第9話:龍崎レン
リビングには、ママ母たちと見知らぬ夫婦らしき人たちがいた。
写真じゃ見たが、彼らが当主の弟夫婦だろう。つまり、レイラにとって叔父に当たるってワケだ。
あたしは桐山に押されて車イスに乗って現れた。
「いっや~、レイラ~。心配したよ。顔を火傷したって聞いて。」叔父。
「本当、でも大丈夫みたいね。元通りになって・・・」叔母。
フン、そんなお世辞聞きたくもない。だが、レイラがそんな不貞腐れた事を言うはずもない。あたしは仕方なく笑顔で応えた。
だが、どこかぎこちない。
その時、背後から回り込んで、不意にあたしは抱きしめられた。
「うっわ~、レイラ~ーー❕❗」
な、少年!!咄嗟の事に桐山も止める隙がなかった。
「良かった~ーー見せて顔を!」
何だ。この子は・・・
一瞬、頭が真っ白になった。
そうか、レン❗
龍崎レンか。
写真の顔を思い出した。
弟夫婦の子、レンだ。
スゴい美少年だ。
まるで、女の子のような顔立ち、王子様系だろう。
レンは、両手であたしの顔を持ち、間近にマジマジと見つめた。
おいおい、メロンの品定めか。
賞味期限は切れてね~って。
ま、火傷を負った傷モンだけどな。
「レン、止しなさい。レイラさんが驚いてるでしょ。」
叔母が嗜めた。
「だって、レイラが大ケガしたって聞いて・・」
またギュッと抱きしめられた。
おいおい、こっちは怪我人だぜ。
少しは力を緩めろって・・・
「レンくん・・・」見かねて桐山が、「レイラ様は、まだリハビリ中なんですよ。」
そうだぜ。
手加減しろよ。中西学バリのベアハッグじゃね~ンだ。
「マジ、良かったよ。火傷で酷い顔になってたら、ど~しようかと思った」
泣きそうな声で言った。
確か、レンは中学生のはずだ。
こんなに異性に抱きしめられたのは初めてだ。思わず、恥ずかしくなって胸が高鳴った。
「レン、よしなさい。レイラが困ってるだろ。」
叔父が言うが、レンは離れず、
「だって・・・レイラが・・・」
とうとう泣き出した。
仕方なくあたしはレンの頭を撫で、あやすような形になった。何だ、あたしはお前のママか。
桐山も叔父夫婦もママ母たちも半分呆れ顔だ。レンは、華奢な身体つきだ。
あたしよりも一回り小さい。見ようによっては、美少女と言っても可笑しくない。
こんな弟がいたら、良いだろうとは思うが、今の状況では難しい。
ただでさえ、中東のサッカー予選並みにアウェーなのだ。
これ以上、敵を増やすワケにはいかない。
「レイラ、一緒にピアノ弾こう」
突然、レンはムチャぶりを言ってくる。一緒にって何だ。
連弾か・・・
そんなのやった事ね~よ。
「あら、聴きたいわ。」
ママ母は明るく促した。
だが、桐山が、
「すみません。リハビリが済んでからにして下さい。」とやんわり断った。
「そうよ・・」と叔母「レイラさんも退院したばっかなんですから」
「少しは、遠慮しなさい。」
と叔父。
だが、レンは構わず、
「ヤダよ。じゃ、地下に行こう。あそこなら気兼ねなく弾けるだろ。」
ヤバい・・・この子と連弾すれば、かなりの確率でバレる。
あたしがレイラじゃないって事が
・・・!
レンは、素早く桐山から奪うように車イスを押そうとした。
「待って下さい。」桐山が止めるが、構わず車イスを奪い、エレベーターの方へ押していった。
さっきまで泣いてたはずなのに、ゲラゲラ笑いながら、あたしを連れて行こうとしている。
追いかける桐山を尻目に、エレベータに飛び込んだ。
一気に閉まるのボタンを連打。
桐山が乗り込もうとした寸前でドアが閉まった。桐山は悔しがった。レンは、笑っている。何てヤツだ。
エレベーターで地下室へ、その間、またレンはあたしに抱きついてきた。
おい、あたしはお前のペットじゃね~ンだ。
「フ、これで邪魔される事はない。」耳元でレンが囁いた。
「二人っきりだ・・・。」そこで思わせ振りに一拍置き、
「榊ルナ❗!」と呟いた。
一瞬で背筋が凍りついた。
何で・・・?
