第3話 : 別れの曲

 退屈な病院生活が続いた。


 安静にしてなきゃいけないが、頭の方は冴えている。


 そんな時、家族と名乗るヤツらが見舞いに来た。


 ママ母、義兄、義姉らだ。

 香水の匂いが部屋中に広がっていく。


 おいおい、ここは銀座のクラブじゃね~ンだ。


 ヤツらは包帯だらけのあたしの様子を見て眉をひそめた。


「ずい分、さっぱりしたわね」

 義姉が冷たい声で隣の義兄に囁いた。


 聴こえてるって耳は至って正常なんだ。


「お姉さん、ヒドいですよ。せっかくキレイなお顔が包帯だらけなんて、もったいない」

 自称、ビジュアル系ミュージシャンの義兄がたしなめた。


 あたしは聞こえない振りをするしかない。


「まったく……

 何でバスなんかに乗ってたの。

 だから、こんな爆弾テロに巻き込まれるのよ」

 ママ母だ。ご丁寧に病室で化粧を直していた。


 誰に見せる気なんだよ。


「ママ~、爆弾テロじゃないよ。焼身自殺の巻き添えさ」

 義兄が肩をすくめた。


「そ~よ。カバンの中のガソリンに火を点けて爆発させたンでしょ。自分は末期ガンで余命わずかだからって巻き込まれた方はいい迷惑よ」

 義姉も不満を漏らした。


 フン、コイツらは、いったい何しに来たンだ。

 あたしの前で愚痴られたって知るか。


 傷の治りが遅くなるだけだ。


 ※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆



 だが、それでも包帯が取れる日が来た。

 医者や看護師は火傷の痕はないと言ってたが、実際、どうかは見てみないとわからない。


「大丈夫。ちゃんと治ってますよ」

 医者は包帯を外しながら言った。


 あたしは不安で仕方ない。


 だが、ここまで来たら運を天に任せるより他はない。

 徐々に包帯は解かれ、肌が見えてきた。

 どうなんだ。火傷の痕は……


 あたしは息をするのも忘れ、医者が包帯をほどいていくのを見詰めていた。


 どれほど時間が経ったのか、実際は数分だったのかもしれない。やたらと長く感じた。


 しかし緊張で鼓動は激しくなるばかりだ。

「どうぞ、確認してください」

 看護師は鏡を手渡した。

 ゴクッとノドが鳴った。

 心臓がバクバクしてくる。

 あたしは、意を決し鏡を見た。


 キレイな顔だ。

 火傷の痕は微塵もない。


 手で頬の辺りを触ったが、何も違和感はない。


 これが…… あたしの顔❗❗❗


「いかがです。レイラお嬢様?」

 静かな口調で医者が聞いてきた。


 はぁ……

 かすかに頷き、曖昧に応えた。


 確かに、これは成功なのだろう。

 だが……


 これは、あたしの顔じゃない。

 龍崎レイラの顔だ。


 しかし、それは当たり前だ。

 レイラの写真を元に整形したのだから……


 一抹の不満があったが、ここで暴露するワケにはいかない。


 あたしは少し疲れたとジェスチャーで伝えベッドに横になった。


 これで本格的に龍崎レイラを演じなければならない。

 もう引き返せなくなった。

 榊ルナを捨てなきゃならない。


 明日からはリハビリが始まるようだ。




 その夜、静まり返った病室にノックの音にが響いた。


 こんな夜に一体誰が、と思ったが、男が入ってきて挨拶をした。

「すみません。レイラ様。桐山です」

 男は桐山だった。


「申し訳ありません。こんな時間に……」

 彼は謝ってあたしの傍らに来た。


 あたしは無言でカレを睨んだ。


 桐山と言うこの男を見極めようとした。


「おめでとうございます。

 レイラ様。

 包帯が取れたようですね。火傷の痕も見受けられない。成功ですね。

 元通りキレイなお顔ですよ」

 フン、礼でも言えばいいのか。

 こういう場合。


「どうです。夜中のデートは…… 車イスに乗って大丈夫なんですよね」

 カレはあたしを軽々とお姫様ダッコし車イスに乗せた。


