第5話:革命

 屋敷のリビングで刑事たち二人はコーヒーを飲んでいた。


 リビングには大きなグランドピアノが置いてあった。


 おそらくレイラが弾くためのモノだろう。


 まったく似つかわしくないズッズーというコーヒーをすする音が聴こえた。


「いっや~美味しいですねェ……

 実に……」

 むさ苦しい年配の刑事が言った。


「ありがとうございます」

 家政婦の武藤サクラが応えた。


 これで総勢、6名になった。

 刑事二人に家政婦二人。そして、あたしたち二名が加わった。


 リビングに取り付けられた4つの防犯カメラが車イスのあたしたちの姿を捉えた。


 ズームアップされ3階の光輝も部屋にある無数のモニターに映し出された。

 さらにあたしの画像がアップになった。


 桐山は眉をひそめ、刑事たちに挨拶をした。


「こちらですか。お聞きになりたいという刑事さん方は……?」


「ああ、どうも、これは……

 あなたがお嬢様のレイラ様ですか」

 立ち上がって挨拶した。

 隣の若い刑事もならった。

 あたしも少し頭を下げ会釈した。


「え~、私は矢作やはぎと申します。警視庁の警部補です。っでこっちは……」

 警察手帳を提示し、手で横の若い刑事を示した。


「田上です」

 ペコリと頭を下げた。

 矢作というむさ苦しい警部補たちがあたしに事情聴取をしたいという事だった。


 だが、ちょうど居合わせた桐山が応対した。


 矢作は、コーヒーを飲みながら

「申し訳ありませんな~。バスの焼身自殺の件について少しだけ事情を聞かせてもらえますか」

 訊いてきた。


「待って下さい。レイラお嬢様は事故の後遺症で言葉を発する事が出来ませんので私が代わってお応えします」

 桐山が応えた。


「アンタが❓」矢作は胡散臭い顔で聴いた。


「弁護士の桐山と申します」


「弁護士さんね~… じゃ、レイラお嬢様、頷くか、首を降るかだけで結構ですので、よろしいでしょうか」

 うむを言わせぬ語調だ。あたしは軽く頷くしかなかった。


「しっかし…… スゴいトコですね~。

 とても東京とは思えない」 

 立ち上がり、窓の外を見ながら事件とはまったく関係ない事を言った。


 歩き回り、グランドピアノの前で足を止め、フタを開けポンポンと鍵盤を押していった。


「いっや~、見事なピアノですね~。私も小さい頃、ピアノを習わせられましてね~」


 フン、まさか、ネコふんじゃったを弾くつもりか。

 矢作は田上の心配を他所にピアノの前に座り、両腕をサッと上げた。


 おいおい、マジで弾くつもりか。部屋にいる皆、矢作に注目した。


 矢作は、ショパンの<別れの曲>を弾き始めた。


 一瞬、お~っと、そこにいる全員がザワめいた。キレイな旋律だ。

 ミスタッチもなく弾きこなしていた。


 今まで不躾ぶしつけな振る舞いをしていた男とは思えない見事な演奏だった。


 何者なんだ。この刑事は……?


