第4話:敵地へ……

 退院の日がやって来た。


 車が迎えに来た。黒塗りのベンツだ。


 弁護士の桐山アキラと運転手・黒木に手伝ってもらい後部座席に乗せてもらった。


 看護師たちはうやうやしく礼を述べていた。


 あたしは、お嬢様のようにシオらしく礼をし、車上の人になった。


 隣りには弁護士の桐山アキラがいた。

「お嬢様、どうです。お加減は……」

 桐山アキラが聞いてきた。


 良いワケがない。

 屋敷じゃ何が待ってるかわかったモンじゃない。


 病院にいた方がまだ気が楽だ。

 あたしは、あまり表情に出さず小さく首を振った。


「安心してください。私がついてます」

 アキラはフッと、微笑んだ。


 何が安心だ。鬼が出るか蛇が出るか。こっちは戦々恐々だ。


 事故で渋滞してるのか、運転手の黒木は、

「少し遠回りになりますが……」

 そういって路地に入っていった。


 細い道を走っていると、スッと人影が横切った。


 キッキキーッと急ブレーキの音が響く。


 何かにぶつかったような衝撃があった。

 中年の男が吹っ飛んでいったようだ。

 車は急停車し、すぐに運転手の黒木が様子を見に出た。


 完全に当たり屋だろう。

 ベンツだと思って横から飛び出したのだ。


 あたしは、その当たり屋の中年の男を見て驚いた。親父だった。

 何で、ここで親父が、と思ったが、


「いってー、折れた~クッソ~」

オヤジは足をおさえ、大声で叫んでいた。


 道行く人もイヤな顔で見ていた。

「どうか、しましたか……?」

 運転手が聴いた。

「アンだと~、見てわかンね~のか。轢かれたンだよ❗❗❗」


「そちらが、急に飛び出して来たンでしょう」

「バカ言え~。オレが悪いって言うのか」

 運転手もバツが悪いようだ。


 見かねた桐山も後部座席から出た。

「待って下さい」声をかけた。

「私は弁護士です」

 名刺を差し出した。


「ぬゥ…、弁護士~……?」

 オヤジは少し戸惑いをみせた。


「こちらはドライブレコーダ搭載ですよ。

 警察で録画を公開しても構いませんが……」

 強気に出た。


「チ、だから、どうしたって言うンだ。

 いったた……」

 横を向き開き直ったような口調だ。


「このまま、引き下がった方が得策かと……」

 財布を取りだし、一万円札を数枚オヤジの前に出した。

「コレでなかったコトに……」


「いや、ま、こっちも警察沙汰は……」

 オヤジは後頭部を掻きながら、金を受け取った。

 金さえ手に入れば用はないのだろう。


「ええ、今後、こんな当たり屋のような真似はしないコトです」

「べ、別に、当たり屋じゃね~よ」

 まだ強がりを言っていた。


 運転手と桐山は車へ入ろうとした時、オヤジは後部座席に座っていたあたしと視線が合った。


「う、お前は……❗❗❗❗」オヤジは目を丸くした。

『ヤバい❗❗❗』

 すぐに出るよう運転手に手で急かせた。


 オヤジも車へ近づき、ウインドー越しにあたしを見た。


 桐山も何かを察知したようだ。

「おい、早く出せ」急いで運転手に命じた。 


 オヤジはあたしに向かって声をかけた。

「おい、ルナ。お前ルナだろ」ウインドーに手をべったり付き、顔を近づけた。


 あたしは無視するように深くシートに座り、顔をそむけた。


「早く行くんだ」桐山は尚も運転手に手で指示を送った。


 それでもオヤジはドンドンとウインドーを叩いてきた。

「おい、ルナァ~❗❗ 生きてたのか。

