1999年8月27日 『シオン』

 昨日、病院からの帰り道、

よく花音君と待ち合わせ場所にしていた

いつもの公園へと足を向けた。

いつもの木陰混じりの小径、

アベックボートが浮かぶ池、

花音君がシオン君に変わるベンチ・・・

一人で座るには思い出が重すぎる。

そう黄昏ていたとき携帯が鳴った。

電話は優里阿さんからだった。

明日、1時に再び詩音君の病室へ

来て欲しいとの内容だった。


 約束の時間まで、あと30分。

今から家を出て、ゆっくり向かえば

ちょうどいい頃合いに着くだろう。

続きは、帰ってから書くことにしよう。


 あれから病院へ向かい1時前に到着。

案の定、優里阿さんが出迎えてくれた。


「すいません。

 昨日の今日でお呼び立てしてしまって」


「いえいえ

 どうせ、暇を持て余す毎日ですから。

お気になさらずに」


「ありがとうございます」


「で、今日はどうされましたかな?」


「電話を掛けて欲しいと言ってきたのは

 詩音なんです」


「詩音君が・・・」


「えぇ」


程なくして病室の前に着き

優里阿さんが軽くノックすると


「どうぞっ」


と、中から小気味良い返事が返ってきた。


「入るわよ」


優里阿さんも気兼ねなくドアを開けた。


「何度もお呼び立てして

 申し訳ございません」


そう頭を下げる優里阿さんと詩音君。

二人の表情を見る限り、

深刻な話ではなさそうだった。


「すいません。

 昨日は花音と恵梨守が居たので

話せなかったんですが、

 シオンのことで・・・」


「シオン君の?」


「えぇ

 まぁどうぞお座りください」


「ありがとう」


「どうしても知りたいことがあるんです。

 シオンが消えるまでの最後の一年間、

 ボクの知らないシオンがとっていた

意味ありげな行動についてです」


「私からすると、あれは紛れもなく

 意味のある行動でしたよ」


「ボクもそう信じています。

 だからこそ

尚更、真実を知りたいんです。

彼が何のために何をして

どうなったのかを・・・

彼が生きた証を・・・」


「私もそれは非常に興味があります」


「あの10年前の火事の炎に包まれる中

当時10歳のボクでも、

助からないであろうことを直感しました。

でも、ボクには

どうしても二人を護らなければならない

そんな使命感にも似た感情があった。

長男だからだったのか

両親から言われていたからなのか

今となっては定かではないのですが、

 二人を助けたい一心から

 シオンが生まれたのは確かです。

すぐに、花音にシオンを受け取るよう

伝えたことまでは覚えています。

 が、そっから後の記憶は曖昧になり

ふっと途絶えました」


「そんなことが・・・」


自分の中に別の人格が生まれる。

何とも想像し難い現象だが

シオン君と出逢い行動を共にしてきた

今の私には、十分信じることができた。

優里阿さんは、表情を変えることなく

ただ黙って詩音君の話に耳を傾けていた。


「結局、花音は理解できぬまま無意識に、

 シオンを受け入れたんでしょうかね。

実際、咄嗟だったとは言え

人格の受け渡しなんてどうやればいいのか。

 ただ、シオンはあの炎に包まれる中、

ちゃんと花音へと移ったのは事実。

その後の記憶がちょっと曖昧で・・・

母が言うには、あの火事の中、

気を失い病院に搬送され、そのまま

昏睡状態に陥ってしまったと・・・

ただ、いつの頃からか

時折、シオンが外の情報を

 ボクに送ってくれるようになりました。

 ただ、目覚める1年程前から

 そのシオンからの情報が減りました。

 その頃からかな・・・

 彼に違和感を感じたのは。

 彼に偶然にも自我が芽生えたのか、

 他の誰かの意思を代行しているのか・・・

 まぁ、今までの様子を聞く限り

 結果的に誰も不幸にはなってはいない

 ようですが、ボクはどうしても知りたい。

 シオンがどのように生き、

 どのように消えていったのか・・・」


「それは私も同感です。

 彼本人の意思だとは思いますが

それが自我に依るものなのか

第三者のものに依るものなのか・・・

私は彼と行動を共にしてきて

初めて条件を聞いたとき、

彼に対して不信感と不快感を抱きました。

しかし、その後の彼の

言葉や行動を見ているうちに

悪意など一切ないことが分かりました。

結果、私の知る限り、

誰も不幸になっていないのは事実です。

彼自身が望んだ事なのか、

それとも

望まざるを得なかったのか

いずれにしても

彼にしか分かりませんが・・・」


「実際、今の状況も、この件に関して

 誰も不幸になってはいないはず。

ボク個人として思い当たる事と言えば、

消えゆく人格達のことくらいですが、

それが彼らの望みだとすれば

 ボクが口を挟むことではないですしね。

あとは、花音と恵梨守。

あの二人がどう感じているか・・・

自分たちの境遇を

幸と取るか不幸と取るか・・・」


「そうですね。

 まずは、彼らが現状を理解し

現実と向き合い受け止められるか・・・

それが出来さえすれば

自ずと道は拓けるはずです。

言うまでもなく、私らの望みよりまずは

あのお二方の気持ちが最優先です。

しかし、今回の件に関しては時間がない。

待つしかないと言うのは何とも・・・」


「同感です」


「セツラ君と話せれば・・・

あの日、シオン君に何が起こったのか

分かるかもしれない。

そして、セツラ君達の目的、

主人格への融合・・・

何故、今なんでしょう?

何か理由でもあるんでしょうか・・・」


「どうなんでしょうね・・・

 何かしら不都合や不具合が生じたか

若しくは、単なる偶然か。

いずれにせよ、花音と恵梨守が

答えを導き出すでしょう」


「あの子達なら乗り越えられる。

 きっと大丈夫・・・」


今まで黙って聞いていた優里阿さんが

ゆっくりと口を開いた。


「そうだね」


暫くの沈黙の後、

花音君と優里阿さんにも話したことのある

私の知っている限りのシオン君の情報を

私の主観や想像は交えず、

ありのままを詩音君に話した。

途中、優里阿さんは少し俯いていたが、

詩音君は窓の外の真っ青な空を眺めていた。

それぞれに、想いがあるのだろう。

話が終わってからも暫く沈黙は続いたが、

詩音君から出た感謝の言葉で

その日の3人の集まりは幕を閉じた。

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