第8話:OZ(オズ)

 深夜の埠頭。車が停車してあった。

 龍崎シオン、榊 純一、麻生リナが話し合っていた。

 遠くで汽笛のボーっという音が聞こえた。


「オズ……!!」

 リナが少し驚いた声で聞き返した。


 シオンは肩をすくめ、

「ああ、ビジュアル系バンドのボーカルだ」

「フン、聴いた事ね~な。オズなんてバンド」

 榊が吐き捨てるように呟いた。


「ま……、インディーズなんでね」

 シオンも感情を殺し、

「ハ、お坊っちゃまの道楽でしょ。ど~せ」リナが茶化した。


「っるさいな・・・。オレの話は、ど~だっていいんだよ」

「じゃ、早く本題に入ってよ……」

「つまりだ・・・榊ルナじゃ、

何の価値もね~ンだよ。」

 とシオン。


「ああ・・・、桐山から聴いたよ

・・。っで、儲け話っていうのは

・・・」

「オッさん、気が早いね~・・・

だから嫌われるンだぜ。」


「あンだと~!」


「まぁまぁ、オジさん。」

 リナが嗜(たしな)め、

「龍崎レイラなら、価値があるって言うの。」


「ああ、何せ龍崎家は総資産、

1000億だぜ。」


「フンだから、どうした。

レイラが全財産相続するワケじゃないだろう。」


「まぁね・・・、相続税だってかなりのモンだし・・・」

「あんただって、龍崎家の人なんでしょ。」

「オレは、嫌われてるからね~・

・・。」

「何よ。相続出来ないの・・・」

「ま、御座なりだろうな・・・。

血も繋がってね~し・・・」

「フフ、ご苦労さま・・・」


「仮にレイラが数100億相続したら、どうだ。」


「ほ~・・、そいつぁ、ご機嫌な

話になってきたじゃね~か。」

 急に榊も話に乗り出した。


「だろ~・・・っで、あんたに頼みがあるンだ。」

「何だ。龍崎家へ忍び込んで、

当主の寝首でも斬(カケ)って言うのか。」

親指で首をかっ斬るポーズ。


「まさか・・・そこまで、しろとは

言わね~よ。」

「当たり前だろ。真っ先にオレが

疑われンじゃね~か。」


「わかってンじゃん。」リナが笑った。


「オレだって、そこまで、危ね~橋を

渡る気はね~よ。」


「だろ~な。」

シオンが手引きしたって、屋敷に

忍び込むのは至難の業だ。


「ま、DNA鑑定次第ってワケさ。」

シオン。

「おいおい、DNAなんか、

調べられたら、お仕舞いだろ。」


「わかってるさ。そっちは何とかする・・

だから、あんたにも話に乗って欲しいンだ。」


「フン・・、お前が、どれだけ信用

出来るかだな・・・」

「お互い様だろ。あんただって信用

出来ね~んだからな。」


「キツネとタヌキね。」リナが茶化す。


「おい、横から油揚げ、

かっさらって行くなよ。」


「あたしが・・・・ハハ・・・まさか。」

しかし、油断は出来ないとシオンは思った。

この女・・・


 顔は、あどけない童顔だが何を考えて

いるのか、わからない。



 龍崎邸、レイラの部屋。

 あたしはレイラのベッドで横になり

オズの事を考えていた。


 あたしだって、DVオヤジ・・・

榊純一を殺してやりたい・・・


 だが、アイツを殺せば、必ず警察は

あたしの過去をホジくり出す。

榊ルナの事を・・・


そうなれば、逃げ道はない。


 あの胡散臭い矢作とか言う警部補も

しゃしゃり出てくるはずだ。


 あたしは、オズをググった。

スクロールしていくとゲームの事や

キッズの学習塾などの後にバンドの

名前があった。


さらに検索するとシオンの名前が

出てきた。


 コレか!