「ふ~…… いかがでしょうか。

 ま、お嬢様には到底及ばないとは思いますが……」


 途中まで弾いて振り返った。

 確かに下手ではない。だが……


「当然でしょう。お嬢様はプロ級ですから」

 代わりに桐山が応えた。


「いっや~、お嬢様の腕前も聞かせてもらいたいモノですなァ~ー❗❗❗」

 フン、何を言ってるんだ。

 事情聴取じゃないのか。


「ムリですね。事故のショックと両手両足、さらに顔にも火傷を負い、手術を受けたばかりなので……」

 桐山は無下に断った。


「そりゃぁ、残念ですな~。是非、聴きたかったんですが」


「今はリハビリ中です。さぁ、他にお聞きになりたい事があったんじゃないですか」


「ええ、まぁ……」

 矢作警部補はソファに座り、またコーヒーを啜った。耳障りな音だ。


「ところで……」若い刑事は咳払いをし、「焼身自殺を計った男はご存じでしょうか」

 テーブルの上に写真を提示した。あたしは小さく首を振った。


 実際、まったく知らない男だった。


「う~ン、ご存じありませんか」


「まったくの巻き添えですよ。お嬢様は、ね」

 桐山が応えた。


「なるほど…… では、他の乗客でお知り合いの方はいませんか」


 う! どうする……

 ルナの事は、隠しておくのか。

 それとも……


 あたしは躊躇したが、首を振りいないと応えた。


「そうですか……いませんか」

 少し考えているようだ。


「ところで、あなたは何でバスに乗っていたのでしょうか」


 え……

 どういう事だ。


「あなたが、バスに乗るなんて事は滅多にない。そうでしょ。そして、帰宅途中だったワケでもない。いったい何処に向かっていたのです」


 そうだ。あの日……

 レイラがバスに乗りたいと言い出し、二人分の乗車切符を買い、乗り込んだ。


「ひとりで、バスに乗ったのですか」


 う…… そうか。

 確かに不自然だ。

 お嬢様が、一人で乗るのは……


「お嬢様はバスが珍しかったのでしょう」

 桐山が助け船を出してくれた。


 あたしは応じて、小さく頷いた。

「なるほどね~…、ところで、榊ルナという女性をご存じありませんか」


❕❗

 いきなり本題か。刑事たちはルナの名前を出してきた。

 桐山の表情も硬い。


 若い刑事は写真を出した。

「こういう女性なんですが」と示した。

 金髪の派手な化粧をしたルナが映っていた。


 あたしは少し視線を逸らした。


 矢作は、ズウズウしく、

「榊ルナはあなたと同じ年なんですよ」

 と言い不敵な笑みを浮かべた。

「可哀想に…… 焼身自殺の巻き添えになって亡くなってしまいました」


「警部補さん。そういう悲惨な状況に遭遇したからお嬢様はショックで声が出なくなってしまったンですよ」


「ええ、そうかもしれませんが……」


「あまり思い出したくない記憶なんです。その辺を考えて下さい」

「ですが…… 大事な事でして」

「どう大事なンですか」


「ええ、実は榊ルナ……

 彼女の父親と言うのが酷い男でしてね」

 そうさ…… そんな事、聴きたくもない。


 だが、矢作は続けて、

「ギャンブル好きで、勝てばいいんでしょうが、ま、ほとんど負けてまして……

 そうすると妻子を殴る蹴る……

 いわゆるDVってヤツでして」

 あたしはうつむいた。耳を塞ぎたかった。


 しかし矢作は尚も続けた。

「ルナの母親はそんな生活に疲れたンでしょうな。ある日、ルナを残して出ていってしまった。それから父親の生活は、さらに悪化しましてね」


「待って下さい」桐山が話に割って入った。

「そのルナさんという方が悲惨な生い立ちを送った事と、お嬢様と何の関係があるンですか」


「それなんですよ」


 え……?

