第11話:嵐の一夜

 夜になってから降り始めた雨は徐々に激しくなり夜半には音を立てて降りつけた。


「スッゴ~い。嵐ですね。」

 みいなが言った。


 彼女が言うと何でも楽しげに聞こえる。レイラ専用の介護士兼家政婦だ。


 風呂の手伝いも彼女がやってくれた。彼女なら正体がばれる事もないだろう。何せ、本物のレイラを知らないのだから、比較しようがない。


 真夜中、ベッドで横になって考えていた。あのオヤジがこのまま引き下がるとは思えない。


 いつかは、また脅迫まがいの事を仕出かすだろう。


 落雷が轟く。近くの落ちたのか、地響きまでしてきそうだ。

そこへ着信メロディ。あたしのスマホだ。

 桐山が用意したヤツ。


 着信画面には非通知と出ていた。

 どうする・・・出るか。


 それとも無視するか・・・・、


 着信メロディは鳴り続いた。

 ふ~と息をつき、通話ボタンを押した。


<フフ・・・、もしもしレイラか。>

 機械で声を変えている。

 思った通りOZ(オズ)だった。

「・・・・」


<オズだ。ちょっと大変な事態になってね。

地下の施設まで来て欲しいンだ。>

 何、言ってンだ。

 大変な事態だって・・・


 どうして、こんな夜中にあたしが行かなきゃなんね~ンだ。


<来ないと事態が悪化するんでね。

どうする、来る。来ない。>

 知るか。ナンパしてンのか。

 お前は・・・・


 通話は向こうから切ってきた。

 勝手なヤツだ。いったい誰なんだ。


 事態がどう悪化するんだ。

 ど~する・・・

 結局、あたしは車イスで地下室へ向かった。

 どの道、寝られそうにない。


 屋敷の廊下は誰もいない。

 こんな時間に起きてるヤツなんかいる訳がないか。


 エレベーターを使い、地下室へ向かった。


 だが、そこで待ち受けていたモノは、

ありがたくない代物(シロモノ)だった。


 いや、それ処(どころ)じゃない。

 最悪の事態だ。


 地下室のドアを開けると、

目に入ってきたモノは、

血塗(まみ)れで倒れてる男だった。


 うっと呻き、一瞬、オズに

嵌(は)められたと思った。

 オズの犯行に違いない。


 しっかし、この倒れてるヤツは誰なンだ。

 あたしから見える角度じゃ顔は全然見えない。


・・・身体つきからして、中年、

当主の弟、マモルか。


 シオンだったら、もっと若い。

 まさか、桐山ではないだろう。

顔の見える方へ回り込むと、

「・・・!!」

 思わず、悲鳴を上げそうになった。


 オヤジだ!!


 倒れてるヤツは、間違いなくオヤジだった。

 なんでオヤジが屋敷の中で・

・・


 あたしは手で口を抑えた。

ヤバい。確かに、この状況はオズの言う通り大変な事態だ。完全に死んでいるようだ。血の量が半端じゃない。


 どうすれば、いいんだ。


 もしここでオヤジの遺体が、

発見されれば、真っ先にあたしに

容疑がかかる。

 そうなれば、綿密に捜査が行われ、

指紋を調べられれば、あたしが榊ルナだと

バレてしまう。

 ヤバい。


 この遺体をどうにかしないと・

・・・

 あたしが有力な容疑者にされちまう。


 とにかく、ここに遺体を置いて

おくのは具合が悪い。だが・・・・


 あたしには、遺体を運び出すだけの腕力がない。

 その時、背後に動く影。誰だ❗犯人か。


 振り向くと、ニット帽にサングラス、マスクをした怪しげな男が立っていた。

 犯人か。強盗?