 シオン率いる売れない

インディーズ・バンド・・・・


 まさかシオンがオズを騙(かた)って、

連絡してくるとは思えない。


 いや、逆も言えるか・・・。

 まさか、有り得ないと思わせて・・・


 と、するとシオンの線がまったく消えたワケでもない。


 それ以外だと・・・

 やっぱ、怪しいのはヒッキーの長男、光輝か。


 この屋敷に来た時、3階からあたしの様子を伺っていた。カレは、デイトレで、かなり儲けているらしい。

頭もキレるって話だ。


 それ以外だと、運転手の黒木・・・・

ママ母とドS義姉ミラ。


 それに家政婦の武藤サクラと

野上由衣か。

 どいつも怪しい・・・

 もちろん、桐山アキラも捨てきれない。

 それとも・・・


 まだ、あたしの知らないヤツなのか・・・

 だが、それほど多くはいないだろう。

 今の段階でレイラのスマホの番号を知っていて、あたしの正体に心当たりがあるヤツなんて・・

・、かなり絞られてくるはずだ。


 しかし・・・こっちから積極的に動くワケにもいかない。

 何しろ表面上は、龍崎レイラなんだから・・・・

 オズを探して動き回れば、榊ルナだと相手に教えるようなモノ・

・・

 疲れているはずなのに、目だけは冴えていた。 

 だが、いつの間にか寝たようだ。


 真夜中、ウィークリーマンションの前、車が停車した。

 シオンの車だ。

「彼女は、ボクが送っていきます。安心して下さい。」

 リナの事を指した。


「フン、これから二人で、お楽しみか。若いヤツはい~ねぇ」

「オジさん、セクハラ~」

 リナはおどけて応えた。


「また、明日連絡します。よろしく。」シオンはそのままリオと二人ドライブに出掛けた。榊はチッと舌打ちし、ウィークリーマンションへ入っていった。バス会社から、ぶん取った慰謝料で借りた部屋だ。

 部屋の鍵を開けようとすると、背後から、

「榊さんですね。」と声をかけられた。

 一瞬、借金取りかとビクッとしたが、何だ。とドアを開けた。矢作警部補と田上だった。


「随分、遅いお帰りですね。」

 警察手帳を提示。


「刑事・・・」顔色が曇った。

「榊ルナさんの事でお尋ねしたいのですが・・・」

「何時だと思ってンだ。応える義務はないだろう。」

「いえ、そうもいかないンですよ。詳しい話は、中で伺いましょう。」

「フン、あんたら、マジで刑事か

・・・」

「ええ、宜しかったら警察へ問い合わせて下さい。」田上が応えた。


 部屋のリビング。矢作はソファにゆったりと座り、お構い無く。と断りを入れた。

「フン、安心しろ。ここぁ、セルフサービスだ。」冷蔵庫から缶ビールを出した。

「早速ですが・・・、」と矢作が切り出した。「榊ルナさんが、亡くなった事で、バス会社からかなりの慰謝料が支払われたようですね。」


「このウィークリーマンションの支払いもそちらで・・・」田上。

「おい、何が悪いンだ。娘が殺されたンだ。金を貰って何がいけない。」プルトップを開けた。プッシュッという音が響いた。田上はメモを取り出し、

「榊ルナさんは、小さい頃から虐待に遭っていた記録があります。」

あん、と榊は不貞腐れた顔をした。

「児童相談所から何度も警告されたそうですね。」

「知るか・・・何だ。オレがルナを殺したような口振りだな。」

「まさか・・・、焼身自殺に巻き込まれた事は確かですから・・・」田上。

「娘を虐待し、亡くなったら金を寄越せか。」矢作が嫌みを言う。

「おい、喧嘩を売ってるのか。」

「いえ、実はですね・。匿名の情報がありまして・・、榊ルナさんは生きているンじゃないかって言うンですよ。」

「な、に・・・匿名って・・・」

「同じバスの事故で龍崎レイラと言うお嬢様が顔に火傷を負った。そして整形し、今はお屋敷に戻ったそうなんですが・・・」

「ふ~ん・・・、ソイツがルナだって言うのか。」

「驚かれないンですか。ルナさんが生きてるかもしれないンですよ。」田上

「驚くも何も・・・、どんだけ整形したら、そのお嬢様になれるンだ。」

「いえ、元々、そっくりだったと言う情報もあります。」

「っで・・、どうしろって言うンだ。首実験でもすンのか。」

「いえいえ、あなたにとっては、そのお嬢様がルナさんだった場合、何の得にもなりませんよね。」

「あん・・」苦々しい顔で一気に缶ビールを煽った。

「レイラお嬢様として、遺産を相続した後、脅迫して金をせびる。その方が、ずっと現実的だ。」矢作。

「ふざけた事を言うな~。そんな事を言いにここへ来たのか。」

「ええ、まぁ、ご挨拶がてらね。」矢作。

「出ていけ。俺は寝るんだ。お前らの顔なんか見たくね~。」

「わかりました。ですが、あまり派手にお嬢様を脅さないように・・・」

「知るか。」と捨て台詞を吐いた。

部屋を後にした矢作らは、

「知ってたようですね。」田上。

「ああ・・、何しろ1000億のお宝だからな。血の雨が降らなきゃいいが・・・」夜空を見上げた。星が瞬いていた。


龍崎家の屋敷。深夜、カギをかけたはずの部屋のドアが開いた。あたしは、金縛りにあったように身体が動かない。

目も開かない。気配だけが近付いて来る。

ナゾの侵入者は、あたしのベッドサイドに立ち、見下ろしているようだ。

誰だ。お前は、オズか・・・。それとも・・・、遺産目当てのヤツが、邪魔なあたしを始末しに来たのか。ゆっくりと顔が近づいてきた。息がかかった。誰なんだ。あたしは必死にもがこうとした。だが、身体がいうことを利かない。そうしている内に意識が遠退いていった。夢さえ見えない世界へ。