 おい、ルナァ~ー❗❗❗❗」


「……」

 運転手は無言で無視しオヤジに構わず発車させた。

 オヤジはしがみつくように追ったが、ついには転びそうになって諦めた。


「クッソ……、ルナァ~ー❗❗❗」

 オヤジは走り去って行く車を睨み付けた。

「死んだはずのルナがどうして……❓❓❓」

 手には桐山の名刺が握られていた。


 車は路地を出た。

 あたしは動悸が激しくなった。


 なぜ選りによってあの男が、この車に当たり屋を……


 今、もっとも会いたくない男……


 榊 純一……❗❗❗


 あたし、榊ルナのオヤジ。

 自分のギャンブルの借金を娘に肩代わりさせようとした男……


 あの雨の夜のコトは忘れない。あのコトを思い出すたびに虫酸むしずが走った。


 運転手の黒木は先ほどのコトが気になったのか。

「今の当たり屋の男…… 

 お嬢様をルナと呼んでいましたが……」

 あたしは、ハッとした。


 だが、すかさず隣りにいた桐山が冷静に応えた。

「フン、酔っ払いの戯言でしょう」


「そ、そうですか……」

 黒木は納得してないようだった。


 ミラーであたしのコトを伺っているようだ。あたしはジッとうつむいたまま拳を握りしめた。


 今度、会ったら絶対に許さない。


 あの男……

 榊 純一だけは……❗❗❗


 ようやく屋敷に到着した。

 見たコトもないような大きな邸宅だ。まるで西洋の洋館のようなたたずまいだ。

 しかし、そんな事に驚いてはいられない。


 中には、もっと途方もない鬼や魔物がうごめいているのだ。莫大な遺産に群がる魔性の者たちが……


 あたしは固くハンカチを握りしめた。ゴクリとノドが鳴った。


 玄関口に車を着け、あたしは車イスに乗り換えた。


 屋敷に入ろうとした時、3階の窓から何者かがこっちの様子を伺っているのが見えた。


 長男の光輝だろうか。ニット帽をかぶった男だったが、一瞬だったので顔はよくわからなかった。


 その男もあたしに気付いたのか、すぐにサッとカーテンを閉めた。


「どうかしましたか?」

 桐山が聞いてきた。あたしは軽く首を振った。


 こんなコト報告したトコで事態が好転するはずもない。


 屋敷内に入ると信じられない光景が広がっていた。見た事もない調度品で溢れてる。

 壁に飾られた絵画やオブジェひとつで、何ヵ月も生活できるだろう。


 家政婦たちがあたしに挨拶をした。


「お嬢様、お帰りなさい。お疲れになったでしょう。お部屋は片付けておきました」

 おそらく武藤サクラだ。

 写真よりもずっと美人だ。


 30はいってるだろうが若く感じた。

 それよりも何か言い知れない思いがした。


「奥さまたちは……」桐山が聴いた。


「先程お出掛けになりました」

 ホッとした。あんな女キツネたちと顔を合わせたくない。


 長い廊下を車イスで移動し部屋まで来た。

 下手すりゃぁ、短距離走が出来るほど長い廊下だ。


 いったい、お嬢様はどんな部屋に住んでいるのか。


 部屋の中は別世界だった。

 何人部屋かと思うほど大きな部屋だ。


 ったく、ウサギ小屋のようなあたしンとは雲泥の差だ。


 家政婦が机の前まで車イスを運んでくれた。


 家政婦が訊いた。

「こちらでよろしいでしょうか」

 悪いワケがない。何もかも揃ってる。あたしには、何一つなかったモノが、ここにはある。


 桐山アキラが家政婦らに告げた。

「ありがとう。ちょっとお嬢様に今後の勉強の事で相談があるので」