 悲鳴を上げそうになった。

 だが、怪しげな男は、マスクをズラし、

「違う。オレじゃない。」

 必死にアピールをした。


 じゃぁ、誰だよ。

 この状況じゃ、犯人だって間違いなくオレじゃないって言うだろう。


「オレは、光輝だ。龍崎光輝。」

 コウキ・・誰・・・?そうか。ヒッキーの長男・・・龍崎光輝か。やっと判別できた。


 サングラスを外し、ニット帽を脱いだ。なかなか精悍な顔立ちだ。

 サングラスやマスクで隠しているのはもったいない。

 その光輝がナゼこの地下施設にいるのか。不思議だが、この際、議論しても始まらない。


「レイラ・・・ここに榊の遺体があるのはヤバいだろう。」

 あたしは目を細めた。どうする・・・彼に手伝ってもらい遺体を移動させるか。それとも通報して、全てを諦めるか。二者択一だ。


「オレが遺体を運ぼう。」

 な、あたしに恩を売る気か。

 それとも真犯人なのか。

 こいつがオズで、あたしをここに誘い出したとも考えられる。


 監視カメラであたしを見ていて、ここに来たンだろうか。

「何であんたがここに・・・」

 あたしは絞り出すように声を出した。

「フフ、やっぱ声も似てるンだな。」何を感心してるンだ。

「榊ルナなんだろ。あんた・・・

・」

 クッソ~・・、やっぱバレバレじゃね~か。どうする。


「あんたがオズなのか。」

 あたしは直球を投げた。

「オレが・・・違うよ。オレはオズじゃない。」ま、オズであってもオズじゃないって答えるかもしれないし・・・・、


「どうするンだ。オヤジさんの遺体がここで見つかったら、警察が綿密にキミの過去を洗い出すだろう。」

 わかってる・・・。

 あんたに言われなくたって・・

・・

「あたしがやったんじゃない。」

 掠れるような声で言った。

「わかってるよ。お前じゃないって事は・・・・」

 う~ン・・・どうしたら・・・よし、仕方がない・・・

「手伝ってくれ・・・・」

「ああ・・・まず、遺体を車イスに乗せて外へ運びだそう。」

マジか・・・・

「オレの車で運んで奥多摩かどこかの山中に埋めれば、そうそう見つからないだろう。」

奥多摩山中か・・・確かに、当分は見つからないかもしれないが・・・・

「シオンか、誰かに呼び出されて来たンだろう。」オヤジか。まぁ、そうかもしれない。それで、のこのこ地下室に来て刺殺されたって所か。

オヤジの遺体を車イスに運びながら、光輝が言った。

「犯人は、屋敷の中にいる。」だろうな・・・。いったい誰なんだ。

シオンか・・・それとも・・・黒木、ママ母ら・・・

そして、叔父夫婦・・・家政婦たち・・・・・・

それに・・・レンか・・・

最後に・・・桐山の線も捨てきれない。

とにかく、犯人探しは当面置いておこう。車イスに乗せ、ニット帽、サングラス、マスクをつけ、上着を着せて、何とか外見だけでも体裁を整えた。

屋敷のヤツらに見つかったら、一発でアウトだ。

特に、ママ母連中には気をつけないと・・・・

取り敢えず、血痕は後で拭うとして遺体だけは片付けないといけない。

エレベーターで階上へ運び、裏口へ運ぶ算段をつけた。

よし、これで、抜け出せると気が緩んだ瞬間、不意に背後から声をかけられた。

「レイラ様~❗❗」ひっと悲鳴をあげそうになった。声の主は高松みいなだ。

「ど~したんです。こんな時間に~。」

お前がど~したんだよ。何で、こんな真夜中に起きてるンだ。

「寝れないンですよ~。ホラ~、何か旅行先って寝れないじゃないですか~そういうタイプなンっすよ~。あたしって。」

知らね~よ。お前が寝れようが寝れまいが・・・とにかくそのキンキンするアニメ声を何とかしろよ。他のヤツらも起きてくるだろ。

幸い、車イスの遺体はみいなからは、後ろ姿しか見えない。

「あの~・・・そっちの方は・・・」光輝を示した。

「ああ・・、オレは・・光輝だ。」顔を背けたまま応えた。

「コウキさん・・・え~っと。」

「長男だよ。長男の光輝だ。」少し声を荒げた。

「ああ、あのヒッキーだって言う。デイトレで儲けてる人ですか。」

おいおい、かなり失礼な事をズケズケ言うな。家政婦も兼ねてンだろ。

「ああ・・そうだが・・・」仕方なく応えた。

「レイラ様こそ何してるンです。こんなトコで・・・」

え・・頼むよ。追求するな。

「ちょっとね・・・」光輝が割って入った。

「あ、そちらの車イスの方は・・・」顔を見ようと、回り込んできた。

だが、あたしはマンツーマンディフェンスの要領でガードした。

