第14話:シオン

 午後のレッスンも終わり、

心地良い疲労感に包まれていた。


 久しぶりに、本気になって

ピアノを弾いた。


 何も考える事なく、集中できたのは

嬉しい。


 だが、一つ気にかかる事があった。桐山の事だ。


 これまで、桐山には世話になってきた。


 彼なりに復讐心から龍崎家、

乗っとりを模索してるンだろうが

・・・・


 それにしても、丸一日、顔も

出さなきゃ連絡もつかないなんて

、今まで無かった事だ。


 リビングに戻るとママ母がヒステリックに喚いていた。


「シオンが見つからないのよ。」


 ど~した。大事なシオンちゃんがどっかに行っちゃったって言うのか。


「お昼過ぎに出掛けて・・・スマホも繋がらないし・・・」


 そんなに大事なら貸し金庫の中にでも仕舞っておけって・・・


 レンもママ母の気を逆撫でる

ように、

「大丈夫ですよ。子供じゃないンで・・・」お前が言うな。


 ママ母はキッと睨んだ。


 レンは、へへっと舌を出した。


「黒木は・・・」


「黒木さんは・・・」家政婦の武藤。「旦那様のお迎えに・・・」


「ああ・・そうね・・ったく、」


 ミラはヤレヤレと言う顔で、

「も~、少しは落ち着いてよ。」と宥(なだ)めた。


 まったく騒々しいぜ。大の大人が一人、消えたくらいで・・


 そういえば、桐山の姿は・・・


 あたしは、みいなを手で招き、

スマホの桐山のアドレスを見せた。


「ああ、桐山先生ですか・・・

そうですね~・・・。

見ませんね~。今日は・・・」


「じゃ、行ってみる~。」

 レンがそう言うと、車イスを押し、猛ダッシュ。


 おい、運動会の借り物競争じゃないんだ。そんなに急ぐなって・

・・・


「待って下さいよ~。」みいなも追いかける。


 家族は、露骨に嫌な顔を見せた。


 やっと着いた桐山の部屋。


 レンは鍵穴を針金状のモノで細工した。


 こいつ・・・


 鍵も開けられるのか・・・。やっぱ、油断できないヤツだ。


 部屋の中は空っぽだった。

レンは、まるでフライング・ボディアタックをするようにベッドに飛び乗った。

 元気のいいガキだ。


 机の上にファイルが幾つか乗っていた。


 何気に取って見てみると、新聞の切り抜きのコピーがあった。


 コピーには、A子という女性がレイプされ自殺したとあった。


 何かの手懸かりなのか。


 レンは、あたしの肩にアゴを乗せ、そのコピーを覗き見た。


「へ~、あの事件か・・・・」


 あの事件・・・何だ。

ったく、抱きつくな。

重たいンだから・・・


 あたしが目で訴えると、

「光輝の彼女だろ。」と事もなげに言った。


 光輝の彼女だって・・・


 こいつは何者だ。どこまで知ってるンだ。つくづくレンが恐ろしくなった。


「光輝さんって・・ヒッキーでデイトレーダーの・・・」

みいなが聞いた。


 お前は、余計な事に首を突っ込むな。


 とにかく、ここのヤツらは全員、変わり者ばっかなのか。


「ホラ、あっちの方に別宅があってさ。」窓から指を差した。


 木々が邪魔で見えないが、あっちの方なんだろう。


「初めは、シオンが勉強するとか言って使ってたらしいけど・・・だんだん仲間を連れ込むようになって・・・」


なるほど・・・、


「あ~、そうですね。ヤンキーたちには格好の溜まり場ですからね~。」


 みいなが明るく応えた。

確かに、そうだ。


「っで、大人しく勉強するワケがなくって・・・女にタバコに酒・

・・・仕舞いには薬って、ね。

お決まりのコース。」


 何で、お前がそんなに詳しいンだ。


「っで、やっちゃったンですか~。」お前、そんな明るく言う事か。


「ま、ぶっちゃけね。」おい、ぶっちゃけるな。もう少し説明しろよ。


「それが光輝の彼女だったンだ」とレン。


「へ~・・」


 ったく、何なんだ。この軽さは

・・・・


「っで、自殺しちゃったンですか~。」

お前、少しは手加減しろよ。


「そぉ、それも別宅で・・・」


「そりゃぁ、ヤバいですね。」


「ヤバいよ。マジで・・・」

あのね~、お前らの下らない漫才に付き合ってられね~ンだよ。


「だけど・・この記事じゃ、別のトコで見つかってますよね。」


え・・・、何だ。

そんな事、書いてあったか。

あたしは、また記事を見直した。


「ハハ、そんなの当たり前だろ。龍崎仁だぜ。遺体なんか、どっかに運ぶさ。」


 お前な~・・・


「うっわ~、怖ぁ~・・・あたしも下手すると、ひと知れず、どっかに埋められちゃいますね。」

思わず舌打ちしそうになった。


 フン、こいつも、ひと癖もふた癖もありそうだ。


「っで、光輝はヒッキーになっちまったってワケさ。」


「そ~なんだ~。」


何だその楽観的なモノの言い草は・・・。


 あたし一人、ハラハラドキドキしてなきゃいけね~のかよ。


「あ、どうぞ。良かったら持って行きなよ。」

レンはファイルをまとめてあたしに寄越した。お前のモンじゃね~だろ。


 ったく・・・・


 リビングに戻ると、ママ母は、

さらにヒートアップしていた。


 シオンのバンドメンバーに連絡をつけたいらしいが、誰も連絡先がわからない。


「黒木は・・・」

しまいに、ママ母は運転手の名前を出した。


「だから、知らないって・・・

バンドメンバーの名前すらね・・

・・・」

ミラもお手上げ。


「私も、芸名のような名前で呼び合ってる事しか・本名すらわかりません」

と武藤サクラが済まなそうに応えた。ママ母のイライラは止まらない。


 ミラは防犯カメラをチェックし

、シオンが玄関を出た映像は

確認した。


 だが、以降の足取りが捕捉(つか)めない。


「別宅に行ったンじゃないの。」レンが、無邪気に言った。

一瞬、ママ母たちの表情が曇った。当然、レイプ事件の事が過ったのだろう。


「悪いけど・・・サクラ。行って来てくれない。」

「え、はい・・・?」

躊躇していた。そりゃぁ、そうだろう。子供じゃないんだ。


「ですが、お食事の用意は・・

・・」


「そんなのは、ど~だって良いのよ。」ヒステリックに怒鳴った。


 そんな事はないだろ。

こっちだって腹を空かせてンだ。だが、あたしは、スッと手を挙げた。


 ママ母が眉をひそませた。


 あたしが見に行こう。シオンが心配だからじゃない。


 一度、その別宅ってヤツを拝みたいからだ。


「じゃ、ボクも行くよ。」

とレン。


「あたしも・・・」みいなが続いた。一気に遠足モードだ。


「あの・・では、お願い出来ますか。」武藤が頭を下げた。


 あたしは笑顔で応対。車イスから立ち上がった。


 リハビリには調度いい。

別宅まで行くとするか。その時、チャイムが鳴った。


 そのチャイムの主こそ、この龍崎家の今後に大きく関わる事になろうとは、この時は誰も考えもしなかっただろう。


 1000億の遺産を巡り、血みどろの争いの火蓋が切られた。









































































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