 暗に出ていけと言ってるようなモンだ。家政婦たちは挨拶もそこそこに部屋を後にした。


 桐山はドア付近で家政婦たちが遠ざかっていく気配に耳を傾けた。


 ドアに鍵をかけた。用心深いコトだ。ゆっくりとあたしのトコへ来て車イスの背後から抱き締めるようにした。


 ドキッとした。この~……❗❗


「ここも盗聴されている可能性がある」

 耳元で囁いた。


 え、マジか…… ここもかよ。

 いったい何なんだ。

 国際的スパイの養成機関か。

 ここは……


 あたしたちは外に出て庭園を散策する事にした。


 廊下を通る際、防犯のためか監視カメラが二人の様子を捉えていた。


 その映像は3階の光輝の部屋のモニターに様々な角度から映っていた。


 引きこもりの光輝の部屋はパソコンとモニターに囲まれていた。


「……❗❗」

 光輝は無言でレイラの姿をズームアップした。

 知らず知らずに親指の爪を噛んでいた。



※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆




 秋葉原にある地下のクラブ<XYZ>。まだ、開店前だというのに、男が入ろうとしていた。カウンターの奥から女性の声がした。


「お客さん、まだ開店前なんですけど」

「い~んだよ。リナ。ホラ、ツケを払いに来たンだ」

そういって財布から一万円札を数枚、カウンターに出した。


 男は榊純一だった。


「あ~ら、サーさん、気前い~ジャン。

 今日は! ど~したの。

 万馬券でも当てたァ~ー❓❓」

 童顔で化粧っ気のない麻生リナは金を受け取り領収書を取り出した。


「な~に、コレからさ。 

 大きな賭けに出るのは、な」


「また~、ヤバい事に手ェ、出すンじゃないでしょうね」


「フフ…、悪いが、ココに電話してくれよ」

 桐山の名刺を取り出した。


「何よ。誰~❗ コレ…… 弁護士ジャン。

 ヤダよ~、犯罪ィ……❓❓」


「違うって、娘を見つけたンだ」


「娘……? まさか…だって、この前、事故で亡くなったって……」


「フフ、幸運の女神は、まだオレを見捨ててね~ようだ」

 リナは眉を寄せた。



※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆




 車イスに乗り、庭園へ出ると、ここは東京のど真ん中かと思うほど、緑の森が広がっていた。


 有り得ないほど大きな庭園だ。土地だけでもかなりの価値があるだろう。池なのか、それとも湖なのか、湖畔に出た。


 木陰になっていたので、日焼けの心配は無さそうだ。


「ここなら、安心だろう」

それでも桐山は辺りを確かめた。


 用心に越した事はないのか。


「しかし……、あの当たり屋には驚いた」

 やはり桐山は、オヤジの事を持ち出した。


「まさか、あそこでルナの父親が出てくるとは、な」

 あたしだって考えもしなかった。

 しばらく会ってね~ンだ。


 まさか、当たり屋になって、あたしの乗った車にぶつかってくるなんて、予想もしないって……


「あの男にキミの存在を知られると厄介だな」

わかっているさ。アイツは金になると思えば悪魔にだって魂を売る男だ。


 何しろ娘のあたしに身体を売れと言うくらいだ。


 人の弱味に突け込んで、強請ゆすたかりは常套手段だ。


「ヤツの事は任せてくれェ……」

 ど~任せるって言うンだよ。と聴きたかったが口を閉ざした。


「それよりもあの部屋で気付いたが指紋認証だ」

 指紋……?