「ここは、盗聴されているかもしれないので……」

 カレは耳元で囁いた。


『なッ❗❗❗』 

 一瞬、桐山を睨み付けた。

 カレは事も無げに車イスを押し病室を後にした。


 病院の駐車場にある黒いベンツに乗せる気らしい。


 ドライブを楽しむ気分じゃないって言うのに構わず、あたしを助手席に乗せ車を走らせた。


 全く何を考えているのか、計りかねる。

 車内にはクラシックが流れていた。


「お嬢様はピアノを習っていてね。かなりの腕前でした」


 な、そういうコトか……

 あたしを試そうって言う気か。


「ま、その怪我じゃ腕を披露するコトはないだろうけどね」

 そう、あたしの両手には包帯が巻かれていた。


 あたしは無言で流れていく夜景を見つめていた。

 ギラギラとしたネオンサインが視界を横切った。


 そして突然、カレは本題へ切り込んできた。


「榊ルナは……」そこで視線をあたしに向け、「この世から消えた❗❗❗」

 瞬間、あたしはカレを睨んだ。


「おいおい、お嬢様は、そんなメンチを切ったりしないよ」


 フン、悪かったな。

 育ちが悪いンだ。

 お嬢様とは違って、ね。


「龍崎レイラは殺されたンだ」

 な❗ ど~いうコトだ。

 殺されたって……


 カレは駐車スペースに車を停め、あたしを見つめた。


 今までの軽口とは違う口調だ。

「今なら引き返せる」

 え……❓❓


「お前は、未成年だし…… これ以上進めば地獄が待ってるかもしれない」


 確かに……


「ど~する。レイラとして腹をくくるか。 

 それともシッポを巻いて逃げ出すか」


 行くも地獄……

 引き返すも……ってワケか。


 だったら、イチかバチか、突っ走ってやろうじゃないか。


 ど~せ、アスカのいない世界なんだ。


「何を言ってンのか。わかンね~よ……」

 あたしは振り絞るように応えた。


「フ、やっぱ声もそっくりなンだな。

 だが、お嬢様は、そんなセリフは吐かないよ」


「フン、アンタこそ……

 どっちなんだ。敵なのか。

 それとも……」


「オレか…… フ、ま、今のトコは相棒ってヤツかな」


 今のトコ……って、言葉が引っ掛かった。


「じゃ、いつかは、裏切るってコトか…」

 カレはフッと鼻で笑った。


「オレの名前は桐山 アキラだ。

 太陽の陽でアキラ」


 桐山アキラ……


「一応、弁護士だ。龍崎家のお抱えの、ね」


「弁護士…… そうか、だから先生なのか……」


「ま、先生なんてガラじゃないが、レイラの家庭教師も兼ねてね」

 ふ~ん、確かにインテリ風だ。

 桐山はリモコンで音楽を変えた。

 聞き覚えのあるピアノ曲だ。


 華麗にして、繊細なメロディ。


 《別れの曲》……

 それも……この曲は……❗❗❗❗


「レイラ様の演奏だ」桐山は呟いた。


 これが……

 レイラの……

 プロ級と言われる演奏か。


 確かに、あたしじゃ、こんな繊細で可憐なメロディをかなでられない。


 そう優雅で繊細、それでいて悲哀に充ちたメロディ。


 それは、お嬢様である龍崎レイラそのもの……


 あたしには到底、真似出来ない演奏しろものだ。


「フフ…、どうかな。これくらいすぐにマスター出来そうか」

 何を言ってンだ。

 指だってマトモに動くかどうかだって言うのに……


 こんなプロ級のピアノ演奏なんか、夢のまた夢だろう。


 そんなあたしの気持ちを理解する事無く、桐山アキラは無造作にカバンから写真を出し、あたしに見せてきた。


 まずはママ母らしい。


「年増の目付きの鋭い整形美人が、内縁の妻…… ママ母の舞香だ」


 確かに整形顔だ。美人には違いないが、ツルンとしたシワのない顔が異様だった。


「元ナンバーワンホステスだったらしい」

 なるほど、そのナンバーワンもよる年波には叶わないってコトか。


 整形に頼らないと維持できないってコトらしい。


