第2話:人生ゲーム

 誰かが、あたしの近くで何か話してる。


 何だ……

 生きてるのか、あたしは……



 夢か……?

 それとも救出されたって事か……


 動こうとしたが全身が鉛のように気だるい。


 真っ暗な重油のような海の中を濡れて重たくなった服を着たまま泳いでいるようだ。


 どこまで、泳げば岸が見えるンだ。息も絶え絶え、諦めかけて溺れる寸前……


「……聴こえますか?

 龍崎さん………!!」

 また誰か女性の声が聴こえた。



 龍崎………?

 あたしは、さかきだ。


 さかき ルナ……


 そう、龍崎は……

 あたしの隣に座ってた彼女の方……


 龍崎レイラ❗❗


 あたしと違って飛びっきりのお嬢様さ。


「う……!」あたしは、その声の方に向かって助けを求めた。



 だが上手く声が出ない。



 顔を何かで覆われているようだ。

 腕を動かそうとしたが鉄アレイでもぶら下げているように重たい。


「龍崎さん! 気がつきましたか。

 先生ェェ~❗❗

 龍崎さんの意識が回復しました~~~❗」

 その声の主は先生を呼びに駆け出していった。


 足音が遠ざかっていく。


 どうやら、ここは病院らしい。

 そうか、生きてるんだ。

 あたし……


 まだ人生ゲームは途中リタイアじゃないって事か。


 アスカ……!!

 まだ、あたしは生きていてい~のか?

 独特な消毒液の匂いが鼻をついた。

 視界に映るのは殺風景な病室の天井だけだ。


 顔中、包帯ほうたいだらけ。

 差し詰めミイラ女か。


 手には点滴のチューブが取りつけられていた。


「良かったですね。レイラ様!!

 顔の火傷ヤケドはほとんど痕にならないそうですよ」


 どうやら、手術は成功したって話しだが、どこまで治ってるのか、定かじゃない。


 何しろ痛くって、どこもかしこも動きゃ~しねぇンだ。


 顔中、そして手にも足にも包帯が巻かれてるようだが、何とか生きてるみたいだ。


 しかも龍崎レイラとして治療を受けたのだろう。


 おそらく、貸してもらった赤いスマホが決め手なのか。


 高級な個室には見た事もない機器が揃ってる。


 どこも動かないが頭だけは冴えている。


 さ~、ど~するあたし……

 このまま龍崎レイラとして生きていくか。


 それとも榊ルナだと告白するか。


 これからの人生ゲーム、これ以上の一発逆転は望めない。


 今さら勉強してもタカがしれてる。


 間違っても一流大学には行けやしね~。


 完全に学歴社会から見放された感じだ。


 残った手立ては、水商売か、芸能界で名を馳せるか、それとも運良く玉の輿に乗るくらいだ。


 どっちにしろ、大嫌いな女を武器にしなきゃなンねぇ。


 そんな事、虫酸ムシズが走る。

 だったら、行けるトコまで龍崎レイラとして勝負するか。


 幸い、顔を怪我したせいで口を聴く必要もない。


 このまま何も覚えてないと記憶喪失で通すって手もある。


 もしバレたトコでこうなったのは、あたしのセイじゃね~ンだ。


 間違えたそっちのセイだって、開き直りゃ、良いだけだ。


 あたしを世話してくれるのは看護師の高松みいなだ。


 すこぶる美人とは言えないが明るくカワイ~タイプだ。


 しっかし、アニメ声が頭に響く。

「レイラ様~、お加減いかがです~?