 何よ。それって……


「ですから、悲惨な状況を脱するため、ルナはレイラさんと入れ代わったンじゃないかと思いまして」

❗❗あたしは冷静さを装った。

 だがどこか不自然な表情をしていただろう。


 桐山は、すかさず言葉を遮った。

「フッハハ…… 刑事さん❗❗ 何を途方も無いことを言い出すンです」

 わざとらしく大笑いした。

 あたしも家政婦たちも驚いた。


「お嬢様が、この金髪のヤンキーだとおっしゃるんですか…… 見てくださいサクラさん❗❗❗」

 桐山は家政婦らにルナの写真を見せた。


「はァ~ー……❓❓」

 武藤サクラが声を上げた。


 矢作たちは、明らかに疑いの目であたしを見ていた。そして、それはリビングにいる全員が声には出さないが、そうだったのだろう。


 だが桐山は弁護士らしく冷静に応えた。

「そんなはずないでしょう」


「ええ、まぁ……」

 矢作は、肩をすくめオドケてみせた。


「私はレイラ様を小さい頃から存じています。そんなルナとかいう女性と入れ代わっていたら、すぐにバレますよ」


「そうでしょうか。レイラさんとこの榊ルナは、似ている……

 いえ、そっくりと言っても良いくらいです」


「そっくり…… こんな金髪の女性とですか」

 桐山は呆れたように応えた。


「これは一年ほど前の写真です。榊の父親から預かったモンでしてね。今は髪型もカラーも大人しくなっているかもしれません」

 榊ルナの写真を指差した。


「フン、下らない。この方は間違いなくレイラ様です。これ以上、妙な事を言うなら、こちらにも考えがありますよ」


「まぁまぁ、落ち着いて下さい」

 若い刑事が仲裁に入った。


「申し訳ありませんが……」

 堪らず、家政婦の武藤が声をかけた。

「私からも一言よろしいでしょうか」


「ン…、あなたは」矢作が訊いた。


「家政婦の武藤です。私もここ数年、お嬢様にお使いしてますが、この方は間違いなくレイラお嬢様だと思います」


「ほ~、何を根拠に」

「それは……」言い淀んだ。


「では、あなた方こそ、何を根拠にレイラお嬢様を疑うンですか」

 桐山はあたしの車イスをの向きを変えた。

「もう宜しいでしょうか。あなた方とこれ以上話す必要はありません。お引き取り願いましょう」

 そう言ってリビングを出ようとした。


「待って下さい」矢作は尚も食い下がった。


「なンです。まだ何か」


「フフ…… 確か、お嬢様は、ピアノがプロ級だったとお聞きしました。どうです。一曲弾いてくれませんか」

 手でグランドピアノを指した。


 な!! そう、くるか……


「何を言ってるんだ」

 桐山は取り合おうとしない。


「もし弾いてくれたら、大人しく引き下がりましょう」

 矢作は無茶ブリ。


「バカを言うな。レイラ様は両手を火傷してリハビリが必要だと言ってるだろ~」

 桐山も声を荒げた。


「ですが、ここで弾かなければ、ルナではないかと疑念が残ります」


「そんな事はないと言ってるだろ~!」

 桐山と矢作は睨み合った。


 そこへ、廊下から声が聴こえた。

「私たちも聴きたいわ。是非」

 な!リビングにドS姉さん・ミラと継母の舞香、運転手の黒木たちが現れた。


 あたしも必死に表情を読まれないよう気をつけた。


「ミラさん❗❗」桐山も驚きを隠せない。

 ママ母の舞香は楽しげにピアノの前に歩み鍵盤を一つ叩いた。

「面白い趣向ね。レイラさん、どう一曲」


「……」

 どうにも、あたしは追い込まれた。

「それとも弾けないのかしら」

 ミラは疑うように嘲笑わらった。


 どうする…… 逃げるか。

 それとも……


「お嬢さん、頼みますよ。ここは、ひとつ」

 矢作もどうぞというような大袈裟なジェスチャーで勧める。


「待って下さい。手の火傷が完治するまでピアノなんか弾けるワケがない」

 桐山は必死に抵抗した。


 だが、ミラは微笑んでみせた。

「何も一曲まるまる演奏しろなんて言わないわ。ほんのサワリだけでも結構よ」

 出来るかしらと言うように上から目線で、あたしを挑発してきた。


 桐山は尚も抵抗しようとしたが、あたしは桐山の腕を掴んだ。

「な……❗❗❗❗」桐山は驚いた。


 まさか、あたしに制止されるとは思わなかったのだろう。