「それとカレが売れない自称ミュージシャンの次男、シオン。ママ母に甘やかされた、わがままなボンボンだ」

 次に金髪ロン毛の男の写真を見せた。


 確かに、わがままで売れそうもない顔だ。


「それから……、長女のミラだ。キレイなバラにはトゲがある。その言葉通り、ドSキャラだ」

 なるほど見たまんまだ。


 これで、先日来たヤツらの簡単なプロフィールはわかった。

 どうせ、これ以上、詳しく説明されたトコで覚えられやしない。


「それと……、カレが当主の龍崎仁だ。

 今は腰のヘルニアの療養中で病院と屋敷を行ったり来たりさ。」

 そう言って写真を見せた。


 威厳のあるっていうか、一種、独特の怖さのある顔立ちだ。


「龍崎仁に関しては、いずれ詳しく話すよ。ま、レイラは可愛がられていたから、上手くやってくれ」

 おいおい、丸投げか。上手くなんか出来ね~って……


 あたしは、人に可愛がられた覚えがないんだからね。


「何しろ、総資産1000億と言われてる」

 桐山はサラリと言ってのけた。


 な……❗❗❗❗❗ 1000億……

 マジか?


「いつ、遺産相続で殺人が起こっても不思議じゃないだろ」

 言えた。血で血を洗う遺産争いになってもおかしくない。


「ああ、それとコレが長男の光輝コウキだ。ヒッキーでね。ほとんど部屋から出て来ない」

 盗撮した写真か。ニット帽をかぶり顔はよくわからない。

 ま、イケメンの部類だ。


「本来ならカレが龍崎家を継承すべきなんだが……」

 複雑な家庭だってコトだ。


「カレもよくわからない男だ。だが、頭はキレる。デイトレでかなり稼いでるらしい」

 株売買か…… なるほど、ヒッキーでもリッチなワケだ。プロニートッてヤツか。


「注意した方がいいだろ~な」

 おい、要注意人物が多すぎだろ。


「それから、ママ母の子・ミラもシオンも龍崎仁とは血の繋がりはない」

 ふ~ン、そりゃぁ、遺産相続で揉めそうだ。


 後でわかりやすく相関図でも作ってくれよ。


「それとカレが、龍崎仁の実の弟、龍崎マモル。現在、副社長だ」

 弟ね~……。

 遺産相続には関わってくるのかな……


「そしてマモルの妻、一子。その息子のレンだ。キミよりも2歳年下だ」


 おいおい、あたしは国勢調査してるワケじゃないんだ。そんなに一辺に覚えられるか。


「それから……」

 おいおい、まだあるのか。


「ちょっと……」うんざりだ。頭がパンクしちまうよ。


「あとは、使用人さ。家政婦の武藤サクラだ」

 ふ~ン、どこかで見た覚えがあった。だが、よくいるキレイなオバさんって感じだ。


「それともうひとりの家政婦……

 野上由衣だ」

 こっちもキレイな女性ヒトだ。


 何だモデル事務所か。容姿端麗じゃないと家政婦になれね~のかよ。


 しっかし目付きが鋭い。

 どこか冷たい感じの女性だ。


「当主・仁の愛人だ。舞香らとは表だっては、やりあわないが冷戦状態ってヤツだ」


 なるほど、愛人か……

 そりゃぁ、美人を揃えてくるよな~。


 こりゃぁ、予想以上に遺産争いは激化しそうだ。


「それともう一人……」

 まだいるのか。マジで、うんざりしてきたぜ。


「運転手兼ボディガードの黒木だ」

 これで、やっとお仕舞いか。


 コレを屋敷に着く前に覚えろっていうのか。


「これが、一応、龍崎家の面々だ」

 一応ね~……

 あたしはうんざりした顔でクレームをつけた。

「っで、ど~しろって言うンだ。あたしに……」

 眉を寄せ訊いた。


「レイラに成りきるなら、そのヤンキー言葉を改めろよ」


「フン、大きなお世話だ。

 まだアンタと組むとは言ってない」


「オレと組まないで龍崎家に潜り込めると思ってンのか」


「フン、知るか……」

 そっぽを向いた。夜景が目に映った。


「借金まみれの人生にイヤ気が差して、一発逆転を狙ってンだろ。

 だったら仲間が一人くらいいないと、どうにもならないンじゃないか」


「仲間だって……?

