鏡の中に
刃の接触点から、青白い光が弾ける。目がくらんで顔を伏せた僕に構わず、二人は空中に浮きあがり、互いの鎌を再び衝突させた。
火花散るほどに激しく力を込め、真正面からにらみ合う二人。
「死神は死を見守るのが掟のはずよ」
「るせー! こいつはあたしのなんだよ。どうせ、勝手に死を選ぶだけの、視野狭窄に陥ったクズだ。あんたが何を見せても死ぬ奴なんだ。徒労はやめな!」
ギャルの方が少女を薙ぎ払った。崖に叩き付けられるかと思ったが、寸前の所で岩に手を突き、獣のようにしがみつく。
動きにくそうな振袖っぽい着物なのに、敏捷だ。少女はつき出た岩に立つと、鎌を左の肩に載せた。右手を振り上げ、仰ぎ見るのはギャルの方角。
「それを決めるのは、この人自身。少なくとも、私を呼べるくらいには、必死になって心配している人が居る。あなたの好きにはさせない」
ぼ、ぼ、と音がして、右手から青白い炎が燃え上がる。揺らめきながら、闇の中に膨らんでいく。
少女が鎌を肩から離した。頭上で一回りして勢いをつけ、目の前の炎塊を斬り付ける。
分かれた炎が、ギャルに向かって突き進む。
「ぶるんじゃねぇ! ムカつく奴がッ!」
ギャルは眼前で鎌の軸を持ち、激しく回転させる。火は風の壁に阻まれたが、正面からくるものばかりじゃない。鎌の死角を回り込み、剥き出しの太股をもろにあぶった。
「うっ、ぐあああっ! 熱ぅ、ちくしょう……!」
ギャルの脚がビニールみたいに焼失していく。ただの炎じゃないらしい。
片足を失くして、空中にうずくまる相手に、少女が接近。喉元に刃の切っ先を突き付けた。
「一対一じゃ、私の方が上。あなたは相手を間違えたわ。脚以外も焼かれないうちに、帰ったらどうかしら?」
煽り気味の言葉に、にらみ殺すような視線で応えるギャル。
だがこれ以上抵抗する術も無いらしく、持っている鎌を縮めて、イヤリングに通してしまった。続いて、指先から青白い火を出して体を取り巻く。
「……いいよ。そこまで言うなら、やってみればいい。でもな、賭けてもいい。そいつはスケベで勝手なクズだ。あんたが何を見せたって、最後はきっとあたしの所に来るのさ」
僕を見下ろし、吐き捨てるようにそう言って消えていく。
視線を遮り、少女は明瞭な口調で答えた。
「本当にそうであれば、私を呼んだ二人からは、友と認められないはずよ。去りなさい、これ以上傷つけられないうちに」
言われるまでもなく、女の身体は青白い炎に燃え尽きて消えた。
座り込んだまま、一部始終見守っていた僕の前に、少女が降り立つ。
「さてと……馬鹿な真似は、よしてもらいましょうか」
すい、と大鎌が目の前をよぎり、僕の首から自殺用の縄がはらりと落ちた。
木でも切れそうなほどの武器を、これだけ自在に扱うとは。こいつも異常な刃物の腕だ。
「これからあなたに、あなたの気づいてない現実を少しだけ見せる。それもまた、あなたが無価値だと思っている行動が、引き寄せた結果なのよ」
少女が左手をかざすと、再び青白い炎の球が空気の中に現れる。燃焼の中心に、徐々に形成されていくのは、円形の鏡だ。
恐らくこの中に、その現実とやらが映し出されるのだろう。
それは、僕が死へ逃げることを防ぐ程度に感動的な逸話に違いない。きっとそうやってまた、あるべき方向に規定されるのだ。
くそだ。結局、自殺は妨害されてしまった。
どいつもこいつも、僕を無視して勝手なことばかり言う。
「待てよ。その前に教えてくれ……僕は、本当に、クズなのか。クズが、そこそこ勉強できて、結構先生に褒められて、不良になんかならなかったし、親に迷惑かけたこともないし、受験にも浪人しないで、留年もしないで生きていられるっていうのかよ」
必死だったんだ、僕なりに。多分そのどれもここには映らないのだろうけれど。
せめてそれを認めてほしい。逃げたあいつは、体で応えてくれるはずだった。
こいつは、代わりに何をしてくれるのか。
だが、少女は僕の前にしゃがみこむと、冷たい手を僕の肩に置く。
優しさの中に、哀れみが混じった視線。
「自分の価値を記号に頼るのはやめなさい。それより、見つめ直すのよ。本当にあなたの人生に価値がないのか。自ら死ぬ事を選ぶほど、あなたの現実に、価値がないのか」
立ち上がった少女が、大鎌の先を鏡へと向ける。鏡面は石を落とされた水のように揺らぎ、やがてその中に映像が現れ出る。周囲は静まり返った夜の山のはずなのに、僕の頭には音まで聞こえてきた。
車のタイヤが路面を走る音、それにエンジンの音だった。
聞き覚えがある。なぜって、これは――。
「
入学から三年。いつもの三人で何度も聞いた、軽自動車の車内の音だから。
新歓活動のとき、大量のチラシを抱えて右往左往してた二人に、僕から声をかけて始まった、腐れ縁の二人だったからだ。
そう、腐れ縁だ。結局大学生活、こいつらと一緒にずっと過ごしてしまった。
僕に先駆けて公務員試験に合格し、婚約まで交わしていた二人というのは、ほかならぬこいつらのことだというのに。
僕は目をつむって、顔を背けた。首から落ちた縄を、地面に叩き付ける。
「なんでこんな! 嘘だよ。こいつら、僕のことなんか構わずに、笑ってた。二人して、人生成功させながら、部屋でべたべたセックスしまくって、いつまでも童貞でグズな僕を笑ってたに決まってるんだ」
叫びながら、涙がこぼれてくる。自分の言葉で、自分の心を斬り付けているみたいだ。
分かってる、僕なんかと三年も一緒にいてくれる二人が、そんな奴らじゃないってこと。
でもそれを認識したら、僕はあの女の言う通り、視野狭窄に陥ったクズに堕する。
それだけは御免なのに、少女は優しい声をかけてくる。
「そう思っていたいのね。それなら、あなたが傷ついた理由になるものね。言葉にとらわれず、見てみなさい。私はこの二人に呼ばれたのよ」
二人が何をしているのか。自分勝手な僕を、どうしたいというのか。
言われるまま、僕は目を見開いた。
鏡の中、車内の二人は、これ以上ないほど厳しい顔をしていた。
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