ノックの音が聞こえた。朝になっていた。カーテンの隙間から日差しが入ってきている。昨夜の侵入者は一体、誰だったのだろう。オズの事も気にかかる。ノックは、家政婦の武藤サクラによるものだった。朝食の仕度が出来たという。ぶっちゃけ、食欲はないが、仕方なく食卓へ向かった。


 テーブルには桐山とミラが着いていた。

居心地の悪い空間だ。食ってる気がしない。

ミラはスマホを片手に、

「オジさんが帰国したそうよ。」と呟いた。

「マモルさんが・・・」桐山が聴いた。

当主の弟、副社長のマモルの事だろう。


「後で、こちらに来るそうよ。」

「そうですか・・・。マモルさんも帰って来ましたか。」

厄介事が増えるだけだ。


これ以上、複雑にしてど~なる。

あたしは、朝食も早々に、地下室へ向かった。


 ピアノがある。それだけで良かった。

ピアノを弾いていれば、煩(わずら)わしい嫌な事も忘れられる。


 桐山は傍らで、パソコンを操作していた。

「私ではお嬢様にピアノを教えられませんからね。」

そりゃぁ。そ~だろう。


 勉強は教えられても、ピアノの腕はあたしの方が上だ。

「どなたか、秘密厳守で腕の良いピアノの先生がいませんかね。」

あたしに相談されても困る。

そんな知り合いは一人だっていない。

第一、そんな求人はどこにも出ちゃいないだろう。



マンション。龍崎シオンの部屋、ベッドの上には裸のシオンと麻生リナがいた。

シオン率いるビジュアル系バンド・

0Z(オズ)のCDが流れていた。


「ねぇ、いつまでこの音楽、聞いてなきゃいけないの。」

「お前なぁ・・俺のバンドだぞ。」

「知らないね。下っだらね~。ど~せ、

どっかのパクりジャン。」


「っるせ~。お前なんかに解るか。」

「ねぇ、それより、マジでやる気。」


「あのオヤジの事か・・・」

「決まってンジャン。レイラにぶっつけンでしょ。」

「お前に言われなくたって、解ってるよ。」


「フ、頑張ってね。」バスルームへ消えていった。

シオンは不服げな顔でリナの消えたバスルームを見つめていた。


やがてシャワーの音が聞こえてきた。


シオンはスマホの電話帳で榊を探し、プッシュした。



 龍崎邸、地下室。

桐山に止められるまで、ピアノを弾いていたようだ。

「少しは、休め。」と注意され気づいた。

もう一時間は弾いていた。


 何しろ、久しぶりに好き勝手に

ピアノを弾けたのだ。嬉くってしょ~がない。

止められなきゃ、あと一時間は

弾いていただろう。


 ひと休みし、レイラのスマホを取った。

新しく桐山が用意したスマホだ。

これで、指紋認証もクリアーになる。


 一瞬、考えたが、桐山にメールを打った。

こんなに近くにいながら、しゃべり

かけないのは何か変だが仕方ない。


 どこで、誰が見ているかわからない。

特にオズの正体がわからない以上、注意しなければならない。桐山に着信音。

<オズを知っているか>とメールを送った。桐山は、ひと目見て少し考えた様子だ。あたしはカレの表情を伺っていた。可笑しなトコはない。

やはりカレは、オズではなさそうだ。

「オズ・・・か。シオンのバンド名がオズだったと思うが・・」と応えた。

あたしは続けて、

<それは知っている。他に誰か思い当たらない?>とメール。

「いや・・・、何でだ。」

<昨夜、オズっていうヤツから連絡があった。>

「連絡・・・」

<榊純一をデリートするって・・・>

「なるほど・・・デリートか・・・。」考えているようだ。


<ぶっちゃけ、敵か味方かもわからない。だけど、今、榊純一を消すのは、自分の首を絞めるだけだ。>

「うん・・・オズか・・・」腕を組み考えていた。

その時、着信音。桐山のスマホだ。画面を見て、

「家政婦の武藤さんだ。」と言って通話ボタンを押した。


<武藤です。桐山先生ですか。お嬢様は、いらっしゃいますか。>

「ええ・・・、近くにいますが・・・」


<リビングにお戻り下さい。マモル様がお帰りになりました>

「マモルさんが……」

 龍崎仁の弟、マモルか。


 今日もまた龍崎レイラを演じなきゃならないようだ。

 お嬢様役なんて柄でもないのに……。

 さぁ、これで舞台の幕は否応なしに開いていく。


 ヒロインは、あたししかいない。代役は望めない。

 自分でカタをつけるしかないんだ。




























































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