「パソコンやスマホもおそらく指紋でロックが掛かってる」


 なるほど、そういう事か。

 じゃ、ど~すりゃぁ、いいんだ。

 指をくわえて眺めていろって言うのか。


「火傷で当分、指紋認証する事もないだろうけど…… 後でレイラの指紋を採取してデーター化しよう」


 それで何とかなるのか。白い手袋をした手を見つめた。


「あとは龍崎仁との面会だ。ここを乗りきれば、何とかなるが……」


 乗りきれなきゃ……


 お仕舞いって事か。龍崎仁……。


 写真でしか見た事がないが怖い存在だ。

 どう演じればいいのか、まったくわからない。


 その時、ブ~~ンという着信バイブの音が静かに流れた。桐山のスマホだ。


 周りは静かなのでかなり大きな音に感じた。桐山は、スマホの着信画面を確認した。

 登録してない番号だ。


 スピーカーにして出ると女性の声がした。


<もしも~し、桐山さ~ん?>

 聞き慣れない声だ。ホステスのリナだ。


「はい、どなたでしょうか」


<ちょっと代わるわ>

 そういうとゴソゴソとスマホを受け取る音がした。


「もしもし…… 桐山さん」


 オヤジの声だ。何で……

 オヤジが、桐山のスマホに……

 あたしは、一瞬、驚愕した。


<オレは榊ってモンだが、桐山さんに聴きたい事があってね>

「榊さん……」

 桐山は眉をひそめた。

<ああ、ルナの事でね>

 ❗❗

 うっ❗❗

 何でヤツが、桐山の番号を……


 そうか。あの時か。事故に遭った際、名刺を渡していた。


 ようやく桐山も察したらしく。


「ルナさん……とは、誰の事でしょう」

 努めて冷静に応えた。


<フン、惚けるなよ。オレの娘さ。

 アンタらと乗ってたお嬢さんだよ。

 お前らが誘拐したなァ~ー❗❗>


「誘拐……?」

 ふざけた事を……

「ああ、あなたは、先程の当たり屋の方ですか」

<な…、当たり屋じゃね~よ。オレァ~>


「あいにくルナさんという方には心当たりがないのですが……」


<バカ言うな~。こっちは父親だぞ~。 

 見間違えるワケがね~だろ❗❗>

 何が父親だ~。父親らしい事は何ひとつしなかったクセに……


<とにかく娘を返せ~。警察に通報するぞ~>


 !!あのバカ……

 事もあろうに、お前の事は棚上げか。


「ン…、娘って……」桐山も困惑顔だ。


<いいか、オレの娘のルナを返さないとタダじゃおかね~ぞ。>


「フ、どうぞ。ご勝手に……」

<あン……?>

「こちらこそ、逆に脅迫で訴えますよ」


<何だとォ~…?>

「この通話は録音してありますよ。これ以上可笑しな事を言うなら、当たり屋の件も含めて警察へ通報しますが……」


<ああ、上等だ。お前らがオレの娘を誘拐したンだ。それ相応の謝罪をしてもらおうじゃね~か>


 やっと本性を現したな。オヤジィ……

 結局は、金が欲しいンだろ。


「もう、よろしいでしょうか。私はあなたと話しているほど、ヒマじゃないンでね」


<待てよ~。ルナを出せ~。

 ルナはオレの可愛い娘なんだ❗❗>


 よく言うぜ。

 この~っざけた事を……

 ハラワタが煮えくり返りそうだ。


「もし、これからも電話してくるようなら、警察へ通報しますよ。いいですね」


<っるさい。そっちが娘を誘拐したンだろ~。待ってよ。ルナ~。必ず迎えに行くからな>


 ち…、あのバカが……


 桐山も苦虫を噛みしめたように、

「では失礼」と言って通話を切った。

 あたしも怒りで顔が歪んでいた。


「う~ん」桐山は小さく唸った。

 気付くと、こちらに早足で駆けてくる足音が聴こえた。


「お嬢様~❗❗❗」

 家政婦の武藤サクラの声だ。


「なンでしょう。サクラさん。

 こちらですが……」

 桐山が応えた。


「よろしいでしょうか。刑事さんがいらっしゃいまして……」


 な、刑事……❗❗

 あたしは眉を寄せた。


「バスの事件の事で事情を聴きたいと……」


 バスの……❓❓


「わかりました。今、行きますとお伝え下さい」

 桐山が応えた。

 はいと言い残し家政婦は引き上げた。


 あたしはチラッと桐山を見た。

「大丈夫、ボクがついてます」

 カレは微笑んだ。

 あたしは知らず知らずカレに頼っているようだ。


 マジでカレは信用出来るのか。今はまだわからない。






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