 信用出来ンのかよ。アンタ……」


「信用しなくたって、いいよ」

「な、用が済めば、バイバイか」

 首を斬るポーズをした。


「どうかな。当面は手を組まなきゃ仕方ないだろ。敵地に一人乗り込んで、どうにか出来ると思ってンのか」

 確かに予備知識がまるでないのは心もとない。


「お前が裏切らない限り、オレも出来るだけバックアップするつもりだ」


 バックアップね~…


「オレも一応、養子なんだ」

「龍崎仁の……」

「ああ、オフクロが愛人だったンでね」

「そりゃぁ……、遺産相続レースに参加する資格はあるってワケ?」


「まぁな。だが、ママ母たちは意地が悪くてね。オレも小さい頃からパシリのようにしいたげられてきた」


「だから、復讐したいって……」


「ああ…、だが、何よりオフクロの仇さ」


 オフクロ……?

「ああ、ママ母たちが殺したンだ。事故に見せかけてな」

 マジか……

 莫大な遺産相続に怨恨か……


 なるほど弁護士のバッチを賭けてでもやる価値があるってコトか。


「ど~する。顔は及第点だ。ヤケドを負ったコトで少しくらい変わったってバレやしね~」


「そう……」嬉しくもないが……


「血液型も一緒だったし……、問題は声だと思ってたが、意外によく似てる。誤魔化せる程度にはな」

「………」


「だが、しゃべり始めれば、すぐにボロが出る。元ヤンのな」

 るっせ~な……


「フ、自分でもわかってんだろ」

「ほっとけよ」

「だから、バスの爆発事故の後遺症で声が出なくなったってコトにしておこう」


 ま、それが、一番、手っ取り早くて無難か……


「筆跡やピアノも手が不自由だってコトで誤魔化すしかないだろうし……」


 そうだな……

 あたしは包帯で巻かれた手を見つめた。


 ピアノか……


 久しぶりに思いっきり自由に弾いてみたい……


 誰にも邪魔されないで。


「あとはレイラの友人関係だ。こっちを誤魔化すのは難しいだろう」


 確かに……、お嬢様の友人なンて、どう接すればいいのか、わからない。


「とにかくケガが回復しないと言って出来るだけ会わないコトだな」


 そう願いたい……


「ま、あとは出たトコ勝負だ。どうせ、予測通りにはいかないだろう。不測の事態が、いつ起きるかわからないからな」


 確かにね。関わらなければ、ボロが出ない。そこで、あたしは最初の疑問を聴いた。


「それより、レイラが殺されたって話しは……」


「ああ、そのコトか……

 自殺した中年男の幡多ってヤツを調べたンだが…… ギャンブル狂で借金を作り会社を辞め、離婚……

 お決まりの転落人生だ」


 フン、ギャンブル狂……か。

 親父を思い出した。


 ヤツの最低なトコはギャンブルでこしらえた借金を娘のあたしに返させようとしてたコトだ。


「カレは……、ガンで余命わずかと発覚し、今度の焼身自殺を思い立った」

「く……」

「だが、もし別れた妻子に何かしら残したいとしたら……」


「なるほどレイラお嬢様を殺せば妻子に金を支払うって……」


「ああ、妻子は引っ越して行方知れずだ。その代金も、どこから捻出したのか、不明だしね」

「………」

 あたしは苦虫を噛ンだように顔をしかめ、夜空を仰いだ。


 いつの間にか<別れの曲>は終わっていた。






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