どうして、この少年があたしの
正体を知ってるの。
地下に着いた。ドアが開く。
レンは尚も、
「見なよ。防犯カメラがそこらじゅうにあるだろ。」確かに、何個あるのか、わからないほど屋敷の中には防犯カメラが設置されていた。
この地下室にも・・・。
「光輝が監視してるのさ。」
光輝・・・ヒッキーの長男か。
3階から覗いていたヤツだ。引きこもりの謎の長男。
「もちろん、盗聴機も仕掛けられてる。」
う・・それで、抱きついて耳元で
・・・!
それにしても・・・・
「レイラを殺したヤツをボクは許さない。」今までの軽口とは全然違うレンの口調だ。
「必ず、真犯人を見つけ出して、殺す❕❗」ハッとした。
一瞬にして鳥肌が立った。
この子は・・・、
間近で見つめる形になった。
今までは天使のような笑顔の美少年が、今、一瞬、悪魔のように見えた。
「フフ・・・さ、レイラ。一緒にピアノ弾こう。」まるで、さっきの台詞がウソのように、車イスを押して言った。
天使のような笑顔に戻っていた
。
レンは地下室のピアノに座り、楽しそうに、
「ま、レイラと違って、エチュードくらいしか弾けないけどね。」
そう言って、両腕を軽く挙げ
弾き始めた。
あたしの苦手なリストのカンパネラ。
難関中の難関だ。しかし難なく弾いていく。
それは、今まで聴いた事のない華麗で繊細な美しいメロディ。エチュードくらいなんて、謙遜も良いとこだ。
プロ級だ。いや、そういった問題じゃない。軽やかで緻密、あたしには到底出来ない微妙なタッチ。
レンからしたら、あたしのピアノなんてお遊戯会の演奏レベル。
そこへ怒った顔で桐山が入ってきた。
レンは演奏をストップし、桐山に向かい、
「ボクがレイラにピアノを教えてあげるよ。」と言った。
何を、と言いたかったが、レンは楽しそうに、
「火傷で手が不自由なんだろ。ボクならマンツーマンで教えてあげれるからさ。」あたしの傍らに立って促した。
桐山は大きく息をつき、
「レンさん、困りますよ。勝手にそんな事・・・」
「ボクの知ってる事は全てレイラに教える。」真面目に応えた。
「レイラが、望むならボクの全部を捧げるよ。」
何、愛の告白って思うような恥ずかしい台詞。なのに、レンが言うと様になる。
桐山は仕方なく椅子に腰掛け、
「レンさんに習えば、基本から教えてもらえますね。」と言った。
以外な形でピアノ教師が見つかった。基本から譜面の読み方まで丁寧に教えてくれる。だが、とにかくベタベタとスキンシップが多い。
はたから見れば、まるで恋人がジャレ合っているようだろう。
桐山は腕を組み難しい顔であたしたちを監視していた。
「何だい、桐山~、怖い顔しちゃって?」とレン。
「別に・・・」ぶっきらぼうに応えた。
「出来れば二人っきりにして欲しいな。」
桐山は、チッと舌打ちし、
「レイラ様・・・何かあったら、連絡して下さい。」と言って立ち上がった。だが、立ち去る途中、思う出したように、
「そう・・、」腕時計を見て、「あと一時間ほどしたら、リビングの方に来て下さい。」
「何だい。ご褒美でもくれるの。」レンが茶化す。
「レイラ様に紹介したい人がいるんですよ。では・・・」そう言い残し去っていった。紹介したい人・・・?
誰だ。特に会いたいヤツなんか、いやしね~。
アスカなら、死ぬほど嬉しいが、アスカの事は桐山にも伝えてない。
だとしたら・・・、
一体誰を紹介するって言うんだ。
レンは、フフンと鼻で笑い、
「さ、続きをやろうか。」と言った。あたしは桐山の言葉が気になって気分が優(すぐ)れなかった。
屋敷の外に矢作警部補たちを乗せた車が停車していた。田上がビデオカメラで監視していた。
「こんな事、上にバレたら何て言われるか・・・・」
「だったら、手を引けよ。」
「いえ・・・、ま・・・あ、あれはシオンの車ですね。」
門の手前に一旦、停まった。中の乗客が見えた。リナと榊だ。
「榊ですよ・・・お~、こりゃぁ、修羅場になりそうだ。」
「おいおい、楽しがってンじゃね~よ。」
「ん、」麻生リナに見覚えがあった。「彼女は・・・」
シオンの車が屋敷の中へ入っていった。
「どうした。知り合いか・・・」
「いえ、あの・・・どっかで見たような・・・」曖昧に応えた。
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