第6話:ラ・カンパネラ

 地下室と聴いて、ジメジメした小さな部屋かと思ったらフィットネスクラブのような巨大な施設が広がっていた。

 一角にピアノが置いてあった。


 ここを好きなだけ使っても構わないのか。

 すぐにでもピアノの練習がしてみたかった。


 だが、桐山は冷たく言い放った。


「旦那様からのご要望がある」

 え……? 何……


「おそらくカンパネラをリクエストしてくるだろう」


『❗❗❗』

 リストの……


「旦那様の好きな曲でね」

 う~ん……、苦手な曲だ。

 ショパンの革命や英雄って勇壮な曲の方がやりがいがある。


「革命なんて、お嬢様のキャラじゃない。カンパネラはレイラお嬢様も得意な曲だ。絶対に押さえとくマストな一曲だ」

 仕方ない……


 好きなピアノを弾けるンだ。

 贅沢は言ってらんないか。


「音源はコレだ」

 リモコンで操作した。

 スピーカーからラ・カンパネラの華麗なメロディが流れてきた。



※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆




 榊純一は麻生リナを伴い龍崎レイラを追っていた。横浜のオープンで作戦を練っていた。


「マジで金になるんでしょうね」とリナ。

「ああ、ベンツに乗ってたんだ」

「何で~、ルナはバスの事故で亡くなったンじゃないの~」

「フン、真っ黒焦げで、遺体なんか確認できるか」


「じゃ、死んだのは別人だったって言うワケ~」


「ああ……、そして、セレブお嬢様に変身したってコトさ」


「そんな~、シンデレラじゃないンだから~」

「いいか……」

 ルナの写真をマジックで塗りだした。


「これで、ど~だ」

 金髪の髪を黒くした。

「ふ~ん、これが、そのセレブお嬢様なの?」

「ああ……、デッケー仕事になりそうだ」

 ニヤッと榊は不気味に微笑んだ。


 リナは呆れたように肩をすくめた。


※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆



 矢作警部補と田上刑事たち。

「殺戮皇帝ですか❗」田上は驚きの声を上げた。


「今さら驚くな。榊ルナだろう」


「ええ……、まさか、あの殺戮皇帝事件の生き残りだったなんて……」


「あの事件は結局、うやむやになっているが……、総勢、十人くらい殺されてるって話だ」


「その殺戮皇帝の容疑者だった一人が、榊ルナ……、なんですか」



「未成年だからな。公(おおやけ)には公表してね~がな」



「でも・ムリでしょ~。電動ノコギリで暴走族をズタズタにして張り付けにしちまったって、あんな細腕のお嬢様に出来るワケないじゃないですか」


「フン、女なんか、どう化けるか、わかったモンじゃね~よ」


「いっや~、あのお嬢様は、そんな事しませんよ。絶対に」

「お前な~……」

 そこへ着信音が響いた。


 矢作の携帯だ。着信画面には課長とあった。


「もしもし……」

 矢作は、歓迎してない風で応えた。


『矢作か。今、どこだ~ーー!!』

 課長の怒鳴り声だ。


「捜査中ですが………。」

 呆れたように返答した。



『お前、どこを捜査してるンだ~。わかってンのか~』

「充分、わかってるつもりですが……」



「何が充分だ。相手は未成年の

お嬢様なんだろ~。令状もなしに勝手に事情聴取なんて………。」

「勝手って、一応、関係者なんでね。」


「バカ言え。被害者だろ~が。

 もうこの事件は被疑者死亡で

片付いているンだ。コレ以上、

ほじくり返してど~する気だ。」


「ですが……、ね。」

「ですがも、クソもあるか~。

すぐに捜査を打ち切れ~。」

「はいはい………。」

 適当に合わせて通話を切った。


「上から圧力ですか………」

 田上が聴いた。


「フン、あのイケメン弁護士だろ

。最初っから、こうなる事は、

わかってたよ。」


「どうします………。

引き上げますか。」

「バカ。まだ序の口だ。コレから

面白くなるンじゃね~か。」



 完全防音の地下施設。

 リストのカンパネラが流れてい

た。華麗な調べだ。

「リストのカンパネラは………、

 超絶技法とも言われる難関中の

難関だ。」


 そんな事、言われなくたって

わかってる。

 初っぱなの数小節さえ弾けず

断念していくピアニストが星の

数ほどいるだろう。


「片手に6本の指を持つ

ピアニストと異名を取るリスト

だから出来たマジック。」

 まさに魔法の領域だ。


「早弾きすればするほど、

難易度はアップしていく。

だが、この曲は………。」


 そう、何より手の小さな女性には不向きな楽曲だ。


 ピアノは手の大きな方がより有利な楽器だ。物理的な問題で指が届かないのだ。