 あたしは腹を決めた。ここで、逃げ出すワケにはいかない。

 この部屋の全員があたしに疑っている。


 ここで逃げれば、龍崎レイラじゃないって言ってるようなモンだ。


「レイラ様……」

 桐山は心配そうにあたしを見た。


 やるしかない。今、出来る全知全霊を振り絞ってでも……


 桐山も覚悟を決めたようだ。

 あたしの耳元で、

「本当によろしいのですね」と囁いた。

 あたしは小さく頷き微笑んだ。


 心なしか、顔が引きつった。

 部屋中の視線を感じる。

 一気にアドレナリンが上昇する。


 桐山は車イスのあたしを抱き上げ、ピアノの前に座らせてくれた。今まで見たピアノの中で最も豪華なモノだ。


 心が躍った。買ってもらいたくてもネダる事さえ出来なかった。


 何しろプアーだったからピアノ教室なんて夢物語だった。見よう見真似で覚えたメロディ。全くの独学だ。


 譜面さえ、ろくに読めない。

 ひたすら聴いて弾いてみる。

 あたしなりの解釈で……

 先生なんかいやしない。


 だが、あの日から何ヵ月弾いてない。

 アスカがいなくなってから、ずっと……


 弾くのを躊躇とまどっていた。


 だが、今は弾いてみたい。

 心の底から……

 何も考えず、ただひたすらピアノを弾きたい。


 しかし、一方で拒否反応もあった。レイラのピアノ……

 あたしが弾いてい~のか。

 それより何より今のあたしに弾けるのか。


 矢作警部補が、そしてママ母・舞香、ミラ、桐山、家政婦たちが見ている。


 防犯カメラがピアノの前のレイラをズームアップしていく。


 3階の自室でモニターを見ている光輝も興味津々だ。爪を噛んで見ていた。


 あたしは、真っ白な手袋に包まれた手を見つめ大きく深呼吸した。

 ゆっくりと手袋を外した。

 手の甲には火傷の痕を隠すため、大きな絆創膏が貼られてあった。ママ母たちは余裕の笑みだ。


 背後には運転手の黒木の姿もだった。


 落ち着けあたし。

 ここが正念場だ。絶対に失敗は許されない。


 あたしは叩きつけるように鍵盤を叩いた。

 龍崎レイラにとって最初で最後のステージになるかもしれない。


 この手が壊れても構わない。

 あたしの怒りや憎しみを全て注ぎ込む。


 圧倒的な演奏。

 その部屋にいた全員が息を飲んで見守った。


「革命❗❗」

 矢作警部補は驚きの声を上げた。

「え……」田上は矢作を見た。


「ショパンの革命のエチュード」

 ミラが呟いた。


 ママ母の眉が歪んだ。

 若い刑事の田上は唖然として聴いていた。


 あたしは、もっとも好きなショパンの革命を弾いた。

 何度、練習した事か。

 この曲を……


 革命❗

 それはショパンが孤独と絶望の中で創った最高傑作。


 叩きつけるような怒りや憎しみを鍵盤に乗せ紡ぎ出す強いメロディ。


 それは、あたしなりの解釈。

 誰かに習ったワケじゃない。


 聴いて、それを弾く。

 何度も何度も何度も……

 繰り返し、繰り返し……


 だが手の火傷の痕が引きつる。

 思ったよりも手が動かない。


 それでも今のあたしの想いを全て叩き込みピアノを奏でた。


 おそらくレイラお嬢様の演奏とは全然、違う演奏モノだろう。


 何しろあたしは基本も何も教えてもらってないのだから……


 あたしの思いの丈……

 それだけを鍵盤に乗せて……


 あたしの革命❗❗

 貧乏プアーな自分との……

 榊ルナとの決別。


 あたしは手の痛みも忘れ演奏に没頭した。

 あっと言う間に時間は経っていった。ダーンと弾き終わった。

 何とか……


 重たい沈黙が流れた。押し潰されそうになった時、パチパチと拍手するモノが……


 振り返って見ると矢作警部補がひとり、拍手をしていた。


「いっや~、さっすが、お嬢様~。見事な腕前だ」


 ハッとしたように、桐山も拍手したたえた。

「どうです。これでわかったでしょう。レイラ様だと」


 フンとミラはそっぽを向いた。


「こんな個性的な革命は滅多に聴けるモンじゃない。ありがとうございました。無理を言って……」

 矢作は、やけにあっさり降参した。


 あたしは何か言い知れない想いでリビングを後にした。



 部屋へ戻るとグッタリだ。このままベッドに横になりたい。