「お父様だよ。ちょっとこれから・・・愛人のトコへ行くんで、他の人たちには黙っていて欲しいンだ。特に・・・奥様とミラさんには・・・」

光輝が応えた。

「え・・・ああ・・そう、愛人・・・ですか・・・」ちょっと困惑ぎみ。

お前、大丈夫か・・・ソッコーでバラしそうじゃねーか。

「これ・・・」光輝は尻ポケットから財布を出しかなりの札を取り出した。

「頼むよ。内緒にして欲しいンだ。」みいなに手渡した。

「え、こんなに・・でも・・・いいんですか・・・」

「ああ、だから、頼むよ。」

「了解~❗」おいおい、声がデカいって・・・マジで大丈夫か・・・

まるでスキップをしそうな様子で、みいなは部屋へ戻っていった。

マジで今ので誤魔化せたのか。

裏口を出ると、容赦ない嵐の洗礼だ。光輝が車を取ってきてこっちへ回し、遺体を乗せた。そんなこんなで、20分ほどは掛かったか。

「後は任せとけ。地下室の血痕の方は頼んだぞ。」

あたしは、無言で頷いた。確かに、あの血痕が発見されたら、タダ事じゃ済まない。

光輝を見送り、急いでエレベーターへ引き返した。多少濡れたが、贅沢は言ってられない。エレベーターのボタンを押し、ドアが開いた所で物凄い落雷

の音が響いた。悲鳴を上げそうになったが、電気系統がおかしくなったのか。停電になった。ヤバい。

真っ暗だ。非常用の自家発電に切り替わるはずが、全然、照明が点かない。

当然のようにエレベーターも動かず、どうすればいいのか悩んでいるトコに

懐中電灯を持った家政婦の武藤サクラが出てきた。

「レイラ様・・・」あたしは、ドキッとした。どうする。なんと言って誤魔化せばいいンだ。

「どうなされたンですか。」あたしは、エレベーターの中で曖昧に笑った。

言葉が見つからない。こんな時間にエレベーターで地下に降りるなんて、怪しすぎる。

「どうして停電になったンでしょうね。地下のバッテリーに不備があるんでしょうか。」

 な、地下へ行く気か・・・

 冗談だろ。朝になってからで充分じゃね~のか。


「あ、レイラ様は戻って休んでいて下さい。私一人で確認して来ますから。」

 いや、それは不味い・・・・

 どうすりゃぁ、いいんだ。

 やっと停電が直ったのか。照明が点いた。

エレベーターも動き出した。武藤サクラが開いたままのドアから入った。

あたしはそのまま居続けるので、サクラは驚いたようだ。

「レイラ様は、結構ですよ。」いや、こっちにも都合があるんだ。

エレベーターは地下へ下っていく。どうする。サクラを引き留める算段はないか。考えているうちに、地下室へ着いてしまった。

エレベーターを出て、地下室のドアを開いた。自動的に照明が点く。

血塗れの床❗武藤サクラの悲鳴。

が、あるはずだった。しかし・・・

床は綺麗に拭かれていた。ナゼだ。どうして・・・

しかも今、掃除したように消毒液くさい。

ヒッキーの光輝が戻って掃除したはずはないし、あたしたちがオヤジの遺体を車に運んでいたのは、20分あまりだ。

そのたった20分の間に、床を掃除したのか。誰が・・・

オズか。オズが床を・・・・あたしの頭じゃ解析不能だ。

武藤サクラはバッテリーの確認を終えたのか。

「大丈夫みたいですね。」あたしは床を気にしながら頷いた。

「何か、落とし物でも・・・」あたしの様子に気付いたのか、サクラも床を見た。不味い。余計、不審を買った。あたしは、サクラの手を取り戻ろうと促した。

「わかりました。今、行きますね。それにしても・・・」もう一度床を見て

「誰か・・掃除したンでしょうか。消毒液くさいけど・・・」と呟いた。

さぁ・・あたしの方が教えてほしいくらいだ。

あたしは、どうにか自分の部屋へ戻った。

ドッと疲れが襲ってきた。ベッドに倒れ込んだ。

嵐の一夜・・・・飛んでもない出来事・・・オヤジが殺され、その遺体を運び出す羽目になるとは・・・・、誰が・・・オヤジを・・・

何で、オズがあたしに連絡をしてきたンだ。


 やっぱ、オズが真犯人なのか。

オズは誰だ。いったい何が目的だ。


 しかし・・・

疲労困憊・・・何も頭には浮かんでこない。そして、いつの間にか睡魔に教われていた。

 何も考えられない闇の世界に飲み込まれていった。















































































































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