 天才ピアニスト・リストだからこそ成し得た超絶技法。


 だが………、

「レイラは会得した。」

 桐山アキラは思い返すように

呟いた。

 カンパネラの悲しげな調べが

流れていく。

 レイラに出来たのなら、

あたしにも出来るはず………。

 ヨロヨロと車イスから立ち上がった。


 桐山が手を貸そうとしたが、それを制し一人で立ち上がった。

 これからは、桐山を便りにしてはいけない。自分一人で立ち上がらなければ、いつまで経っても他人ヒト頼りに生きていかな

ければならない。


 あたしは、これからもずっと一人で闘っていかなきゃなんね~ンだ。


 もう引き返せない。あとは龍崎レイラとして、この伏魔殿で生き残らなきゃなんない。





 リビングにシオンの姿があった。

「何だ。オレのいない間にそんなショーが開かれてたのか。

 言ってくれればオレも駆けつけたのにさ」

 シオンは茶化すように言った。


「フン、あんたは彼女の尻でも追っかけてたンでしょ」

 ミラが嘲笑った。


「酷っで~な。ライブの打ち合わせだって

……」

「どこのクラブの彼女と……?」

「違うって、バンドのメンバーだよ」


「そんな事はどうでもいいわ」

 ママ母がたしなめた。シオンは苦笑いだ。

「黒木、調べてくれたンでしょうね」

「はい、奥様……」

 と黒木がママ母たちに説明した。



 総合病院。

 榊 純一と麻生リナが来てレイラの事を調査していた。


 リナが看護士の高松みいなに写真を見せ、

「すみません。彼女が入院してるって聴いたモノで……」

「あら、レイラ様……」

「え、レイラ様……?」

「あ、いえ、もう退院なされましたが……」

「あの……、レイラ様と言うのは、どちらの……」

「え…、お知り合いの方じゃないんですか」

「いえ、あの、ちょっと……、っで、名字の方は……」

「申し訳ありません。個人情報ですので……」

 そそくさと後にした。

 麻生リナは榊の方へ向かい、苦笑いし首を振った。

「うゥン…、やっぱ、ムリか……」

「ま、でもレイラって名前らしいわ」

「レイラか。フフ……、やっぱ病院に来て正解だったな」


 病院近くの喫茶店。

 リナは器用にタブレットを操り、ネットでレイラを探しだした。

「ヒュ~、有名人ジャン」

 画像を出した。

「ほ~、彼女か……」

 コーヒーを飲みながら応えた。


「スッゲ~、お嬢様よね。ちょっと調べただけで画像がアップされるンだからさ。」


「っで、乗っていたのか。あのバスに……」


「ええ、顔や手足を火傷したンだって……」

「そうか。わかったよ。っで名前は……」

「龍崎レイラ……、資産は…… ハッハ、笑っちゃうね。一千億だってさ」

「ふ~ん、一千億ねぇ…… こいつはご機嫌だ」


「オジさん、あたしにも噛ませてよね。コレだけの大仕事なんだからさ」

「う~ん、どうするかな……」

「な、何よ……」



※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆



 龍崎邸、あたしは地下室のピアノを弾いていた。

 リストのカンパネラに四苦八苦だ。


 タダでさえ苦手な曲だと言うのに、さらに手に火傷を負っている。

 何度やっても上手く弾けない。

 思わず、バーンとピアノに突っ伏した。


「焦るな…。焦っても結果はついて来ない」

 そんな事、忠告いわれなくたってわかってる。

 火傷のセイにしたくはないが、なにか違和感があった。


「実際、手を負傷してるンだ。これ以上、ムリを重ねても怪我が悪化するだけじゃないのか」

 そんな事は充分承知だ。


 好きな曲を好きなだけ弾けるワケじゃない事も……


 だけど、さっきも言ったが、この曲はマストだ。


 絶対必要……


 あたしにレイラと匹敵するだけの才能があるのか、それともないのか。

 左右する曲だ。


 その時、着信音が聞こえた。

 桐山のスマホだ。

 あたしはアゴで出ればと送った。桐山は着信画面を見て少し眉をひそめた。


「はい、桐山ですが……」

<あ、先生ですか。武藤です。お嬢様は、どちらにいらっしゃいます>


「ハイ、私と一緒ですが……」


<今、旦那様が戻られまして……>


「え、旦那様が………!!」

 龍崎仁か……

 思わず、あたしは緊張した。


<はい、早くお嬢様にお会いしたいとおっしゃりまして……>


「リビングですか…… わかりました。

 今、うかがいますとお伝えください」

 ついに、来るべき時が来た。当主、龍崎仁との面会だ。


 あたしの胸は早鐘のようにドキドキしていた。






























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