第13話:龍崎光輝

 午前中のピアノのレッスンを終え、リビングに戻ると、見慣れない男が席に着いていた。


「光輝~ーー❗」

レンはすぐに飛び付いた。

お前は、女でも男でもいけるのか。


 長男の龍崎光輝だ。

ヒッキーだったが、オヤジの

遺体を遺棄するのを手伝って

もらった。


 車で奥多摩に埋めると言っていたが、いつ戻ったのかは定かではない。

さすがに疲労の色は隠せない。


「久っさしぶり~。何か元気なさそうジャン。」

抱きついて離れない。


 光輝は困った顔で、

「わかったよ。何がほしいンだ。」何だ。金か・・・


「新しいゲームが出たンだ。」

フン、現金なモンだ。

金を貰うとさっさと離れ、あたしの元へ戻ってきた。


「光輝様も、こちらで召し上がりますか。」

家政婦の武藤サクラが聞いた。


「そうですね・・・」

人と視線を合わせない。


「やっぱ、デイトレは大変なんだろうね。疲れてるみたいだ。」

レン。


「ああ、気が休まる時がないからな・・・」

なるほど・・・お疲れモードは、デイトレって事で・・・


 よくは知らないが、株取引は、アメリカの経済と連動してる。


 情報戦争と言って良い。

気を抜けば大損する事も免(まぬが)れない。


 彼は、あたしの正体を知っている。榊ルナだという事を・・・・


 それを承知で、オヤジの遺体を遺棄してくれた。


 何でヒッキーなのかは知らないが、この屋敷で味方と呼べる数少ない男だ。


 もちろん、全面的に信頼する事は出来ない。彼がオズの可能性が最も高い。


 何しろ、防犯カメラの画像を見ているのだろうし、真夜中に、あたしの部屋へ侵入するのも彼なら容易(たやす)い事だ。


 オヤジがどうしてあの場にいたのかは、解らないが、監視カメラでオヤジを捉えた光輝が、地下室で刺し殺し、あたしを呼び、慌てている所に出てきて助けてくれた。とも考えられる。


 つまり自作自演だ。

だが、もうひとつ腑に落ちない事がある。


 いったい誰が、地下室の血痕を拭い去ったのかだ。


 もう一人、共犯者がいるのか。それとも、オズは別人なのか。


 今の所、確たる証拠もない。家政婦の用意してくれた昼食は格別な味だった。願わくば、こんな緊張する屋敷じゃなくリラックスする場なら美味しくって笑顔も絶えないだろう。


 しかし・・・


 全く気が休まらない。完全アウェイだ。中東のサッカー予選よりタチが悪い。


 さらに、ドS姉さん、ミラの登場だ。火に油を注ぐ感じだ。

「あら、誰かと思ったら、光輝さんじゃない。お久しぶり。」

「ああ・・・」顔も見ず黙々と食べていた。

「昨日は散々だったわね。」家政婦のサクラに言った。

「ええ、すごい嵐でした。」

「停電になったンですって・・・・」

「はい、地下のバッテリーに不具合があったようです。自家発電に切り替わりませんでした。」

「何それ、何のための自家発電よ。いざって時に役に立たないで、」

これ以上、ここにいたら消化に悪い。胃がおかしくなりそうだ。

早々に退散しようと思ったが、


「桐山は・・・」とミラが聞いてきた。


 そういえば、朝から見ていない。


 いや、真夜中からずっと姿が見えない。


 もちろん、彼も弁護士という仕事がある。あたしの面倒だけみるワケじゃない。レンと介護士の高松みいなが出てきたおかげで、あたしを構う必要がなくなったのかもしれない。

 だが、ひとつの疑惑が過った。オズは、桐山ではないかという疑いだ。


 桐山がオヤジを呼び出し殺したのではないか。桐山にとってオヤジは邪魔な存在だ。


 そして、殺した後、オズを騙り、あたしを地下室へ呼び、車イスで遺棄するため運び出している内に床の血痕を拭うという事だ。


 桐山ならそれが可能だ。

だが、今、姿を現さない事の理由にはならない。


 シオンのスマホが着信メロディを奏でた。自身のインディーズ・バンド、オズの一曲だ。着信画面も確認せずに、

「もしもし・・・」と反射的に出てしまった。


<シオンさんですね。>

機械で音声を加工しているのだろう。耳障りなほど甲高い。

「ああ・・・あんたは・・・」

<私はオズと申します。>

「オズだと・・・ふざけてんのか。」

<いえ、あなたのバンドと同じだって言うことは承知です。>


「フン、っで、何だ。ランチのお誘いか・・・」

<いえ、実は榊純一さんの事でご一報を・・・>

「榊・・・フン、何だ。酔っぱらって喧嘩でもして捕まったのか。」

<いえ、殺されたンですよ。>

「は~・・・、ふざけるな。」

<フフ、どうしても信じられないのなら、裏庭にある別宅に来て下さい。>

別宅・・・フン、

「なるほど・・・光輝さんか。あんた・・・」

<さぁ・・どうでしょう。>

「別宅の事を知ってるのは・・・数少ない。光輝さんとお父様・・・それに・・・」

<それに・・何です。>


「いや・・・別に・・・フン、わかったよ。いつ行けばいいんだ。」

<そうですね・・・。今すぐ来てください。>

「フン、わかった・・・」


シオンは、そのままリビングを通っていった。家政婦の武藤サクラが、

「あ、シオン様。お昼の用意が出来てますが・・・」


「ああ、わかった・・・後で頂くよ。」と言って、屋敷の玄関から出ていった。


 防犯カメラがシオンの姿を捉(とら)えられていた。

裏庭の別宅は、シオンたちの隠れ家だった。


 初めは勉強部屋として使っていたが、やがて、仲間を呼ぶようになり、しまいには、夜通し別宅で騒いでいたモノだ。


 そして、いつの間にか、仲間たちは酒やタバコ・・・

さらに薬を扱うようになっていった。


 そして、事件が起きた。ある夜、仲間たちが、ひとりの女性を引き釣り込んできたのだ。その女性は光輝の恋人だった。


 そんな事も知らず、スタンガンで気絶させ、薬を使ってレイプした。


 それだけなら、まだしも・・・彼女が手首を切って自殺を計ったのだ。


 そのため、当主、お父様の龍崎仁が動いた。この龍崎家で不祥事が起きるとマズいと思ったのか、事件をウヤムヤにしてしまった。


 その結果、光輝は引きこもりになったのだ。


 別宅へ着くとまた着信メロディが流れた。


「もしもし・・・」

<ああ、シオンさん。どうぞ、中へお入り下さい。>


「フン・・・、」

ドアの鍵は掛かってなかった。

中へ入ると、かび臭い臭いがした。


 鼻がムズムズして、くしゃみが出そうだ。


 その時、背後で何かが動いた。ハッとして振り向くと、

「何だ。あんたか・・・脅かすな・・・あんたがオズなのか。」

オズはゆっくり頷き近寄った。


 そして手に持ったスタンガンをスッと上げた。


「な・・・!」

バチバチッとシオンの首筋で火花が散った。


「あっげ・ぬ・・・」

悲鳴とも絶叫ともとれない声を上げそのまま意識が遠退いた。


 そして、そのまま意識を取り戻す事はなかった。


 二度と・・・・

































































































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