果を受ける。
神式は体の一部からか、または体の一部触れている場所に展開をすることができる。
神学者ノートは十八の若さにしてありとあらゆる神式を記憶している。さらに、神童と呼ばれた彼は常に足元の地面に邪気鎮護の神式を展開しながら魔物と戦う芸当をも身に着けている。故に、彼は対魔物との戦闘において傷一つ負ったことがない。対魔物においては、彼は聖騎士を差し置いて王国一の戦力となる。
「水の精よ!深緑の魔女の名において命ずる!」
爆炎が無効と見るや、レミラは水の魔術を発動した。レミラの声に呼応し、ノートの足元に無数の水柱が発生し、渦となってノートを巻き込んだ。
しかし、水ですらもノートの袖先を濡らすこともできない。
「無駄だ。俺の神式はすべての邪な魔術をキャンセルする。そして…」
ノートの左手の神杖がばちばちと音を立て白く光り輝く。
「この軽い杖でも俺の神式を付与すれば魔物にとっては伝来の宝剣よりも強力な武器となる。神式を付与した武器の一撃は邪な者には雷精の精霊魔術を食らうような感覚らしい。もっとも、人間の身でその感覚を味わうことはできないがな」
ノートの神杖は、魔女レミラにとってさながらスタンロッドのような凶器となる。いつしかレミラの表情から余裕の笑みは消えていた。自分の攻撃はすべて無効化され、対して相手の攻撃は一撃でかなりのダメージを負うことが想定されるのだ。割りにあったものではない。
「覚悟しろ!深緑の魔女レミラ!」
ノートはかっこよく決め台詞を叫ぶや、レミラに向かって突進した。
「くっ!」
レミラは空を浮遊し、なんとかノートの神杖の届かない範囲に逃れようとする。しかし、ノートの接近は速く、中途半端に宙に浮いただけだった。
「喰らえ!」
「わかりました!降参しますから許して!」
焦ったレミラはノートを油断させようと命乞いをするフリをした。
「駄目だ!許さない!」
ノートは命乞いに律儀に返事をしながら、空中のレミラを杖で思いっきり殴打するために力強く地面を蹴り、跳躍した。
「くっ!風の精よ!私を守りなさい!」
レミラは咄嗟に風の魔術を行使し、強風で自らの身を守ることを優先する。
ぱきん
その時、ノートのメガネが風に煽られ、乾いた音を立てた。細い柄の部分が折れ、ノートの顔からぽろりとこぼれる。
ノートが跳躍した瞬間、地面に展開していた神式の効果は途絶えていた。ノートのこれまでの戦歴において、空を飛ぶ魔物との戦闘も多数経験していたが、害を為す魔術に狙われても結界を付与した杖で祓うことができるため、絶対防御にほころびはなかった。しかし、今回はノートに対して害意のない風の魔術だったことが災いした。
「しまった!メガネがぁっ!」
ノートが振り下ろした神杖は、目測を誤り空を切る。深緑の魔女レミラは、そのわずかな一瞬の勝機を逃さない。
「雷の精よ!」
短い言葉と同時に閃光がほとばしり、ノートの体に電流が走り、ノートは石床の地面に叩きつけられた。
「雷の精よ!」
「雷の精よ!」
「雷の精よ!」
「雷の精よ!」
深緑の魔女レミラによる雷の精霊魔術は、ノートが動かなくなるまで続けられた。ノートがいつも使っているメガネが、ハルトの妹に壊されていなければ勝負の行方は異なっていただろう。しかし、神のいたずらか、神学者ノートは敗北した。
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