第五話 猿はさまざまな声を聞いた。
猿はディスプレイを真剣な目で見つめていた。
何か物足りないような気がするのに、それが何か分らない。
分からないものの、自分の心の中にある故郷の姿を的確に表現できていないような感じを強く受けた。
さらに言葉を重ねてみる。
余計に故郷が遠く離れてしまうような気がして、猿の指はキーボードの上を彷徨った。
少し前までは思ったことを素直に表現できていたような気がしていたのに、今は何故かそれが出来ない。
表現しようと思えば思う程、指は違うものをディスプレイに表示させる。
何故そうなったのか――その理由は分っていた。
最近、彼のディスプレイにはさまざまな感想が表示されるようになっていた。
ある者はこう書いた。
「素直な文章ですが、もう少し山の濃さをつっこんで表現出来たら、さらによくなると思います」
さらにある者はこう書いた。
「ただ見たままを表現するだけでは、そこから先に進めません。もっと内面に入り込んだ描写が必要です」
実のところ、猿には「つっこんだ表現」や「内面に入り込んだ描写」の意味がよく分からない。
なぜなら、猿はそんなことがしたくて書いていたわけではないからだ。
しかし、その一方でその感想が実に的確であることにも気がついていた。
猿の表現は確かに上辺をなぞるもので、その先にある本質を捉えていない。
それは猿自身も気づいていた。
表現することの苦しみを知るまでに三百年経過していたが、猿は成長のために必要な試練と考えていた。
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