 お水飲みますか~」


「今日は天気がいいですよ~。早く元気になって外へ出掛けましょうね」

 などと、ど~でもい~事をしゃべりかけてくる。


 普段のヤンキーの榊ルナならソッコーで無視してるトコだが、お嬢様の龍崎レイラとしては無下に出来ない。


 だが、口が不自由だってコトで軽く頷くだけで勘弁してくれよ。



 どんだけ寝ていたのか。


 時間の経過がわからない。


 しかも目が冴えて退屈な時間だけが流れていく。


 その時、コンコンとノックの音がした。

「宜しいですか。お嬢様」

 男の声だ。


 聴いたコトのない若い男のモンだ。


 そりゃ~そ~だ。

 あたしは龍崎レイラと間違われて、この病室で治療を受けてンだ。


 見舞いに来るヤツも知ってるはずがない。


「あ、桐山先生、どうぞ。今、レイラ様が起きられたトコなんですよ」

 看護師のみいなが明るく挨拶した。


「それは良かった」

 男がしゃべった。


 桐山先生……

 誰だ?

 医者か。いや、違う。

 白衣を着てない。


「私、お花を変えてきますね」

 看護師は花瓶を持って出ていった。

「どうも……」

 桐山と言う男だけ残った。


「レイラお嬢様。良かったですね。

 手術は成功したそうですよ」

 フン、そんな話し、どこまで信じられるか。


 桐山は、ゆっくりと椅子に座り、あたしの様子を覗き込んできた。


 カレと目が合った。

 思わず、ドキッとした。

 メガネを掛けたイケメンだ。


 でもどこか冷たい鋭利な刃物のような視線だ。

 カレは思わせ振りな笑みを浮かべた。


「っで、どうかな。具合は……」

 そこで一泊置き、耳元で囁いた。

さかきルナさん………!?」


「う……!!」

 あたしは無言で目を見張った。


 一瞬、沈黙が流れた。


 胸の鼓動だけが異様に高鳴った。


 何で、コイツは……

 あたしが榊ルナだと知ってンの。


「ああ……、そう、榊ルナさんは顔の判別が出来ないくらいヒドい有り様だったようですよ」

 そういってスマホを見せた。


 バスでの焼身自殺に巻き込まれて死んだ榊ルナの葬儀の様子が流れた。

「……❗❗❗」

 あたしの遺影も映った。


 一年前の写真だ。金髪に派手なメイクで、田舎のヤンキーまるだし今見ると恥ずかしくなってくる。


 あたしは無言でスマホの画面を睨みつけるように見た。


「ルナさんのお父さんも悲嘆に暮れてるようだ。もっとも、バス会社に多額の慰謝料を要求するためだろうけど、ねェ……」


 う、あのバカが……


「ま、お父さんにとっちゃぁ、娘の死よりも金が大事ってコトかな」

 そんな事、今さらアンタに言われなくたって、わかってるさ。


「お手並み拝見ってトコかな」

「くゥ…」

「フ、悪かったね。まだ、こんな話しキズに障るかな」


 あたしは、何も答えない。


「フフ、ま、リハビリには、まだ少し掛かりそうだ。話しはオイオイしていくとしよう」

 何なのこの男は、どこまで知ってるの……


「キミには龍崎レイラとしてと、困るンでね」

 思わせ振りに、また小声で耳元に囁いた。


 コイツ、敵なのか、それとも……


 その時、ガチャッとドアが開き、看護師が花瓶を手に戻ってきた。


 桐山は、にこやかな笑顔で立ち上がり何事もなかったかのように挨拶した。

「ご苦労様です。これ以上いても、ご迷惑になるでしょうから、お嬢様をよろしくお願いします」

 頭を下げた。


「あら、もうお帰りになるんですか」

「ええ、重要な言伝ことづてがあったモンでね」


「ことづて、ですか…❓❓」

 看護師は花瓶を元の場所に戻し少し首を捻った。


 あたしの様子を見るってコトか。


 桐山……!!

 いったい何者………?


 どうしてあたしの正体を知ってンの。


 さっきの

”龍崎レイラとして生きてもらわ

ないと困るンでね。”

 という言葉があたしの脳裏に焼きついた。


 だが、これであたしの腹は決まった。

 榊ルナは、もうこの世にいない。


 龍崎レイラとして生きていかなきゃなンねェ……。


 あたしの人生ゲーム……❗❗❗❗


 ここで強制終了させるワケには、いかね~ンだよ。





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