 車イスを押していた桐山も、疲れた表情で笑った。

「フ…、お疲れ様」

 まさか、あたしが本当に弾くとは思わなかったのだろう。


 少し安堵の様子だ。

 しかし、これでママ母たちは疑惑を持ってしまった。どうする、これから……


 と言っても盗聴器の仕掛けられているこの部屋で相談するワケにもいかない。


「手の調子は如何がです」

 桐山が聴いてきた。

 あたしは強がって微笑み頷いた。


「そうですか…… そうだ。防音設備の整った地下室で練習しましょう」


 マジか…… 嬉しい。

 ピアノが弾ける。


 気の済むまで演奏できる。あたしはすぐにでもピアノを弾きたかった。

 誰にも邪魔されず、心ゆくまで……





 刑事たちが玄関を出ると若い田上が屋敷を振り仰いだ。

「やっぱ、お嬢様でしたね」


「アン……」矢作は何か不服なようだ。


「彼女ですよ。見事な演奏だったじゃないですか」


「フン、笑わすな。お前にクラシックが解かって堪るか」

「そりゃ~、そうでしょうけど、あんな演奏、榊ルナには出来やしないじゃないですか」


「お前にはわからないさ」


「え……、ま、矢作さんがあんなにピアノが上手だとは知りませんでしたけどね」


「オレの事なんか、ど~だっていいんだよ」

「じゃ、何だって言うンですか。決まりでしょう」

「ああ……、決まりだ。彼女はお嬢様じゃね~!」


「何、言ってンですか。今、聴いたばっかじゃないですか」

「だっから、お前と音楽についてとやかく言うつもりはね~」


「ですが……、何か問題でもあったンですか」


「問題…… あんな革命……

 今まで聴いた事ね~よ」

「ホラ~、そんなにスゴかったンでしょ」


「そんなにっで~ンだよ。」


ひどいって、拍手してたじゃないですか」


「フン、あれが、コンクールだったら、真っ先に落とされるレベルさ」


「え、どうしてです」

「基本がメチャクチャで、我流だからだよ」


「そうなんですか…… でも、ボク、感動したけど」


「オレは、鳥肌が立ったよ」


「え~、どういう事です。酷過ぎてですか」


「アレはショパンの曲じゃね~」


「じゃ、誰のなんです。ベートーベンですか」


「違う。そういう意味じゃね~……

 アレは、榊ルナの《革命》だ❗❗❗」

「え……」

「温室育ちのお嬢様の奏でる音楽じゃね~って事だよ」


「そんな……」

「虐待した親父への怒り、憎しみ、憎悪。それらをない交ぜにした激情を叩きつけたンだ」


「はぁ……」


「榊ルナにとっての革命。それがあの曲だ」


「じゃぁ……、彼女は」

「間違いなく龍崎レイラじゃない……。

 榊ルナだ❗❗❗❗」

「そんな! 本当ですか。じゃぁもう一度」

「バカ言え。証拠もなしにコレ以上、聴取出来るか」


「そうですが……」

「令状が取れれば、カタがつくンだがな」

「指紋ですか」

「ああ、あとは、DNA鑑定だ」

「そうですね。じゃぁ、榊の方を……」


「そうだな。あっちから当たるか」

 




 リビングに残ったママ母たちはあたしの事で相談していた。


 何しろ莫大な遺産相続に関わる重要な話だ。ママ母の舞香は、

「レイラの革命…… 聴いた事あって?」

「さぁ……、でもエチュードですから……

 当然、出来て当たり前でしょ」


「けれど…… あの場で弾く曲」

「サプライズにはもってこいじゃないの」


「フン、どう思う黒木は……」

「レイラ様の事ですか?」

「もちろん、他に何があるって言うの。」ミラが蔑んだ視線を向けた。


「そうですね。もし、お疑いなら、指紋かDNA鑑定をすれば、よろしいのでは?」


「フ、なるほどね。少しは役に立つのね。あなたでも」

 ママ母のきつい一言に黒木は無言で視線を逸らせた。


「あの刑事……」思い出したようにママ母が呟いた。

「レイラの事、何て言ってたかしら……

 さかい……?」


「榊でしょ。榊ルナよ」ミラが応えた。


「そう、榊ね。

 黒木、後で少し調べておいて頂戴」


「はい、かしこまりました」

 頭を下げ部屋を後にした。


 家政婦の武藤は少し眉をひそませた。





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